第2話:英国が展開する貿易継続措置における原産地の拡張累積
(2021年3月16日、第52話として公開。2021年12月15、note に再掲。)
今回は、筆者が『貿易と関税』(日本関税協会) 2021年3月号に寄稿した「英国が展開する貿易継続措置における原産地の拡張累積」の概要を述べることとします。技術的な部分・図表の一部は削除し、本論のエッセンスが読み取れるように心がけましたので、さらに詳細をお読みになりたい方がいらっしゃれば、同誌をご覧になってください。
はじめに
英国は、日英包括的経済連携協定(以下「日英協定」という。)に署名し(2020年10月23日)、EU英国貿易及び協力協定(以下「EU英協定」という。)に合意しました(2020年12月24日)。その結果、2021年1月1日から日英協定は発効し、EU英協定は暫定適用が開始されました。EUを離脱した英国に生産拠点を置く企業にとって、我が国又は欧州大陸から部品供給を受ける度にMFN関税が課されることはなくなりましたが、日英協定、EU英協定だけではEU構成国の英国の生産・輸出拠点としての機能は果たせません。なぜならば、EU離脱は、EU域内のヒト・モノ・サービスの自由な往来のみならず、EUによって世界中に張り巡らされたFTA網からの離脱をも意味するため、英国がEUのすべてのFTA、地域協定のパートナー国と新たなFTA等を締結しなければ原状回復にはならないわけです。
1月冒頭に英国国際貿易部ほかのウェブサイトを検索したところ、60ヵ国 (3月6日現在で61ヵ国) とのFTA、地域協定等が1月1日付で既に発効又は暫定適用され(図表1参照)、署名済でありながら未だ発効していない貿易継続協定が4本(アルバニア、カナダ、ヨルダン、メキシコ)[1] 、交渉中の貿易継続協定が4本(アルジェリア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、モンテネグロ、セルビア)という状況でした。このほかに、規格基準を相互に認証しあう相互認証協定は、FTAに含まれるものが3本、単独の協定として署名済みのものが3本手当てされています。
[1] いずれも2021年早期に発効を予定している。うち、ヨルダンについては、2021年5月1日発効予定(最終検索日:2021年3月13日)〔https://www.gov.uk/guidance/uk-trade-agreements-with-non-eu-countries〕。
英国が短期間にこれだけの数の協定を発効・暫定適用にもっていくための手法を要約すると、EUが締結していた協定を、主体をEUから英国に書き換えた上でほぼそのまま残し、必要な修正を加え、①協定の暫定適用を発効規定に埋め込んでおく方法と、②MOU又は外交公文による法的な拘束力のない事実上の適用(bridging mechanism)を行う方法とを使い分けて貿易関係の継続を図っています。ただし、協定条文に記載される「EU」を「英国」に置き換えただけでは現状維持は叶いません。なぜなら、EUの特恵貿易協定において「拡張累積」の規定は必ずしもすべての協定に含まれているわけではないからです。また、「EU」から「英国」に置き換えられた原産地規則において原産性判断を行う地理的範囲は、通常の累積概念では英国と相手国に限られるため、拡張累積規定が盛り込まれていたとしてもEUからみた第三国が対象となるのみで、肝心なEU加盟27ヵ国はそのまま抜け落ちてしまいます。そこで、現状維持を完結させるために、「拡張累積」がなかった協定にはEUを対象国とした拡張累積規定を入れ込み、存在していた協定には対象国にEUを追加するという最終的な調整が必要でした。
本稿では、英国での国内実施に必要な法的手当て、累積概念の整理、拡張累積規定の類型について俯瞰した上で、日・EU・英の三国間貿易で拡張累積規定がどのように機能するかについて論じることとします。
1. 英国の国内実施上の法的な手当て
貿易継続協定としてのFTA、地域協定等は、2010年憲法改革及び統治法に従って、21日間の議会による精査を経る必要があります。その後、国内での実施法が整備されますが、
① 2020年関税率規則(特恵制度 - EU離脱)、及び
② 2020年関税規則(英国海外領土から英国への物品の無税アクセス – EU離脱)
によって特恵輸入に係る関税率、原産地規則が明確化され、実施されます。実務上、留意すべきは、2020年12月31日に公布された
「貿易パートナーとの累積に関する英国からの要件充足の告知(2020年12月31日付)」
です。本告知は、各協定で定められた(拡張)累積規定の実施のための諸要件を満たしていることを公知するもので、告知文章の別添に実施可能となった各協定が列挙されています。
すなわち、根拠となるFTA等の貿易継続協定、その国内実施の受け皿となる実施法、最後に(拡張)累積規定実施のための諸要件を満たした旨の告知の3本の柱が揃ったことによって、EU構成国として英国の貿易体制が、EUを離脱した英国として、2020年12月31日午後11時(英国時間)から法的拘束力を持って又は事実上、継続されることになったわけです。
2. 累積概念の整理
ここで累積概念について簡単に整理しておきます。累積概念は、EUの定義に従えば、
(i) 二国間累積 (bilateral cumulation)、
(ii) 対角累積 (diagonal cumulation)、
(iii) 地域累積 (regional cumulation)、
(iv) 完全累積 (full cumulation)
に分類されますが、これはあくまでもEUで実施されている累積制度を整理したに過ぎません。
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