蒐集家、団結する 第二章 一、作戦会議
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結成から半月、真木以外の「早二野」メンバーに自宅を見せるのは初めてだった。いつもは散らかっている部屋もざっと綺麗にし、椛は予定の時間にテレビ電話で仲間を呼び出した。パソコンはずっと前に売り払ったので、長く買い替えていないスマートフォンを操作している。蒐集団体を作ったのは良いものの、肝心の「楽土蒐集会」打倒に向けては何も動けていない。そこで作戦会議を開こうと決まった。苫小牧を警戒する真木の提案で、こうして遠隔で繋がることとなった。
話し合いの前に、自宅を軽く紹介する。初めに一階で経営している小規模な雑貨屋の中を、スマートフォンで撮影しつつ回る。しかし「早二野」の仲間からの評価は散々だった。真木にはまだ続けているのか指摘され、全く客の来ない店など畳んだ方が良いと言われる。これだけでも椛には衝撃だった上に、治と白神が容赦なく追い打ちを掛けてきた。
『屋久島さんの言う通りだよ。見たところ通りすがりの人も少なそうだし、客なんて来る?』
『安物ばかりだな。こんなガラクタ、見たことないぞ。いったい誰が買うんだ?』
「誰って、お客さんだよ! ……最後に来たの、いつだっけ?」
奥のレジに駆け寄り、椛はいくらか金が入ってないか確認する。しかし引き出しの中は空で、今月は客が来ていないと思い知らされた。かつて母が営み、一度畳まれたそれを再開したのだが、昔の常連客さえ月一回訪れるのがやっとだった。
自宅の玄関へ回るべく、いったん外へ出ようとする。そして店の扉そばでつんのめる感覚があった直後、椛は前へ倒れるように転んでいた。弾みで手から離れたスマートフォンが、画面を下にして床へ落ちる。
『もしもし? 急に真っ暗になったんだけど?』
訝る治の声を聞き、慌てて端末を拾って起き上がる。特に傷のないことを確認して店を後にした時、椛は斜め向かいの家前に立つ者と目が合った。近所の住人かと思い、ひとまず挨拶をする。しかし相手が背を向けて走りだしたのを見ると、不審なものを感じずにいられなかった。咄嗟にスマートフォンのカメラを先行く人に向け、椛は後を追う。目標は家と家の間にある小道へ入り込み、その先で一瞬にして見えなくなった。消える瞬間、揺らめく炎のようなものが立った気がする。
『いちいち家とお店を外に出て行き来するのって、大変じゃない? いっそぶち抜いて中で通り抜けられるようにするのはどう?』
「そんなことしたら、家が壊れちゃうよぉ!」
悪意の感じられる治の言い方に突っ込み、追跡に失敗した椛は自宅へ入る。二階の階段からすぐそばにある居間で息を整え、ダイニングテーブルに端末を置く。そして画面の小さいものでテレビ電話を行ったことを後悔した。先ほどから治が手に黒っぽい袋を持っているが、見切れていることも相まって何だか分からない。
椛が尋ねると、治は袋に手を入れて白く細長い木製のものを取り出した。よく見ると上から少しした所に切れ目がある。
『蒐集の時に役立つんじゃないかなって思ってさ。護身用だよ』
『ああ、わたし達と初めて会った時に、端さんが使っていたものですか?』
真木の言葉で、それが自分たちを追っていた人々を倒した刀だと気付く。今は白鞘という保管専用の鞘に収まっているという。治が少しばかりそれを抜くと、知らないうちに椛の背が震えた。恐ろしさだけでなく、冷ややかな美しさもある。向こうの照明に当たって、表面が輝いていた。
「すごい、すごい! でもこんなの持ってて大丈夫なの?」
身を乗り出した椛の視界に、武器の全体像は捉えられなかった。唾が飛ぶと呟いて袋に仕舞う治は、白い目を向けてくる。画面越しなのでその心配をする必要はないはずであるのに。
『美術品として持つのなら良かったんだっけ、屋久島さん?』
