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男と女の関係 【息子への手紙】

「彼女と一緒にいてトキめかない、どうしよう、別れるかもしれない」との、ニューヨークの君からの電話だと言う。この1月に結婚の披露宴をしたばかりなのにどうしたのだ。母さんがいろいろ話していたが、私は電話に出る気がしなかった。
「何も言うことはない、ほっとけばいい、なるようになるさ」と。

ところでその後どうなった? 何も言ってこないところをみると上手くやっているのかな。君がアメリカの娘と結婚すると言った時「アメリカで生活する間は良いが、日本に帰ってくるのならばその時足手まといになるから」と私は反対した。

しかし、アメリカで交通事故を起こして裁判になった時、一緒に乗っていた仲間は「自分の責任を恐れてみんな敵側について、彼女だけが君の味方になってくれた」ことを聴き、会ってみてその優しさや気だての良さを見るにつけ、アメリカでの君のパートナーとしてまあ良いか、と納得した。

男と女の関係は私のようなもてない男にはよく判らないが「結婚した妻にトキめかなくなったからと別れていたら、何十回結婚しても終わりはないよ」。人間の心はそんなに単純ではなく、男と女の関係もいろいろの形があって良いのではないかな。

私も大学2年の時大好きな娘ができた。板橋区下赤塚のその娘のお父さんに会い、一緒に酒を飲み、2万坪の所有地を見回り、野花を摘み、一緒に居るだけでトキめいた。21歳の私は真剣に結婚を考えた。
しかし、半年ぐらい後に有楽町で映画を見ていて彼女の腕が自分の左の腕に触れた時、「ヒンヤリとした冷たさが何故か嫌だな」と思っている自分に気がついた。
「ん、何だこれは?」「俺は彼女を嫌いになったのか?」・・・・・・と、自分の気分の変化に苦しんだ。「あんなに好きで、やっと意思が通じて好きになってもらったのに、何で自分から好きでなくなるんだ?」と信じられなくて、そんな自分が嫌で、その娘とは段々に会わなくなってしまった。相手から嫌いになられた方が楽だった。自分をせめて苦しかった。

それから2年間は、いずれ嫌いになることが怖くて女の人を好きになることができなかった。今思えば、21歳の大学生の私にとって「これから何をするかも決まっていず、なんだか結婚することで自分の人生を縛られてしまうようで、荷が重かった」のだと。
真面目過ぎたのかもしれない。いや若すぎたのかな。

その後2人の娘を好きになり、3人目に好きになった娘と結婚した。
それが君の母親である。母さんと結婚したのは彼女が私のような我が儘で、気の変わりやすい、そのくせ大法螺吹きの男を支えてくれそうな娘に感じられ、「この娘となら一生一緒に暮らせるかもしれない」と思ったからだ。
後で彼女にも「どうして俺のような我が儘な男と結婚したの」と聴いたら、「なんだか一緒にいて安心だったから」と言う。

その当時の私は司法試験浪人で就職もせず、1日10時間の勉強で痩せこけた夢だけで生きている顎の張った31歳のみすぼらしい男だったのにね。お互いの勘は半分当たっていたが、半分当たっていなかった。
正直言って結婚後はほとんどトキめいたりしないし、時々気が利かないことが嫌になるが、私のような我が儘者をよく支えてくれているのには感謝している。
即ち、結婚の形はいろいろあろうが、「私の結婚は好きで始まり、お互いに必要な人間同士として続いている」のだと思う。

会社にいる女の人にも「どうして今のご主人と結婚したの」と聴いてみた。
Sさんは「彼の子供を産みたいと思ったから」と。これこそ好きな人と一緒に暮らしたい、その人の子供が欲しい、という恋愛結婚の典型かな。
またIさんは「お見合いしてお付き合いしていた彼が転勤するというので、これで結婚しないと終わりになっちゃうかな、と思って」と。ちなみにそれから23年後の今の彼女は「私が死んだらどうするのって聴いたら、俺も生きちゃあいないよ、って言うの」という、うらやましいようなご夫婦です。

私は思う、「結婚の始まりにもいろいろあるように、結婚した後にもいろいろの関係があって良いのではないか」と。

男同士にもいろんな関係があるように、男と女の関係もいろいろあって良いのではないか。お互いにトキめく恋愛関係だけじゃないし、結婚だけがあるのでもない。結婚した後でも、妻との男女関係以外にも、遠くから思う片思いの関係、一緒にテニスやゴルフをする関係、油絵を描く仲間関係等があっても良いはずだ。

仕事の仲間もそういう関係として私は楽しんでいる。好き嫌いの恋愛やセックスだけで男と女の関係を限定して決めてしまうことは世の中に1/2も居る女の人との付き合いの幅を狭くしてしまうだろう。
そういう男と女の関係の一つとして、「好きな人とセックスをし、子供を育てる関係」と「お互いを支え合う、必要な者同士の関係」の二面を持っている男女関係の一つが結婚した夫婦なのではないかと思う。夫婦だからと言って何時もトキめかなくても大丈夫ではないかな。もっとリラックスして「なんとかなるさ」と思った方がいい。

ただ、結婚した相手と一緒にいることが苦痛であったり、黙っている時苦しかったり、セックスが嫌になったりしたら、それはもうお仕舞いだろうね。それが半年以上続くようならお互いにやり直すこともやむをえないだろう。
君の本心に従い自分で決めたらいい。それより早くニューヨークナンバーワンの美容師になって帰れるように頑張れ! 今の君には彼女を好きだの嫌いだの言っている暇はないだろう。男は(否、女でも同じだが)己を磨くことが一番大事だろう。良い女と付き合うのはその後でも遅くはないはずだ。

母さんの絵を描いたのでそのうち送る。
成功した君を見たい。
母さんと楽しみに待っている。

( 1998年7月26日 記 )


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