被災地支援団体の事業基盤と組織基盤の評価指標に「人道支援の必須基準(CHS)」が使えるのではないか
被災地において人権が守られた支援活動をするためにできた国際基準のスフィアについて
日本では、阪神・淡路大震災、東日本大震災、能登半島地震など多くの災害が起きています。
大きな災害が起きたあと、災害対応→復旧→復興と進んでいきます。そうした復興に向けて進んでいくなかで大切なのが「人権が守られた支援がされているか」どうかです。
災害は世界中でおきていることから、国連が人権が守られるような支援をするための11の領域として、包括的な支援のあり方である「クラスターアプローチ」を提示しています。
例えば、1つの領域である発災時の避難所について見てみましょう。
平成28年4月に内閣府防災担当が発行した「避難所運営ガイドライン」では、以下のような表現があります。
避難所の質の向上に役立っているスフィアの考え方
例えば、スフィアの考え方が反映されている「施設避難所等ラピッドアセスメントシート2019」は、災害が起きた後1週間程度の間の避難所の環境を、アセスメントして行政や支援組織に正しく伝えることができるようになっています。
アセスメント内容を見ると、避難所における飲料水やトイレなど重要な9つのことを、どのような水準で支援が提供されているかがわかるようになっています。
こうした基準に沿ってアセスメントできると、関係者に現状を伝えることができて、具体的な支援を要請できるようになります。また、避難所設営経験が少ない人であっても、こうした基準が示されていると、一定の水準の避難所の運営につながります。
このようにアセスメント項目が整理されていると、全ての項目でAを目指す使われ方をされてしまいまいがちです。しかし、数合わせをするのが目的ではなくて、状況を変えていくプロセスが大切とスフィアでは強調されています。
例えば、何が何でも避難所のトイレは男性1:女性3の割合でないといけないではなく、その避難所にいる女性が安心して使用できる割合はどれくらいなのか確認しながら方針が決められることが重要なのです。
被災地にて人道支援をしている組織の必須基準である人道支援の必須基準(CHS)
先ほどのアセスメントシートの例は避難所に関することを扱ったものですが、それ以外にも、被災地支援を行っている組織に必須とされる基準として「人道支援の必須基準(CHS)」がスフィア基準には用意されています。
これが、被災地支援団体の事業基盤と組織基盤の評価指標になりえるのではないかと思い、今回このnoteを書きました。
人道支援の必須基準には下図のように公平性・独立性・中立性・人道性の4つの分野に対応して9つの領域について記載されています。さらに「基本行動」と「組織の責任」の2領域が用意されているのですが、このnoteでは基本行動について扱っていきます。
9つの大項目があり、それぞれに関連して詳細項目が設定してあり、詳細項目ごとに5段階評価できるようになっています。(5:完全に達成されている~1:達成されていない)
以下は、9つの大項目とそれに紐づく詳細項目を、https://plaza.umin.ac.jp/kokoronokamae/chs_chart_details/ から抜粋した内容に、今給黎からのコメントを追加したものです。
この9の項目に優先順位付けはありませんが、4の「影響を受けた地域社会や人びとが自らの権利や保障されるべき内容を知り、 必要な情報を確保でき、 自身が関係する事柄の意思決定に参加できる。」が根幹な項目として扱われています。受益者や当事者が自分たちに影響を与える行動や決定に参加できることが土台にあるということです。
1. 影響を受けた地域社会や人びとはニーズに合った支援を受けられる
(今給黎コメント)対象者にニーズ調査を行い、そのデータをもとに支援対象を絞り込めているのか、ひとつの解決策が複数に影響するレバレッジポイントを捉えようとしているか、被災当事者に対する支援だけでなく関係者への対応も行っているか、といったニーズ分析と関係者分析ができているかを確認する内容です。
1.1 影響を受けた地域社会と、人びとの能力とニーズに関する包括的かつ協議的な事前調査(アセスメント)が実施され、支援計画に活かされているか。
1.2 ニーズ、リスク、能力、脆弱性、状況を評価する際、女性、男性、少女、少年を含む影響を受けた地域社会や人びと、地域の団体、関係者との協議を行っているか。事前調査(アセスメント)とモニタリングのデータは、性別、年齢、障がいの有無によって細分化されているか。
1.3 リスクの高いグループはどのように特定されているか。
1.4 ニーズと状況の分析に、分野横断的な問題が考慮されているか。
1.5 影響を受けた人びとのニーズや傾向に合わせた物資、現金などの支援を提供しているか。多様な対象にあわせた種類の支援と保護策があるか。
1.6 変化するニーズ、能力、リスクと状況に基づき、さまざまなグループにも対応できる戦略をとることができる活動とは何か。
2.影響を受けた地域社会や人びとは、必要な時に必要な人道支援を受けられる
(今給黎コメント)活動は計画に基づいて行われ、その進捗は管理されているかといったプロセス面を扱った内容です。
