ゲームの感想『黄昏ニ眠ル街』 人生に残る名作という幻想の綻び
誰にとっても思い出の作品というものが存在しているだろう。アニメであれ、小説であれ記憶に残る作品というものがあるはずだ。
一方で疑問に挙がるのは「果たしてそれは名作として世間に認められていたかどうか」である。もちろんファイナルファンタジーシリーズのような大人気シリーズが思い出の作品である人も多いだろうが、マイナー作品が子供の時代の記憶のランドマークになっている人も少なくないのではないだろうか。
ちなみに筆者は『武蔵伝』や『マシュランボー』がそういった「子供時代を辿る足跡」になっている。『黄昏ニ眠ル街』もそれらと同様名作というには物足りないが、一種の記憶のランドマークたりうる作品となっている。
『黄昏ニ眠ル街』は少し旧時代的な3Dジャンプアクションであるが特筆するべきはその作品の個々の表現である。音楽、ビジュアル、ゲームシステムにおいてこれほどノスタルジーを思い起こさせる作品も少ない。古臭い音楽やビジュアルという意味ではなく、全く新しい作品であるにも関わらず懐かしさを感じさせるということだ。
ノスタルジーといえば『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』を真っ先に思い浮かべる人は多いだろう。『オトナ帝国』では『匂い』によって大人たちのノスタルジーを刺激させるような表現があった。一方でそれとは別に『音』による懐かしさの想起もあるはずだ。
昔聴いていた音楽を聴くと昔を思い出す、と言った人も多いだろう。だが、「昔は気にしていなかったが、曲を聴いた途端にゲームの場面を思い出す」ことこそがノスタルジーが心を掴む瞬間だと私は考える。それは『匂い』と同様に気がつかないうちに失われていた記憶を思い起こさせる。
一方で、『匂い』と『音』では思い起こさせる記憶の種類が違うように感じないだろうか。『音』では興奮、『匂い』では安心を、思い起こさせる。実際に聴覚と嗅覚で感じる懐かしさが違うのではないか、と言った研究も存在している。
ではなぜ初見プレイである『黄昏ニ眠ル街』にノスタルジーを感じるのだろうか?これに関しては音楽と作品の意図的なミスマッチが関係しているのではないだろうか。
音楽のミスマッチが生み出す効果に関しては庵野秀明『シン・エヴァンゲリオン』内での、「惑星大戦争」の楽曲が使われているヴンダーVSエアレーズングの場面が代表的なものになるだろう。あの瞬間、誰もが「あれ? 突然違う音楽流れ始めた?」と思ったはずだ。そしてそれと同時に胸の熱くなる感覚、妙な興奮や懐かしさを覚えたのではないだろうか。
同様に旧劇場版の『甘き死よ来れ』でも恐怖感、興奮、懐かしさを感じることができた。私はこれらが音楽のミスマッチをトリガーとして引き起こすデジャヴのようなノスタルジーだと感じた。
これは『黄昏ニ眠ル街』にも同様のことが言える。環境音や葉擦れの音だけでは良くできていて、綺麗だがゲームとしての出来が微妙な作品になっているだろうし、ビジュアルが2Dドット等ではこの「ミスマッチ」は起きえないだろう。
この音楽の「ミスマッチ」はゲーム全体の作品性とあっていないというわけではなく、どこか浮いているという絶妙なラインを取ってきている。ゲームをプレイしていても耳が傾くようにできているのだ。本作は選曲と演出のバランス感覚の非常に良いゲームだと感じた。
『黄昏ニ眠ル街』という作品の特異性は「昔のゲームをそのまま持ってきたような」作品であるということ。そしてそれが一定数の人間には受け入れられているという点である。
当然こういった作品なので賛否があるのは仕方ないが、むしろこれだけ古臭いシステムで「賛」の意見が多いのは異常とも言えるのではないか。多くの人が「よくできているけど今の値段で買う価値がない昔のゲーム」と評価しただろうし、実際「否」の意見は退屈で旧時代的、ゲームとしてはいかがなものかという意見が多いように見受けられた。
もちろん実際にプレイすると簡単すぎるというか、やりごたえがないというか。ゲームをやっているが熱くなるような作品ではない。なんとなく「綺麗だなぁ」とか行ってやるタイプのゲームだ。
それでも前ステージより少しだけ変わった仕掛けだったり、謎解きだったりと楽しませてはくれる。
そして本作は私の中で「名作こそが記憶に残る」の反例の一つとなった。おそらく死ぬまでこのゲームを覚えているだろうし、音楽を聞けば思い出すだろう。全てに「名作」を背負わせる名作至上主義の現代において、そんな幻想を優しく打ち砕く、名作じゃなくても誰かの記憶に残る、そんな作品であった。
ゲームで戦いを求める「お嬢様」たちには向いていないが、なんとなく美しい世界で心を温めたい人におすすめの作品である。
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