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22. 時間 と 水瓶座の時代

私自身の意識の中に、「育ちたい」と言っている部分があります。それが、この note の『水瓶座の時代』シリーズに、書いていることなのです。

その「育ちたい」と言っている意識を育てて行くのは、私にとっては、とても楽しいことです。それは、私的には、未来からの風を感じて、それを言葉に置き換えて行く作業です。

前に、「時間は過去と未来の一方向に流れる」と書いたことがあります(それは、こちら→ ★ です)。

ここでひとつの問いが生まれるかと思います。それは、「時間は過去から未来に流れるのか?」 それとも「未来から過去にながれるのか?」 ということで、今回はそのことについて書いてみたいと思います。

ちなみに、先日 YouTube を見ていたら、江戸時代の和時計の時間は、「未来から過去に流れていた」ということを取り上げている人がいました。といいますのも、江戸時代の和時計は、私たちが使っているアナログの時計と違って、針が12時のところに固定してあって、文字盤のほうが回って時間を示していたのだそうです。

そうなると、時間は常に未来からやってくるという感覚になることは、とても良くわかると思います。

ここでお話を、いちど「次元」に飛ばしますと、この世界は立体の三次元なのだけれど、それに時間が加わると四次元になるということを、前に書きました(それも、こちら→★です )。

そこには、私たちの世界は、立体の三次元なのだけれど、もうすでに「時間」がありますので、純粋な三次元ではなくて、四次元も混ざっていることになる、しかし、「それを自在に扱える世界が、その次元」という定義があるので、そうなると私たちが住んでいる世界は、三次元になるということを書きました。

確かに、三次元の「立体」は私たちは自在に扱うことができますが、四次元の「時間」は自在に扱うことはできません。

でも、本当にそうなのか? というと、そうでは無い物もあることに気が付きます。

それは何かというと、私たちの創造物の中の世界で、それはたとえば具体的には、小説や映画の世界です。小説家や映画監督の立場に立ってみると、小説や映画の世界をクリエイトして行くときには、私たちはその中の時間も自在に扱うことができることに気が付きますね。

「あ、この過去の部分は、将来的にちょっとつじつまが合わなくなるから、変えておこう。」などと、時間軸に沿って自在に出来事などを変更して行くことができるわけです。

でも、これらの小説や映画の中身の世界は、ユニバース(単一宇宙)というマクロコスモスの中の、ミクロコスモスのひとつになるわけだから、当然のことながら、この私たちが生きているユニバース(単一宇宙)の世界とは、階層が違うことになります。

階層が違うから、ごちゃまぜにしてはいけないわけですが、それでも、時間を自在に扱うことができる四次元や、パラレルワールドである五次元をイメージするときの、ひとつの手掛かりになりますね。

さて、ここでお話を最初に戻しまして、「時間は過去から未来に流れるのか?」 それとも、「未来から過去にながれるのか?」 という問いに戻りたいと思います。

占星術の12サインを使ったときに、水瓶座というのは未来志向で、未来から流れ込んでくる時間をキャッチするサインである、ということが言えます。逆に、そのひとつ前のサインである山羊座は、過去からの実績が積み重なる時間の上に構築されたサインである、ということになります。

ですので、この山羊座から水瓶座へという、今の時代の流れにおいては、時間の流れる方向をキャッチする意識が逆転するということができるのですね。

この時間意識の反転は、ユニバース(単一宇宙)で起こります。正確には、ユニバース(単一宇宙)に生きている私たち人間ひとりひとりの意識の中で、切り替わります。

占星術の冥王星のサイン移行の時期を重ね合わせていうと、この山羊座から水瓶座への切り変わりは、2023年から2025年にかけて起きて行きます。

時間意識について、過去から未来へまたは未来から過去へのどちらかの流れだけではなくて、もっと拡大して行きたいときには、ブルース・モーエンが『死後探索1~4』の著書の中で、ヘミシンクのフォーカス15について言及している内容が、とても役に立つと思います。

このフォーカス15の状態は、パラレルワールドの意識を自分自身の中で育てて行きたいときにも、ヒントになると思います。

そしてまた、本人の意識レベル(意識の周波数レベル)が変化すると、「答え」が先にあって、「そこまでのプロセス」が後からやってくるような、ちょっと不思議な時間が体験できることがあることも、ここに書き添えておきたいと思います。

その場合は、「起承転結」という、通常の時間軸に沿った物事の展開の仕方ではなくて、「結」が最初に来て、「起承転」がまとめて後から来るような、日常意識では体験できない、ちょっと不思議な時間体験だったりもします。

この時間意識を体験したことは、私は何度かありますが、いつもではありません。この時間意識は、ある日突然、奇跡のように訪れます。それはとても透き通って輝いています。