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銀行取り付け騒ぎまで!:ベトナム華人系大富豪の逮捕劇と今後の行方

久々に書きますnote記事。今回は現在ベトナム経済、或いはもしかしたら政治・社会も大きく揺るがしかねない、ある経済事件を紹介しつつ、今後の行方を見守るイントロにしたいと思います。

始まりは華人女性企業家の逮捕から

「突然」ではなかったのかもしれません、ただあまり事情に明るくなかった自分には突然に映ったこの事件から諸々が始まりました。10月7日、Vạn Thịnh Phát(VTP)グループTrương Mỹ Lan会長が横領、社債発行、売買における不正容疑で逮捕されました。同グループの歴史は1992年に16歳の時に始めた化粧品ビジネスから始まり、飲食、ホテル業から不動産へ展開し、富豪の地位を得ていた彼女は、華人系ベトナム人(người Việt gốc Hoa)と紹介されています。

どのくらいの富豪かというと、彼女が最大株主のVPTグループがホーチミン市のど真ん中Nguyễn Huệ通りに大型不動産物件を数多く(Time Square, Union Square, Duxtonホテル, VTP Office Building)抱えるほど。事件発覚後、ベトナム人知人が「グェンフエ通りの不動産はどれも彼女のものだ」と言ったのも、「ホントかな?」と思いましたが、まんざら大袈裟でもないようです。また、Windsor HotelやSherwood Residence, An Đôngホテル、Bonville Land、Sterling Residence、Lambert Residence、Thuận Kiều Plaza(現在のThe Garden Mall), Sài Gòn Peninsulaなどなどホーチミン市内の開発物件は数知れず。ただ建設中、そしてなかなか工事が進んでいないものも多かったようです。

グェンフエ通りのUnion Square

その資産規模はベトナムで最大の富豪と言われるビングループPhạm Nhật Vượng会長にも匹敵するのでは、と昨年時点で国内でも報道があった彼女。ただその急激なビジネス拡大に比して、他の富豪たちに比べて目立たないという秘密めいたところもあったようです。いわゆる「ベトナム富豪ランキング!」などでも、あまり目にすることはこれまでありませんでした。

香港ビジネス界との深い関係

Lan会長のご主人は香港人(英国籍)のEric Chu Nap Kee氏で、やはり香港では多くの不動産ビジネスを経営していたとのこと。彼自身もベトナムと中国の双方にルーツを持っていたのではないかとの報道もありますが、あまり多くの報道がネット上でも出て来ません。やはりローキーを保っていたのでしょうか。

また、世界的に有名な香港の大富豪、李嘉誠のグループ企業が今年に入り、日本のオリックスと共にホーチミン不動産市場に参入しようとした際、その現地受入れとなった会社がLan会長の娘が最大株主である会社と4月に報じられており、香港資本とも強いつながりがあったことが伺えます。

銀行のミニ取り付け騒ぎときな臭い状況の数々

また彼女の逮捕劇をきっかけにするかのように、サイゴン商業銀行(Ngân hàng thương mại cổ phần Sài Gòn;SCB)の預金を引き出しに来る人たちが殺到する、ちょっとした取り付け騒ぎが起きていました。

ベトナムにも預金保険制度はあるそうです(私も初めて知りました…)が、本当に保証されるかを心配した人は多いはず。それに加え、SCBはベトナム国内銀行の中でも預金金利を常に高く設定して預金を集めていたため、「最大1億2500万VND」とされる保証額を超える大型預金をしていた人も結構いたのではないかなあと推測されます。

銀行の取り付け騒ぎとホーチミンの大富豪の逮捕。最初は二つの事件の関係がわかりませんでしたが、Trương Mỹ Lan会長逮捕劇とほぼ同時に伏線がありました。若くして亡くなったNguyễn Tiến Thành氏に関連して、ネット上や口コミで色々な憶測が広まったことがあり、それにLan会長逮捕の報が重なり「やばい!」となったことによる、ミニ取り付け騒ぎとなった模様です。

更に、Lan会長と共に逮捕されたVPTグループ取締役会メンバーでもあるNguyễn Phương Hồng女史(1984年生まれ)も逮捕二日後の10月9日に亡くなったというニュースが、10日になり駆け巡りました。しかし、BBC Vietnameseによると、このニュースはベトナム国内メディアでは現在「削除」されているとのこと。勿論真相はわかりませんが、更に多くの憶測と不安を呼びかねない状況に、ベトナム政府もかなり慎重な対応を求められていること伺えます。

事態鎮静化を図る政府対応

数々の事件が同時多発的に起きる中、ベトナム政府も事態を抑えるための対応を迫られています。SCBの取り付け騒ぎが起きると、中央銀行が早々に声明を出し、預金者に冷静な行動をとるように呼び掛けています。

数々の噂が市場や経済を揺るがす中、公安も動きます。SCBやAn Đông社(VPTグループ子会社)に関する「真実でない情報を散布した行為」に対して捜査を行うため、大学講師1名、ジャーナリスト1名を含む4人に対して任意(と思われる)事情聴取を行っています。また、Facebookでの投稿に対しても同様の捜査を行っています。

影響の広がりは、そして「華人」の含意とは?

そうでなくても、今年はコロナからの経済活動再開にあわせるかのように、政財界で多くの逮捕者が相次ぐベトナム。そんな中で「なぜ彼女が?なぜ今?」と色々な憶測を呼んでいます。逮捕劇がベトナム共産党第13期中央執行委員会第6回会議実施中(10/9に閉会)に起きたことも重なり、今後「急激に成長した大富豪の裏に誰がいたか?」が捜査の焦点になるかとの見方も、海外ベトナム語メディアを中心にあります。

コロナ禍・緊急事態のガバガバ予算の隙を突いたような事件から、コロナ前に遡るような財界のスキャンダルまで、お隣の習近平・総書記ではないですが、ベトナムでも「反腐敗」運動の広がりは止まりません。今回の事件も、その周辺事件のきな臭さも手伝って、更なる事態に発展するかもと想像させられます。弁護人が決まるだけで一本ニュースになるこの事件への注目度は、引き続き高いようです。

個人的にはこの事件に最初注目したのは、Lan会長の「華人系ベトナム人(người Việt gốc Hoa)」という紹介のされ方でした。「người Việt:ベトナム人」なわけなので、当然彼女はベトナム国籍だと思います(他の国籍もあるかはわかりませんが)。ただベトナムに数ある民族があり、今では民族間の婚姻が極めて普通な中で、今でもニュースになると「gốc 〇〇:〇〇系」と敢えて書かれるのは、多くが華人系だと感じます。「người Hoa」或いは「dân tọc Hoa」とあれば民族登録として「Hoa族」なのだと理解しますが、「gốc Hoa:華人系」となると、現在の民族登録の如何に関わらず、より大雑把に「先祖が中国から来た」という意味合いになります。

もちろん、上記のような彼女のビジネスが香港と強い繋がりがあったこと、グループ全体に色濃い華人スタイルが、報道の表現を強調させたのかとは思いつつ、華人系ベトナム人の「民族」の問題、報道のされ方としても、今後事件の進展が非常に注目されるところです。

11年間ベトナム(ハノイ)、6年間中国(北京、広州、香港)に滞在。ハノイ在住の目線から、時に中国との比較も加えながら、ベトナムの今を、過去を、そして未来を伝えていきたいと思います。