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ジムに通い始めたら「沼」にハマってた
世界各国の物書きでまわすリレーエッセイ企画「日本にいないエッセイストクラブ」。今回のテーマは「最近始めたこと」。アルゼンチン在住の奥川がお送りします。ハッシュタグは #日本にいないエッセイストクラブ 、ぜひメンバー以外の方もお気軽にご参加ください。過去のラインナップは随時まとめてあるマガジンをご覧ください。
最近、ジムに通い始めた。
筋トレ自体は1年半ほど前からやっている。といっても、腕立て伏せやスクワットなど自分の体重を使った筋トレだ。それでも毎日続けていると、普通の種目では物足りなくなってくる。
1年半かけて少しずつ難易度を上げてくと、いつの間にか片腕立て伏せ10回とプランシェ(両足を浮かしての腕立て)1回、片足スクワットができるようになっていた。
ふと鏡に映る体を見てみると、確実に筋肉がついている。胸から腹筋、そして足にかけて厚みがあるのだ。「良い体じゃん」と思ったのもつかの間、よくよく見てみると腕の細さが気になる。
腕の筋トレをしていないから当然だ。ほんの数秒前までは良い体だったのに、今では幹だけ太くて枝は細い木のように思えてならない。
自重では腕や背中のトレーニングができないから、ジムに通うことにした。
新たな扉を開く~ようこそ「沼」へ~
ジムに通い始めたものの、どんな種目をすればいいのかわからない。ベンチプレスやデッドリフトは知っているが、他の種目についての知識は皆無だ。だから、YouTubeで勉強することにした。
初めに視聴したのが、筋肉博士こと山本先生の「山本義徳 筋トレ大学」。
科学的根拠に基づいた効果のある筋トレを分かりやすく教えてくれる初心者から上級者にまでおすすめのチャンネルだ。
山本先生とアシスタントのタケタコタン、このふたりのマッチョのかけあいが微笑ましいカップル(???)YouTubeチャンネルでもある。
いつものように、ジムに行く前日、山本先生の動画で種目のおさらいをしていると、関連動画に奇妙なサムネイルとタイトルが映った。
「沼」
食材が詰め込まれた炊飯器
力強く赤文字で書かれた「沼」
異質
「迷惑系YouTuberが食材を使って遊んだのか」と一瞬思ったが、よく見ると「究極の減量食」と書かれている。
おそらく僕が筋トレ動画をあさっているから、YouTubeのアルゴリズムが「ああ、こいつは沼にも興味あるだろう」と判断して、「沼」を表示したのだ。
アルゴリズムによる関連性×「減量食」ということから、僕は瞬時にこれは筋肉系YouTuberのチャンネルだと察した。
いつの間にか、僕は山本先生の話が途中なのにも関わらず、「沼」をクリックしていた。
動画の冒頭、シュッとしたイケメンこと「シャイニー薊」さんが出てくる。開始10秒、彼はこの世界の常識であるかのように、こう言うのだ。
「こんにちは、シャイニー薊です。今日はね、減量に入ったってことで、これから沼生活が本格的に始まっていきます」
笑った。意味が分からない。なんだよ沼生活って。
この時点で、すでに薊さんの勝ちは決まっていた。「沼」の正体がめちゃくちゃ気になるもん。
コンテンツ作成に関わっている人ならわかると思うが、記事や動画ではタイトルと冒頭が重要だ。人々はタイトルでコンテンツを見るのか判断し、冒頭で最後まで見るのか決める。
薊さんの手法は見事だった。
「減量食沼」というウルトラパワーワードで視聴者を集め、冒頭10秒で「減量開始したから沼生活が本格的に始まる」と視聴者を惹き込む。
当然ながら、動画は終わりまで見た。分かったことは次の通り。
・「沼」は自称100年(???)使っているぼろぼろの炊飯器で作る究極の減量食
・名前の由来は見た目が沼みたいだから
・おそらく薊さんはボディビルダー
・マッスルグリルはシャイニー薊さんとスマイル井上さんの二人組
沼の正体は当然であるが、小ボケを繰り返すシャイニー薊さんと笑いながらツッコむスマイル井上さんのかけあいが面白い。
筋肉系YouTuberにしては珍しい、ほのぼのとした動画だ。
筋肉系YouTuberにありがちな、センスある音楽やカメラワーク、美しく鍛えられた肉体披露、おしゃれなライフスタイルなど皆無。