2.1 物理的障壁、差別、リスクなどの制約条件は定期的に特定、分析され、影響を受けた人びとと協議の上で計画を改変しているか。
2.2 天候、季節、社会要因、アクセスのしやすさ、紛争などを考慮に入れた上で、最適な時期に活動が実施されるように計画されているか。
2.3 支援の計画と実施の遅れはモニタリングされ対処されているか。
2.4 早期警報システムや危機対応計画が活用されているか。
2.5 スフィアなどのハンドブックに記載されている技術的な基準が使われ、守られているか。
2.6 まだ対処されていないニーズが特定され、対応されているか。
2.7 モニタリングの結果は支援計画に反映されているか。
3.影響を受けた地域社会や人びとは、人道支援の結果、負の影響を受けることなく、よりよい備えや回復力(レジリエンス)を得て、より安全な状態におかれる
(今給黎コメント)支援団体が力を持つのではなく、被災地の住民や団体が力を持っていく活動になっているか、事業の本質を問う内容です。
3.1 体制、組織、任意のグループ、指導的立場の人びと、支援ネットワークなど地域社会がもつ回復力(レジリエンス)を把握し、彼らの能力を高めるための計画を備えているか。
3.2 リスク、ハザード、脆弱性、関連した計画などの既存の情報が支援活動に活用されているか。
3.3 支援活動に際して、地域の市民団体、行政機関、民間組織自らが実施できているかどうか、また、どのように実施できるかが検討されているか。地域組織が支援活動を引き継ぐ際には、その地域組織を支援する計画がなされているか。
3.4 リスク削減と回復力(レジリエンス)の促進を目指す戦略と行動は、影響を受けた地域社会や人びととの協議を通して、または彼らが先導する形で計画されているか。
3.5 地域や国の優先事項に沿った支援活動を徹底するため、地域の指導者や政府との協議が、公式、非公式に関わらずどのように行われているか。
3.6 地域社会、特に疎外されている少数グループが主体となった互助、初期対応、今後の対応のための能力の育成を支援組織の職員は、効果的に支持しているか。
3.7 支援は早期の回復を促すものか。
3.8 主体性と意思決定権は、段階的に地域の人びとに移譲されているか。
3.9 支援活動が地域経済に及ぼしうる影響を明らかにするために、地域の市場と経済の評価が完了しているか。
3.10 影響を受けた人びとおよび関係者と協議した上で立てられた、支援活動の移行と終了の明確な計画を有しているか。
4.影響を受けた地域社会や人びとが自らの権利や保障されるべき内容を知り、必要な情報を確保でき、自身が関係する事柄の意思決定に参加できる
(今給黎コメント)活動の結果や成果が情報としてとりまとめられ公開されており、それが事業改善や新たな活動につながるフィードバックループになっているかを問う内容になっています。
4.1 影響を受けたさまざまなグループが、支援組織、支援内容に関する情報を入手できるように、情報が適切な方法で提供されているか。
4.2 女性、男性、少女、少年、特に疎外されている人や弱い立場にいる人を含むすべての人びとが、提供された情報を入手でき理解できているか。
4.3 影響を受けた人びとの意見、その中でも最も弱い立場の人びとや疎外されている人びとの意見を特定し、支援活動の立案や実施に反映されているか。
4.4 影響を受けた地域社会におけるすべてのグループは、自分たちが受ける人道支援についての意見を述べる方法を知っているか。この方法が安全だと感じているか。
4.5 意見は活用されているか。支援活動は、フィードバックに基づいて変更された部分を特定しているか。
4.6 影響を受けた地域社会や人びとがフィードバックを行うことに対する障壁を、支援組織は認識し対応しているか。
4.7 フィードバックの仕組みにより寄せられた意見をまとめたデータは、年齢、性別、障がい、その他必要に応じ分類されているか。
4.8 インターネットを介した支援が提供される場合、職員との対面する機会がなくてもフィードバックを人びとが行う複数の方法が用意されているか。
5.影響を受けた地域社会や人びとは、安全に苦情や要望を述べることができ、迅速な対応を受けられる
(今給黎コメント)支援活動によって被災地の人たちを傷つけてしまったり、人権侵害や被害を与えてしまった場合、その事象を知り、改善をしたり、被害の賠償をする等の各種対応につなげる仕組みを用意しているかどうかの内容となります。
5.1 苦情対応の仕組みをつくる際、影響を受けた地域社会と人びとの意見を取り入れたか。
5.2 すべての多様なグループ、特に安全とプライバシー保護に配慮が必要な人びとを考慮に入れて、苦情対応の手順を決めたか。
5.3 苦情対応の仕組みがどのようなものか、どのような苦情が受け付けられるかなどの情報が、すべての人びとに提供され、理解されているか。
5.4 苦情に対する調査や対応の期限が合意されており、それらは守られているか。苦情の受付から解決までの時間は記録されているか。
5.5 性的搾取、虐待に関する苦情は、即時に適切な権限を持つ有能な職員により調査されているか。
6.影響を受けた地域社会や人びとは、関係団体の間で調整され、それぞれが専門分野を補いあいながら過不足のない支援を受けられる
