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入れたいものは、ないけれど | 箱あつめの美学

心ときめくデザイン、やさしい紙の手ざわり。ふたを持ち上げたときの、スゥ〜ッという感触。美しい箱を手にしたときの高揚感は、お菓子そのものを味わう楽しみとはまた別のものだ。なぜ私たちは、こんなにも「美しい箱」に魅了されるのだろう?

先日、GINZA SIXの蔦屋書店で、ルル メリーの「お花のディグレ」を購入した。美しすぎるこの立方体に、ひとめぼれして。

ルル メリーといえば、美味しい焼き菓子にはもちろんのこと、「次はどんなパッケージだろう?」と楽しみにしているひとも多いと思う。私もそのひとり。
素敵なデザインの缶は昔からあったけれど、素敵な箱はどうだったかしら。ひとむかし前までは、高級菓子でしか見かけなかった気がする。

昔の「美しい紙箱」のイメージといえば、和菓子の贈答文化

パッと思い出すのは、きれいな千代紙が貼りこまれた贈答用の和菓子。和紙や掛け紙を使い、上品に飾られた箱は、贈り物としての価値を高めるものだった。まさに「化粧箱」で、そこには「包むものまで美しく」という、日本らしい美意識を感じる。

しかし、そうしたパッケージは特別なものだった。日常的なお菓子は、そこまで凝ったデザインではなく、紙質も表面がツルツルしたボール紙に直接印刷しているようなものが主流だったように思う。

ところがあるとき、その認識が一変する。

Appleが変えた、パッケージの価値観

世の中の「包装」の価値観を大きく変えたのが、iPhoneの登場だ。Appleは、単なる製品の包装ではなく、「開封する瞬間の体験」そのものをデザインした。iPhoneの箱を開けるときのワクワク感、ぴったりと収まった精巧なパッケージ。箱を開けること自体がブランド体験の一部になった。

この考え方が、さまざまな業界に影響を与えた。箱に対しての認識はガラリと変わり、特にお菓子の世界では、「高級品でなくても、美しいパッケージをまとうことでブランドの価値が高まる」という考え方が広がっていったのではないだろうか。

SNSと「映え文化」がもたらしたパッケージ競争

さらにこの流れを加速させたのが、SNSの登場だ。Instagramをひらけば、可愛いパッケージのお菓子がずらりと並ぶ。お菓子の味だけでなく、見た目の美しさが話題を集め、購入の決め手になる時代になった。

それまで高級菓子の独壇場だった美しいパッケージが、手頃な価格帯の商品にまで広がったのもこの頃。ルル メリーは2017年、かわいいイチゴのお菓子のAUDREYも2014年にスタートしている。箱ではなく缶ではあるが、カフェタナカのクッキー缶も、2010年代にスタートしたと田中千尋さんのインタビュー記事で読んだ記憶がある。

もちろんこれらのブランドは主役であるお菓子が美味しいという前提があるけれど、いずれも、パッケージの美しさ・かわいらしさが話題となり、それがブランドのアイデンティティになっているといえるだろう。

「美しいものを愛でること」と「消費主義」のバランス

人に対するルッキズム(見た目至上主義)は批判される一方で、こと商品に関しては「見た目の美しさ」がますます重視される時代になっている。私は地方のおみやげのデザインもしているが、ちょっと前では却下されていたようなハイブローなデザインが採用されやすくなった。過度な「とにかく写真映え」はどうかと思うが、個人的には、デザインに対する感度が高いひとが増えることは、良いことだと思う。

しかし、この流れには課題もある。過剰包装や、「パッケージ目当てで中身が二の次になる」という現象も生まれている。箱や缶目当てに買って、中身は食べきれなくて捨てたという悲しい話も耳にする。美しい箱を求めているのに、美しいおこないができないというのは、とても悲しいことだ。

美しいものを愛でる心そのものは決して悪いことではなく、むしろ人の感性を豊かにするもの。問題は、「箱欲しさに中身をないがしろにする」という消費主義的な行動だ。

美しい箱をコレクションすること自体は、文化的な楽しみのひとつ。これを良いかたちで続けていくためにも、美しい箱がもたらしてくれる価値を、私たちは再認識する必要がある。

美しいものは、「ただ在る」だけで人を幸せにする

「そんなに箱集めてどうするの?何入れてるの?」とたまに聞かれるが、お菓子を食べて空っぽになった箱に、私は何も入れていない。
何も入れていないけれど、小さくて美しい立方体は、ただそこに在るだけで、私の心を満たしてくれる。美しいものとは、そういう存在だ。

美しいものに恥じないために、美しくない行動はしない。それは常に聖人君主でいろということではなく、人として美しくない行動はやめようということ。それはつくり手への感謝であり、リスペクトの表明になる。

おわりに

冒頭のルル メリーの「お花のディグレ」。中身も素晴らしく、とても美味しかった。

オンラインショップではまだ買えるようだ。ぜひチェックを。(ピンクもあるよ)


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