生活感あふれるお世辞にも綺麗とは言えない部屋で、ぼろぼろの炊飯器を使い、ふたりで楽しそうに「沼」をクッキングしている。
This is Muscle Grill
沼の関連動画一覧には、「マグマ」や「セメント」という異様な料理などが並んでいる。
気づいたら、僕はマグマやセメントを見ていた。こうしてマッスルグリルのファンになった僕は、彼らの動画をむさぼるように視聴し、薊さんと井上さんの人柄に惹かれた。
シャイニーさんとスマイルさん
薊さんと井上さんについて軽く紹介しよう。
マッスルグリルの表を担当するのは、シャイニー薊さんだ。薊さんはトップフィジーカーで、「リアル刃牙」との異名を持つほど、刃牙刃牙(バキバキ)の体の持ち主である。
すごい体を持っているにも関わらず、筋肉を見せることはめったにない。基本的にロンTで、ダウンジャケットを着たままトレーニングしていたこともある。
薊さんは、高重量×高回数という「ハチャメチャ式」トレーニングを採用していた。しかし、今は怪我を負ったこともあり、低重量でじっくり効かす筋トレ法にシフトチェンジしている。この薊さんの筋トレ歴についてだけで1万文字くらいかけるので、ここでは省略。
調理師免許を取得しており、学校の給食を作っていたこともあるそう。その料理スキルを活かし、簡単・うまい・栄養価高いの三拍子が揃った料理を披露している。トップフィジーカー薊さんが披露する料理動画がマッスルグリルのメインコンテンツである。
スマイル井上さんはマッスルグリルの司令塔であり、暴走する薊さんの抑止力になることもあったり、彼自身が暴走したりする。
とても温厚で優しい人だが、プロの格闘家であり、純粋な喧嘩になるとどの筋肉YouTuberよりも強いところが恐ろしい。
犬と筋肉YouTuberのJinさんによるプリズンブレイク「ティーバッグ」の物まねが異常に好き。スマイルの由来は、職場で笑顔採点アプリが流行ったとき、井上さんだけ100点を叩きだしたからである。
薊さんや他の筋肉系YouTuberと並ぶと、それほど大きく見えないが、スマイル井上さんの身体能力も異常であり、ハチャメチャにでかい。ちなみに「セメント」は井上さん考案の減量食だ。
この2人について言えるのは、とにかく人柄が良い。気さくなあんちゃんたちがやっているYouTubeチャンネルだ。
マッスルグリルはコラボ動画が多いが、それはこの2人の人柄の良さがあってからこそなのかもしれない。
ちなみに自身のチャンネルでは、バリバリに決めているJinさんや筋肉のお兄さんこと山澤さんも好きだが、マッスルグリルではっちゃけるお二人も好き。
ゆるい雰囲気のマッスルグリルだからこそ、誰もが素のままの姿を見せられるのかもしれない。ちなみに上の動画の11:10秒あたりから、井上さんが大好きなJinさんによるプリズンブレイクTバッグの物まねを見れる。
とにかくふたりが楽しそうにしているのだ。そのことを証明するかのよう、アルゼンチン人の妻は日本語が分からないにも関わらず、「なんか楽しそう...!!」と笑っていた。
この動画は、お二人が尊敬するボディビルダーを憑依させて脚トレする(??)動画であり、僕も物まねの内容自体は全然分からなかったが、ゲラゲラとふたりで笑った。
5:05秒あたりからの、薊さんによるロニー・コールマンの物まねだけでも見て。ジムでスクワットするとき、「ベーーーーーーイベッ!!!」と叫びたくなるから(適当)
マッスルグリルの魅力の一つに、マニアック(おそらくマッチョには定番の)なボディビルダーや刃牙の物まねがある。理解できなくとも、ハチャメチャに笑える。
楽しさは画面や言葉の壁を超える(真剣)
こうしてマッスルグリルの動画を見ることが日課になった。料理動画も面白いし、筋トレ動画も参考になる。
おふくろシャイニーとの出会い
ある日、僕は運命を変えると言っても過言ではない動画を目にする。
牛丼だ。
僕はアルゼンチンで生活を送っている。最後に帰国したのは3年ほど前かな。だから、もう3年間牛丼を食べていないことになる。
「僕も牛丼でバルクアップしたいなー」なんて思っていると、薊さんが衝撃的な行動を起こす。
食材の入った炊飯器にリンゴジュースをおもむろにかけ始めたのだ。
リンゴジュース!?