(今給黎コメント)いち団体のみで活動しているのではなく、他団体・他機関、国・自治体・企業といったセクターを超えたネットワークの一員として活動しているかどうかを問うています。これは事業が「ひとりよがり」ではなく周囲から認められ、相互的に進められていることを表すものだと思います。
6.1 組織の能力、資源、支援対象地域、支援分野に関する情報は、経時的に他の支援組織と共有されているか。
6.2 地方行政と中央行政を含む他の組織の能力、資源、活動範囲、支援分野の情報を入手し、活用しているか。
6.3 組織は既存の調整機能を特定し、参画しているか。
6.4 支援の立案計画と実施の際、他の組織や行政主導の支援も考慮した上で行われているか。
6.5 支援の漏れや重複が把握され対処されているか。
7.影響を受けた地域社会や人びとは、支援組織が経験や振り返りから学ぶことで、より良い支援が提供されることを期待できる
(今給黎コメント)組織の成功事例を記録し、それらをノウハウ化したものを組織内で共有し、行動の質を高めるとりくみをしているかを問う内容です。より活動を効率化する学習と、より意味のある活動にしていく学習のダブルループの学習がされているかも要素になっています。
7.1 支援を立案する際に、過去の類似した危機における人道支援の評価や改善点が支援計画に反映されているか。
7.2 モニタリング、評価、フィードバックや苦情対応といった機能からの情報は、支援の計画と実施の際の柔軟性のある対応や改善につながっているか。
7.3 組織として学習し蓄積した知識は、系統的に記録されているか。
7.4 影響を受けた人びとや協働する組織を含んだ、関係個人と組織に学習したことを共有するための仕組みがあるか。
8.影響を受けた地域や人びとは必要な支援を、十分な能力のある管理の行き届いた職員やボランティアから受けられる
(今給黎コメント)組織が所属するスタッフにどのように組織のビジョン・ミッション・価値観を共有しているのかや、組織の倫理観の維持、ハラスメント防止の対応がされているかを問う内容です。
8.1 新しい職員は、組織の使命や価値観を教育され理解しているか。
8.2 組織は、職員の業績を把握し、業績が不振な時は対策を施し、良い業績を評価しているか。
8.3 職員は、行動規範もしくは同様の拘束力のある文書に署名をしているか。その場合、方針の理解を深めるために、規範または関連する方針についての研修を職員に提供しているか。
8.4 自組織もしくは協働する組織の職員についての苦情を受け付けているか。それらの苦情はどのように対応されているか。
8.5 職員は自分の役割遂行に必要な能力向上のためのサポートが受けられる事を認識しているか。そのサポートは活用されているか。
9.影響を受けた地域社会や人びとは、資源が支援組織によって効果的、効率的、倫理的に管理されることを期待できる
(今給黎コメント)事業の効率性のモニタリングだけでなく、職員のコンプライアンス遵守に向けたはたらきかけ、不正競争の防止、地球環境保護への取組みなどを問う内容になっています。
9.1 職員は支出の決定を組織の実施要綱に従って行っているか。
9.2 支出は定期的にモニタリングされ、報告はその支援関係者全員に伝えられているか。
9.3 サービスや物資は競争入札を経て調達されているか。
9.4 水、土壌、大気、生物多様性などへの潜在的な環境汚染はモニタリングされ、その軽減対策がとられているか。
9.5 内部告発が安全に行える手順があり、それは職員、影響を受けた人びと、その他の関係者に認識されているか。
9.6 費用対効果と社会的影響はモニタリングされているか。
人道支援の必須基準(CHS)においても、全ての項目を5にしなければいけない!という数合わせではなく、受益者と一緒に取り組むプロセスが大切にされています。
また、1~9のそれぞれが独立して存在しているのではなく関連していて、1つに取り組むことで付随的に他の項目の底上げにもつながっているのです。
被災地支援団体の事業基盤と組織基盤を可視化する意味
人道支援の必須基準(CHS)の9つの領域とそれに紐づく詳細項目を読んでどのように思われたでしょうか?
私はこれまで多くの団体さんの活動を見てきましたが、事業基盤と組織基盤を網羅的にカバーしているなと感じました。これを基準にヒヤリング設計をして活動している団体さんとお話をすることで、十分伴走支援をすることができると思います。
しかも、これらは以下のWebサイトで自己評価できるようになっており、結果はレーダーチャートで表示しダウンロードすることができます。
例えば、事業開始時のアセスメントを初期値としてとっておき、事業終了時の値と比べることで、団体の事業基盤や組織基盤が向上していることが可視化できます。
復興期の活動では、その団体が地域の担い手になっていけるかや、組織として成長していけることが重要となります。また、発災からの時間の経過に伴って寄付や助成金などが少なくなっていくことから、こうした成果や成長を可視化しておくことで人材確保や資金獲得につなげることができます。
もちろん、いちから評価指標をつくっていくこもできるとは思いますが、すでに世界で研究が進められてきたスフィアの人道支援の必須基準(CHS)を指標としてもちいるのは、網羅的かつ効率的に評価ができる一つの方法になると思いました。