『許可証があればですね。ただし端さんは、いかにも鑑賞目的で所持しているようではありませんでしたが』
学芸員の真木が、冷ややかに違法者を睨む。どこで手に入れたのかとの問いに、治は武器商人から手に入れたと明かした。蒐集家御用達の倉場なる者が、この刀を譲ってくれたらしい。倉場は蒐集業界で有名なようで、白神も面識があると話した。
『で、倉場さんは日本の美術品が好きみたいでね。これも戦後、GHQに供出されて国外に出ていたのを買い取ったんだって。ところで富岡さん、作戦会議中に一人だけお茶を飲んでリラックスしようってのはどうなんだい?』
治に言われ、椛は近くに置いていた湯飲みを引き寄せた。前もって入れておいたティーバッグが、既に緑へ染まった湯の中で揺れている。賞味期限が近かった上に、せっかくなので来客のいる気分を味わいたかったのだ。もちろん、自分が飲みたいというのもあったが。
『美術品か。『楽土会』も、世界中の美術品を集めているな。この世界だけじゃない、異世界からもだ』
「白神くん、異世界のことでなんか知ってる?」
以前にも軽く耳にした気がする異世界について、椛は不意に興味を掻き立てられた。存在はだいぶ前に初めて知ったばかりで、何も詳細が分からない。
かつていた「楽土蒐集会」から盗んできた情報を、白神は教えてくれた。こことは別に、人間が生活する様々な文明を持つ世界が複数存在する。そして「楽土蒐集会」会員の多くは、異世界の一つにある国・ライニアの出身だという。自らスマートフォンに「ライニア」と入力したものを、白神は画面を通して見せてくる。
『熊野も平泉も、たぶんそこの生まれだ。日本の名前を使って成りすまそうとしていたみたいだが、どうも騙しきれているようには見えないよな……』
白神が端末を置き、ぼんやりと目を宙に向ける。椛も平泉の容貌を思い出そうとしたが、金色しか浮かばない。そのうちに長くティーバッグを放っていたと気付き、椛はゆっくり取り出した。わずかに湯飲みの中が見えたのか、それにまつわる白神の愚痴が耳に届いてきた。
『茶の淹れ方がなってないな。これじゃ玉露も台なしだ』
『椛の経済力じゃ、到底買えませんよ』
「うるさい、うるさい! そんなことより白神くん、さっきの続きを聞かせてよ!」
真木も加わった胸に痛いやり取りを突っぱね、椛は茶を口に含んで思わず吹き出しかけた。熱さよりも先に舌を刺したのは、煮出し過ぎたために生まれた強烈な苦みと渋みであった。画面の方で何か言っているのも聞き取れず、椛は湯飲みに水を入れて戻る。そして再び白神に話を促した。
『熊野たち『楽土会』の目的は、まさにライニアのためにある。あいつらは故国で、大規模な博物館を建てているところだ。そこで人々に、文化を教えようとしている。蒐集しているのも、その展示品にするためらしい。おれが子どものころも、家で小さな博物館をやってたんだがな』
白神家では保管していた名品を公開しており、小さな観光地として知られていた。しかしバブル崩壊以降に家は没落していき、名物をいくつか売却した上に地元の人口減少を受けた客足低下も相まって、その博物館は閉館せざるを得なくなった。
『そのときに別荘もいくつか手放したんだよな。東京に二つ、熱海、軽井沢に一つずつあったのが今はおれが住んでるここしか――』
「ちょっと、ちょっと! なんか関係ない話になってない!?」
どうも自慢話を聞かされている気がする。白神は何事もなかったかのように話題を変え、「楽土蒐集会」の目的を懸念した。
『あいつらはおれの家が持っていたものを利用して、文化を知らしめようとしていた。そのために実家の名物が使われるっていうから手伝ってやりたかったんだが――』
自分たちが出来なかったことを果たそうとする「楽土蒐集会」に、白神は憧れを覚えていた。しかし次第に考えが変わり、あの組織は代々伝えられた貴重な品を傲慢に使うだけではと浮かぶようになった。それに反発して、白神は「壊す側」へ回ったのだ。
