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脳というソフトウェアの個人差

「ねっとりしたものを書くね」
パートナーからの私の文章に対するコメントである。断じて悪口などではないし、よくよく自覚はしている(もしこの文書を読んで悪口だと思ったのならそれは私の書く文章に難があることの証明である)。子供の頃から京極夏彦とか森見登美彦とか回りくどい文章を書く作家が好きだった名残だろう(別に神童だった訳でもないのでただただ気色悪いガキだったなぁと振り返って思う)。でもそれ以上にこの形式は中身がなく、知性も稚拙であることを必死に糊塗するためのツールなんだろうなと強く思うことが最近増えてきた(もじがおおければなんとなくかしこそうにみえるという発想自体がそもそも賢くないというツッコミが入るが。あと適切な長さ、適切な語句を選択できないレベルで語彙力も知性も足りない人間がなんで大学院なんかに入れたのかというのはまた別のお話)。
簡潔に書いた結果要素が足りなかったり解釈が浅いと思われることが多々あった(親から考えなしと言われ続ける実家時代だったのが大きい。視野狭窄のことを言ってると頭では理解していても実家を離れた今でもフラッシュバックするあたりもう完全にトラウマ化している)ゆえの防衛反応なのだろうなと思うと自分でも笑えるほど愚かだと感じる。

さて、私は大学院という場所で日々研究者として生きていくための研鑽を積みながら、色々なことに絶望している。周囲の優秀さとか、自分の研究アイデアの欠如とか、メンタルの状態が悪くて週の半分くらいしか大学に行けてないこととか、兎角その内容は多岐にわたる。その中でも特にアウトプットの下手さみたいなもので最近は苦しんでいる。

研究者として食べていくなかで、自分の研究内容を簡潔に伝えることは競争して予算(これがないと研究ができない)をとる上で最低限の能力と言ってもよい(HUNTER×HUNTERにおける念能力のようなものである、余談だがそもそも博士号もそれがないと研究者としてアカデミアでは認められないという意味では同じなのかもしれない)。しかしそこで申請した予算を審議してくれる人というのは概して自分たちの研究内容を詳しく知っている訳ではない。となると必要なのは限られたページ(大体3〜4枚)で自分のアイデアを簡潔に説明する能力である。ここまでで650字使っている時点で私のそういう能力がないのは大体バレていると思うが、これのせいで研究計画書とか奨学金申請にほんとうに苦労した(幸い早期選考で定員割れしてたために奇跡的に通った)。指導教員は頭を抱えてたし、ラボの人からも普通に低クオリティ判定されてたので、例年なら余裕で落ちていたと思う(大学入学とコロナが被ったせいでどうにか卒業できたしこの辺りの変な運の良さでどんどん能力と実態が乖離してきている)。
創造性の欠如や詰めの甘さみたいなのも相まって(ASD、ADHD、LD併発の業人なので思考の硬直化による視野狭窄からの自滅傾向もある)、研究計画も私だけ大量の赤ペンや修正のための個別に指導を取ってもらう有様なので、我ながらまぁほんとに能力のないカスなんだなぁという思考が常に頭の真ん中にある(これが躁とか鬱とか関係なく鎮座してるのでまぁよくなる精神病もよくなるわけないよなぁと思いながら薬を毎日もぐもぐしている。この辺は家族のことが色々とフラバするせいもあるのでもうどうにかなるものでもないし、解決には自分の過去と向き合わないといけないのだろうが時間も余裕も能力も足りないことだけはわかる)。
こういう自己の客観視みたいなものが認知行動療法なのか自傷なのか、はたまた視野狭窄のパニックから来る客観視ですらない何の生産性も意味もない行為なのかはわからないが、とりあえずなんとかなれッー(cv. ハチワレ)と思いながらnoteを更新している(実態は20 代独身精神異常男性なのでもう完全に終わりなのだが)。


「人間の能力」という極めて概念的なものを比べることは確かに難しい。ただ、AとBという人間を一般化可能な様々な要素(文章を作成する能力とか頭の回転の速度とか)で比べたときにAにできてBにできない(or劣る)ことがある一方、その逆がないとすればAはBの完全上位互換なのではないかと思ってしまうし、そうなったときにBのアイデンティティはいかにして保たれるべきなのだろうと常にB側たる私は考えてしまう。(ラボの人にも言われたのもあってずっと考えている。これがフラバなのかそうではないのかはよくわからない)。
何の因果か積んでるエンジンのクオリティが三段階くらい上の人間しか周囲にいないので基本的に所属集団の最下位に沈むし、そうなると負け癖がつくのでほんとうに精神衛生上よろしくない。鶏口となるも牛後となるなかれといったかの蘇秦は正しかったのだなぁとつくづく思う。

こういう思考なので「リィンカーネーションの花弁」という作品は私にとってとても刺さるマンガである。私も才能を持って生まれ変われたりするのだろうか。

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