一人で笑わせないで
私語厳禁とは言わないけど雑談にオープンではない職場で働いている。気軽に話せないもんだから、自分の世界にこもって妄想にふけているが、笑ってはいけない職場だからこそか、自分で考えたしょうもないことで笑いが止まらなくなってしまった。上司、同僚になんとか背を向けて冷静やらせてもらってますの態度をしていたが、肩が貧乏ゆすり並みに震えていたと思う。
寒くなってきたこの時期に、スープを販売することとなった。しょうがをたくさん入れたホッと温まるスープ。別にそれだけならいいが販売企画部が頑張ったのか他の商品には付けていないくせに、この商品にだけオリジナルキャッチコピーがついていた。周りを見ても「〇〇(商品名)!美味しいよ!」「〇〇(商品名)が美味しい季節なりました」くらいの気に留めるほうが難しい文言でアピールする中、このスープだけ一言「あったまろ」と書いてある。
まず思ったのは「あったまろ」ってキャッチコピーはお互いの距離詰めすぎじゃない?「あったまろう」だと商品の効果で体を温める様がイメージできるのに「あったまろ」だと冬場のベンチで座ってたら彼女がいたずらで自販機で買ったアツアツの缶を頬にくっつけてきて「あったまろ」って言われてるくらいガン詰めされている気がする。熱海に彼女と行って、うわー熱海に来たなーと駅で周りを見渡してたら、何かを発見した彼女がねぇねぇ、あそこの足湯で「あったまろ」って言われてるくらい懐に入ろうとしてくる。「あったまろう」なら、奥のキッチンでスープを作ってた山小屋のマスターが、みなさんスープが出来たので一杯いかがですか?みたいな語られてる感じするけど「あったまろ」だと、冬の山で遭難してようやく見つけた一筋の光が、実は山小屋から漏れるドアからの光だったことに気づき、もつれる足をなんとか期待と興奮で動かして扉を叩く。快く中に入れてくれたマスターは、何も聞かず暖炉の前に案内してくれた。鼻が寒さで赤くなった僕に、マスターは笑顔で温かいスープを一言添えて出してくれた「あったまろ」と。それくらい販売企画部の人に無条件にこちら側が受け取るように思われてそう。手にスッと渡されて、あったまろと言われてる感じが拒否権を持たせてもらってない印象を持ってしまう。
そんなことを思っていたら、どんなことでこのキャッチコピーになったのかと脳内会議が始まった。
販売企画部の皆さんが会議室で
落胆部長「どうすればいいんだ…物販商品の販売推進がうまくいかない…」
熱血社員「部長!僕たちに欠けていたものがあったんです!そう、キャッチコピーですよ!」
落胆部長「…キャッチコピー?それは前回の会議でボツになった意見だろう」
熱血社員「そうですよ?じゃあ、その会議でGOサイン出た案はうまく行ってるんですか?」
落胆部長「いや、それは…」
熱血社員「P、D、C、A。これマネジメントの鉄則です。部長、回してこ!」
暴れ馬部長「なるほどな…ふん、お前に言われたから動くわけじゃない。俺が動いた先にお前がいたんだ」
熱血社員「わー、今まで落胆していた部長が立ち上がった!会議でガツガツと自分の意見を通していた伝説の暴れ馬部長の再来だ!」
キャッチコピー会議は連日、深夜を回った
暴れ馬部長「おい!次のキャッチコピーをよこせ!」
熱血社員「これなんていかがでしょう?」
暴れ馬部長「なんだこりゃ、お前ほんとやる気あんのか!!」
熱血社員「ひ、ひえーーー」
暴れ馬部長「次!ダメだ!次!ダメだ!早く絞りだせ!!」
暴れ馬部長「はぁ…(椅子に深く座りながら天を仰ぐ)物販商品になにか革命を起こしたいのになぁ。なんか出ねぇかな…蛍光灯…光…太陽…あったかい…!!!!おい、集まれ!」
熱血社員「(眠たい目をこすりながら)なんですかぁ?」
暴れ馬部長「出来たぞ、キャッチコピー」
熱血社員「(飛び起きる)ど、どんな言葉なんですか?!」
暴れ馬部長「みんな良く聞け…!」
暴れ馬部長「「「「あったまろだよ!!!」」」」
なんで連日会議してそうなっちゃうんだよ。物販商品の推進が悪いから、なんとか作った名文句が「あったまろ」って、可愛く小首をかしげながら言ってきそうな言葉にするなよと一人でツッコんでいたら、もう「あったまろ」の術中。ここから最低5分は笑いが止まらなかった。雑談もない空虚な職場に、僕の「くっくぅ…ぐふっ…へ」が響いていたと思う。止めようと口を押さえるが、空気が鼻のほうに流れてきてブタ鼻を鳴らす始末。「あったまろ?」「ねぇあったまろ?」とキャッチコピーが追い打ちをかけてくる。ちょ、やめ、やめてって頭で言ってるのに、アツアツの缶を持った彼女と山小屋のマスターがバグった距離感で近づいて来る。目は涙ぐみ始めて、堪えられない声は空気を送らないようにしているため、単発のひきつったようなひぇっひぇっと音を鳴らす。笑いをかみ殺すこと、「あったまろ」を視界にいれないことで、なんとか一命をとりとめた僕は緊急事態を脱することが出来た。後々、同僚に聞いてみたら「笑ってるのなんてバレてますよ」とブタ鼻もブブゼラ級に轟いていたみたい。恥ずかしっ!