なぜリンゴジュースなんだ?
薊さんの不可解な行動に悶々としつつ、いつものように他の動画を見ていると、その理由が分かった。
とある動画で薊さんはこんな感じのことを言った。
「いつも言ってますけど、みりんを使うくらいならね、リンゴジュースを使いましょう」
えっ???
リンゴジュースってみりんの代わりになるの???
リンゴジュースが???
「さすが、薊さん。やっぱりすげーな(適当)」なんて思っていると、あの牛丼が頭に浮かんだ。
「あれ、もしかしてアルゼンチンでも牛丼作れるんじゃね?醤油あるだろ、みりんはないけどリンゴジュースで代用できるだろ。牛肉は薄く切ればいいだろ。あれ、日本の牛丼できるんじゃね?」
気づいたら、僕は涙を流しながら、数年ぶりの牛丼を味わっていた。思わず生卵をトッピングするところだったが、卵の殻ににわとりの糞がついていたから、なんとか正気を維持できた。
ちなみにだが、アルゼンチンのネウケン州という田舎にも醤油はある。寿司があるからだ。
寿司あるところに醤油あり(適当)
そして、寿司は世界各地に広まっており、必然的に醤油も世界征服へ乗り出している。
マッスルグリルのおかげで、リンゴジュースがみりんの代用になると分かった。これで照り焼きも肉じゃがも作れる。
ありがとう、おふくろシャイニー。
こうして僕は料理にハマった。
マッスルグリルで筋トレ知識と食に関する知識を学び、ベンチプレスを上げると同時に、料理の腕もめきめき上げた(嬉)。
ボディビルディングの世界を垣間見る
マッスルグリルの動画を見ていると、必然的にボディビルディングの世界を垣間見ることになった。普段は忘れがちだが、料理上手な面白おじさんこと薊さんの正体はトップフィジーカーだからだ。
ボディビルはまさに異世界だった。それまで僕は、ボディビルは選手が筋肉つけて脂肪を落として、ステージでポージングするというイメージだった。だが、それはあくまでも表面上のものであり、ボディビルは奥深い世界だった。
たとえば、ボディビルダーはみんな綺麗に肌を焼いているなあと思っていたが、実はコンテスト直前にボディペイントしていたのだ。
自分が筋トレを始めて分かったが、そもそも筋肉をつけつつ脂肪を落とすというのは、相反する行為である。だから、ボディビルダーは初めに筋肉を大きくし、コンテストが近づけば筋肉量を維持しつつ、脂肪だけを落とす作業に入る。数か月単位での壮大なプロジェクトを実施しているのだ。
ここで「沼」動画の薊さんの発言を思い出してほしい。
「こんにちは、シャイニー薊です。今日はね、減量に入ったってことで、これから沼生活が本格的に始まっていきます」
薊さんはコンテストに向けて、ほぼ毎日「沼」を食べていたのだ。
いくら美味しいとは言え、「沼」ばかり食べるのは、やっぱり普通の人にはきつい。でも、それくらいしなければ、筋肉量を維持しながら脂肪は落とせないのだ。
過酷なトレーニングと食生活に取り組む理由、それは本当に様々だと思うが、ひとつはコンテストがあると思う。
マッスルグリルも薊さんが出場したコンテスト動画を上げているが、ハチャメチャに面白い。同じポーズをしても選手によって筋肉の見え方が全然違うし、観客からの叫び声も良い熱気を作っている。
ステージの裏では、選手が筋肉を張らせるために綿密な食事計画を実施していたり、最後のパンプアップに励んでいたりする。
選手はさわやかな笑顔でポーズをとってるから分からないけど、あれはめちゃくちゃ力を使うことも知らなかった。そりゃそうだ。全身に力を入れたまま数分間もポーズを保つなんて疲れるに決まっている。
ああ、これはハマる理由がわかる。
見事に作り上げた体の裏には、壮大な歴史が潜んでいるのだ。
特にお気に入りの選手、いわゆる推しビルダーのいる人は、コンテストなんてたまらないだろう。
