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第1話 国際機関における意思決定

(2016年12月1日、第2話として公開。2021年12月9日、note に再掲。)

 WTO非特恵原産地規則の調和作業での話です。調和作業は、技術的検討を世界税関機構(World Customs Organization: WCO) に設けられた原産地規則技術委員会の場で行い、その結果を政策的観点からWTOの原産地規則委員会で了解する仕組みになっています。技術的検討が不十分としてWCOに差し戻すことも可能です。技術委員会は、れっきとしたWTOの委員会なのですが、WCO事務局が技術委員会の事務局機能を果たします。そこで、Rules of Proceduresと呼ばれる手続規則を自ら定めることにより、技術委員会会合の定足数、議長・副議長の任期、事務局の役割、使用言語、そして、意思決定の方法等を決定することになります。

 ブラッセルは1年を通して雨の日が多く、カラッと晴れる日はあまりないのですが、初秋の晴れた日の心地良さはまた格別です。WTO協定の発効を数か月後に控えたある日の晴れた夕刻、故朝倉教授(元CCC品目表・分類局長)と有名なグランプラスの広場に面したパブでビールをご一緒する機会に恵まれ、本件も話題に上りました。WCOのHS委員会では、紛争処理の解決方法として多数決ルールを採用しています。我が国は、米国、欧州委員会を相手に、負ければ関係業界に致命的なダメージとなるような分類争訟を、多数決で敢然と勝ち抜いてきました。朝倉教授は、13年を要したHSの作成作業量を上回るであろう調和作業を、原産地規則協定の定めのとおり3年で仕上げるとしたら、技術委員会の意思決定は多数決であるべしとの、国際機関での作業に精通された方ならではのご意見でした。

 事務局で煮詰まりつつあった原案は、コンセンサス・ルールを基本としつつ、WTO協定第9条の意思決定規定 を参考としたものでした(注)。ポイントはコンセンサスでの決定がない場合であっても、「出席国の3分の2以上」の賛成があれば技術委員会の「技術的検討結果」としてWTO原産地規則委員会に送付することができるとした点です。1995年2月に開催された技術委員会第1回会合においては、欧州委員会が事務局原案を支持したのに対し、米国・日本はコンセンサスがない場合には技術委員会決定はそもそも存在せず、議論された各国意見にスクエア・ブラケットを付して、すべてWTO原産地規則委員会に送付すべしとの立場でした。この背景には、欧州委員会が常に15票(当時)を保持する前提で議論を進めていたのに対し、米国・日本は欧州勢によるブロック投票の悪夢を阻止することが第一で、イザとなれば、HS委員会でのWCOの慣例を基に「欧州委員会は欧州共同体全体として1票」に抑え込もうとの考えでした。

 最終的決着は第2回会合に持ち越され、コンセンサス・ルールを唯一の意思決定方法とし、コンセンサスの得られない事案はすべての意見をWTO原産地規則委員会に報告するとして決着しました。WTO原産地規則委員会の手続規則も、投票を許容する一般理事会の手続規則を準用せずに、「コンセンサス・ルールで決定できない内容については物品理事会に送付する」旨の規定振りとなっています。一か国でも反対があれば決定できないというコンセンサス・ルールは、WTO交渉の場で一旦少数国側に追い込まれると、「交渉の進捗をブロックしている」等の多数国側の厳しい声に耐えなければならず、辛いルールであることは確かです。しかしながら、「第2ラウンド」として、政策的観点からのWTO審議が無条件で許容される環境においては、WCOの場で妥協を促し、ひいては調和作業の進捗を促すということにはならなかったようです。

(注) WTO協定第9条第1項: 世界貿易機関は、千九百四十七年のガットの下でのコンセンサス方式による意思決定の慣行 (注1) を維持する。コンセンサス方式によって決定することができない場合には、問題となっている事項は、別段の定めがある場合を除くほか、投票によって決定する。世界貿易機関の各加盟国は、閣僚会議及び一般理事会の会合において一の票を有する。欧州共同体が投票権を行使する場合には、同共同体は、世界貿易機関の加盟国であるその構成国の数と同数の票を有する (注2)。

注1: いずれかの内部機関がその審議のために提出された事項について決定を行う時にその会合に出席しているいずれの加盟国もその決定案に正式に反対しない場合には、当該内部機関は当該事項についてコンセンサス方式によって決定したものとみなす。

注2: 欧州共同体及びその構成国の有する票数は、いかなる場合にも同共同体の構成国の数を超えないものとする。

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