第4話 コーヒーの原産地
(2017年9月4日、第11話として公開。2021年12月9日、note に再掲。)
WTO非特恵原産地規則の調和作業において、難交渉が続いた農産品の中でもワインとコーヒーは交渉がデッドロックに乗り上げた象徴的な品目でした(note 版第3話「ワインの原産国」参照)。そこで、今回は「コーヒーの原産地」を取り上げてみましょう。コーヒー豆はそのままでは消費に適さず、精製、焙煎等を経て小売用のコーヒー豆又は挽いた粉として小売販売されます。当時は、特にコロンビアに代表されたコーヒー豆の生産国が官民挙げての自国ブランド売込みに力を入れていた時で、コーヒー豆の生産国は、流通過程において加工されたとしてもコーヒー豆の原産国が最後まで維持されるべきであると主張しました。消費国で行う主な加工には、焙煎とカフェイン除去加工があります。欧州・米国に代表されるコーヒー加工・消費国は、加工国こそが原産国であるべきとして、技術論及び政策論で「どこまで行っても平行線」を辿りました。
それでは、1990年代後半に展開された原産地の「実質的変更」に係る熱い技術的論争の一端を以下に紹介します。文章の裏に潜む、「熱い思い」を感じ取っていただければと思います。(出典:WCO文書OR41.447, OR41.504, OR41.745、OC42.146の要旨を筆者が仮訳したもの。なお、本稿は、WTO非特恵原産地規則調和作業における議論を紹介するもので、現在の我が国の規則を解説したものではありませんので、ご留意下さい。)。
【コーヒー生産国の立場】
『コーヒーは果実であって、その果実から感覚を刺激するアロマ、酸味、にがみ、こくを持った飲料を得ることができる。これらの感覚刺激特性(organoleptic characteristics)は、以下の組合せによって決定される。①アラビカ(染色体数44)、ロブスタ(染色体数22)といったコーヒーの種、②コーヒーの木が栽培される土地の緯度、経度、土壌、③日照時間及び降雨といった栽培時の気候条件、④コーヒーの実の収穫方法及び⑤コーヒーの実を乾燥した緑色の豆に加工(精製)する方法。このうち、コーヒーの種が最も重要で、決まった数の染色体を有し、上述の諸条件との相互作用によって特定の化学組成を生み出し、最終的な味を左右し、感覚刺激特性を与えることになる。また、コーヒーの栽培地における収穫及び精製加工は味と香りの品質を決定づける。不良品が出ればそれまでで、カフェイン除去又は焙煎加工によって味と香りを取り戻すことはできない。例えば、コーヒー豆の発酵が過度に長引いた場合には、望まない香りを生じさせることになる。したがって、感覚刺激特性は上記の要因によって決定され、カフェインの除去又は焙煎によって変更されることはない。』
『カフェインの除去とは、水、有機溶媒又はガスを加えることによって行われるが、これはコーヒーが持つ113もの要素のうちの一つを部分的に取り除くに過ぎず、コーヒーの味の特質を変更させるものではない。』
【コーヒー消費国の立場 - カフェインの除去】
『カフェインの除去は、諸種の溶剤を使用する工業工程であり、カフェイン含有を嗜好しない顧客の要望に応えた全く新しい、商業的に別商品を産み出す実質的変更である。カフェインの除去は焙煎の前に行われ、コーヒー豆のカフェイン含有量の96%~98%を除去する。この工程によってコーヒー豆の物理的、科学的構造が破壊される。使用する溶剤によって方法も異なるが、溶剤には塩化メチレン、酢酸メチル、水及び液化炭酸ガスがある。カフェインを除去した後のコーヒー豆は、未だ生(緑色)であり、コーヒーを淹れるには焙煎工程を経なければならない。また、溶剤の使用効果として、単にカフェインの除去のみにとどまらず、その他のコーヒーの物質も溶剤に溶け出すため、カフェイン抜きのコーヒーの味はそうでないコーヒーの味とは異なる。結論として、カフェインの除去はコーヒー豆の化学構造を変化させ、最後の実質的変更が行われた新たな物品であると言える。』
【交渉の結末】
まさに、国家の面目・主要輸出産品のマーケティング戦略をかけた議論の応酬で、交渉官に「妥協するマンデートが与えられていない」ことが透けて見え、技術的検討の場での解決は九分九厘無理であろうと感じました。今日であれば、より正確な技術情報の把握が可能であるかもしれませんが、当時は、インターネットで簡単に情報検索できる時代ではなく、双方の専門家が真逆の立論をした場合に、どちらが正しいか、より説得力があるかの判別もつきかねました。自然な流れとして、「技術論」では埒が明かないので「政策論」で勝負しようとなります。
交渉が長引くと、「その品目分野の技術専門家」は次第に登場機会が減り、通商政策の観点からの議論に焦点が移されます。ワインと同様に、ブレンドの問題がコーヒー生産国の一枚岩を崩し、双方の歩み寄りを促しました。例えば、コーヒーに限って、「コロンビア・コーヒーが使用されていれば、たとえ他の国のコーヒー豆が使用されていても、最終製品はコロンビア・コーヒーである」というルールは書けません。したがって、現実の取引実態を反映した「落としどころ」を模索せざるを得ませんでした。ブレンドに係る原産地規則委員会議長の最終パッケージ提案においては、ワインの場合と異なり、「一ヶ国のコーヒー豆がブレンドされたコーヒー豆の全重量の50%(ワインでは85%)を超えれば当該国の原産品」となります。
一方、カフェインを除いたコーヒーと焙煎したコーヒーの原産地は、生産国と加工・消費国とで痛み分けとなりました。まず、カフェインの除去は実質的変更とは認められず、豆の原産国が維持されます。焙煎は実質的変更となりますが、一ヶ国で生産された豆のみを焙煎した場合には実質的変更を認めず、豆の原産国が維持されます。したがって、複数国の豆を焙煎した場合に限って加工国が原産国となりますが、一ヶ国の豆が重量比で50%超であれば当該豆の原産国が維持されることになります(注)。
(注) 下の表のとおり、焙煎したブレンド豆に対しては、プライマリー・ルールとして「CTSH」(HS号の変更)ルールが定められています。調和規則の総則規定(案)の考え方に従えば、レジデュアル・ルールはプライマリー・ルールが適用されない場合に限っての適用になるので、CTSHと書いてしまうと「二ヶ国以上の豆を焙煎」した場合にはブレンド比に関わらず号変更が生じてしまい、焙煎国が原産地となるように読めてしまいます。そうなると、レジデュアル・ルールの「重量比50%超」の要件を適用する余地がなくなってしまいます。これはルールの書き方の問題なので、(調和規則が実現するのであれば)「重量比50%超」の要件をプライマリー・ルールのレベルに上げるべく、技術的調整が行われることになると考えられます。
【第9類のレジデュアル・ルール】
第9類に適用されるレジデュアル・ルールにおいて、「混合」とは意図的かつ均質的に管理された、二つ以上の同一又は異なる代替可能な材料を一緒にする作業である。
この類の物品の混合物の原産地は、混合物の重量の50%を超える材料の原産国とする。原産地が同一である材料の重量又は容量は、一緒のものとして取り扱う。
求められる百分率を満たす材料がない場合には、混合物の原産地は混合が行われた国とする。
(注) 原文(英文)では、1から3までのレジデュアル・ルールは[ ]書き(未合意)になっている。