いくらか飲みやすくなった茶を口にしつつ、椛は考えに耽る。何のために「楽土蒐集会」が博物館を開こうとしているのか、ちっとも分からない。文化を教えると言ったところで、博物館がその役目を果たすのだろうか。この点に関しては詳しいかもしれない真木に問いをぶつける。
『確かに博物館や美術館は、文化振興の役目もありますね。でもそのために、各地から貴重な美術品を奪うのはどうなんですか?』
「そうだよ、そうだよ!」
『歴史上では遠征先などから奪っていくということも多く行われてきましたが、現代でも批判のある件です。それに今なら国との間で協定が結ばれれば、美術品の貸し借りだって出来ます。先に異世界の国とも正式な国交を――』
椛の同調を無視し、真木が疑問を続ける。それに白神が反対した。そもそもこの世界では、異世界というものがあることを認めようとしていない。椛たちの知らない中で、歴史を通して秘匿しようとしてきた。公に交流する可能性は、ほとんど低いだろうと。
熊野たちは順番を無視し、無断で各国に乗り込んでは品を盗んできた。それを聞いて腹から胸へ熱が上がるのを覚え、椛は声を荒げる。
「やっぱり『楽土会』は、ひどい人たちだよ! そのなんとかって国でやろうとしてることも止めなくちゃ!」
しかし熊野たちは、どのようにしてこの世界へ来たのだろうか。白神曰く、ここから異世界へ行く方法もあるそうだが、さすがに彼もそれを知らなかった。感染症拡大防止などと言われ、存在は聞かされても移動は許されずにいた。博物館には既に多くの美術品が送られ、開館の準備が進んでいるという。このまま「楽土蒐集会」の思惑通りになれば、大切なものを奪われた人が悲しんでしまう。
『まぁ焦らなくて良いんじゃないかな、富岡さん。彼が抜けてからというものの、『楽土会』は活動していないみたいだよ?』
そう宥めてきた治が今度は白神へ、脱会した後何かあったか尋ねる。特に「楽土蒐集会」から追われてもないとの答えに椛は安堵しつつ、あの組織が何もしていない点に気を緩める。しかし真木は依然として用心したままだった。
『日本では動いていなくても、他の場所で何をしているか分からないじゃないですか』
それこそ本国で、博物館を完成させようとしているかもしれない。椛に再び焦りが生まれた時、ふと真木が先ほど外で見た人物について問うてきた。知り合いか聞かれ、即座に否定する。近所に誰が住んでいるかさえ全く知らないとは伏せて。
『その人、偵察に来た可能性がありますね』
真木の目つきが鋭くなる。何らかの手段で自分たちが会合を行うと聞き付けた「楽土蒐集会」会員が、内容を探ろうとしたのかもしれないと。姿を消したと見せかけて戻り、こちらの会議を聞いていた可能性も指摘される。
思えばあの人がどこへ消えたかも、椛は気になった。向かった先がこの世界のどこかだとは考えづらかった。目の前で一瞬にして消えるなど、とても現実的でない。なら、別の答えはあるか。先ほどまで聞いた不思議な話と、椛の中で突如繋がる。
「――異世界へ行ったんだよ、あの人!」
声を上げた椛に、通話先の皆が唖然とする。推測が正しければ、異世界へ行く具体的な手段は確実にある。例えば異世界出身の「楽土蒐集会」会長なら知っているか。白神によると、会長は各地の支部から集めた蒐集品をまとめて精査する本部にいることが多いらしい。そうとなれば、椛の決断は早かった。
「じゃあみんなで会長さんに、異世界への行き方を聞こうよ! 本部まで行ってさ!」
『はぁ!? 冗談じゃない! いきなり敵の本拠地に乗り込むなんて!』
真木の発言を受け入れるどころではない。このままでは何も進まなくなってしまう。黙っている三人の心など気にせず、椛は夢中で説得を続けた。
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