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連載(55):人類の夜明|宇宙と人間「磨きあい」

この記事は『かとうはかる(著)「人類の夜明」』を連載しています。

磨きあい

「さて、私たちが意識界から地上界に降りてきた目的の一つは、この地上界を調和させることにありました。しかし人間は、心につけてはならない歪みをつけてしまい、地上界を調和させる以前にその歪みを取りのぞく仕事が先になってしまったのです。


生まれたばかりの幼年期には、まだ心に歪みはつくられておりません。

しかし、青春期に入り少しずつ社会環境に染まっていくにしたがい、潜在していた業が浮き上がってきて心に歪み(角)をつくっていきます。

そしてそれは、中年期になると一層増幅され、ますます鋭い角をつくることになります。

角が鋭くなればなるほど痛みや苦しみが増すのは道理ですから、この頃になると人生の悩みや苦しみも深くなっていきます。

でも、その悩みや苦しみの中から正しい生き方を学んでいくのですから、この痛みや苦しみは薬といって良いでしょう。


こうして厳しい環境にもまれていく内に、三角形が四角形に、四角形が五角形に、五角形が六角形に、と次第に円みを帯びてきます。

人生も晩年ともなればこの円みも一層促進され、人は落ち着きを深め、ゆったりとした生き方をするようになります。

こうして八十年ほどの人生体験を踏んだ人間は、肉体を脱ぎ捨て意識世界へと帰っていくわけです。

この繰り返しが、いわゆる輪廻転生といわれる生命循環の姿なのです。

如来とか菩薩といわれている魂は、地上の習わしを良く知り尽くしておりますから、その極意を伝えようと身を犠牲にして地上に降りてくるのです。」


「ご老人の話を聞いていると、人間は苦労するために生まれてきたとしか思えないのですが?。」


「いいえ、そのようなことはありません。本来人間は、喜びの内に修行できるようつくられているのです。

それが苦しみに転じるのは、あくまでも人間側に非があるからです。

ではどうしたら喜びの内に修行できるのか、聖者や賢者の残した言葉を参考に考えてみることにしましょう。」

(つづく)

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