そんな僕の推しビルダーは、もちろん薊さんだ。
マッスルグリルのサブチャンは、薊さんの筋肉に対する考え方や哲学を見られる、少し真面目なトーンの動画が多い。
薊さんは神経系の怪我を起こし、長い間にわたって満足なトレーニングを行えていなかった。
ボディビルダーやフィジーカーにとって、満足な筋トレをできないほど、怖いことはないと思う。
おそらく、薊さんも想像もできないほど悔しさや苦悩を抱えていたはずだ。
それでも薊さんはあきらめずに、今の自分に合ったトレーニングを模索し続けてきた。
そんな中、ぴたりとはまったのが低中重量でバチバチに効かせるトレーニングだ。負荷を逃がさずに、常に刺激を筋肉に与えられる怪我のリスクが極めて低いトレーニングである。
ちゃんとトレーニングを行えて、コンディションもいいのだろう。薊さんが動画の中で洋服を脱ぐ機会が増えた。
そして、先日行われたコンテスト。
薊さんが完全優勝「オールオーバー」を達成した。
オーバーオールはいわゆる無差別級で、各部門の優勝者が競いあう、真の王者を決める。
大げさではなく、僕は感動してちょっと泣いた。お二人と知り合って(マッスルグリルのお二人は僕のことを知らない)まだ数ヶ月だが、ありとあらゆる動画をあさり、彼らの歴史を学んだ。
彼らの努力や苦悩を知っているからこそ、薊さんが大会で優勝したとき、僕は涙を流した。
そして昨日、ボディビルダー&フィジーカーにとって大きな大会が開催された。
プロクオリファイ
プロクオリファイを制した選手には、世界的権威ある団体IFBBよりプロの資格が渡される。過去には、Jinさんやカネキンさんがオーバーオールを果たし、プロの資格を得ている。
このプロの資格を巡り、数多のトップビルダーたちが熾烈な争いを繰り広げる。
先日開催されたプロクオリファイは、個人的に胸アツだった。
薊さんはもちろん、山澤さんやエドワード加藤さんなど、僕が見ていたYouTuberが出場していたからだ。
もちろん、僕は推しの薊さんの優勝を願ったし、優勝も射程範囲内だと思っていた。
ここからはネタバレになるから注意。
結果から言うと、薊さんは部門入賞2位。部門優勝したのは、上の動画の左に立っている選手。
印象的だったのは、薊さんが2位で呼ばれたとき、手を叩いて喜びを表現したシーン。そのシーンに、スポーツマンシップや薊さんの人柄がよく表れていたと思う。
今大会でプロカードを手に入れたのは、エドワード加藤さん。この方も熱い思いで取り組まれていて、プロカード取得できてもう泣ける。
というか、誰がプロカードとっても泣けるし、ステージ上の体を見ただけでも泣ける(涙腺崩壊)
ボディビルディングというのは、こんなにも刺激をもらえて、希望に満ち溢れた熱い世界だったんだ。
もうここら辺でマッスルグリルについて語るのはやめよう。動画を見てくれ。
あぁ、いつの間にか僕はマッスルグリル、そしてボディビルという「沼」にどぶどぶにつかりこんでいた。
いや、「いつの間にか」ではない。
「沼」を見た瞬間に、推しという名の底なし沼に片足をつっこんでいたのだ。
*
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ベトナム人技能実習生を助けるために法人設立をした水嶋さん。8年前ベトナムに移住されたときも法人設立を考えられていたようですが、8年の時が法人観を大きく変えたようです。それにしても大きな問題に挑む水嶋さんはすごいなー。個人的にも、水嶋さんがいなければもうライター辞めてるってくらいお世話になっていて、上手く行くことを願うばかりです。
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大学生だったころ、ご友人とロンドン旅行をしていた久保田さん。ふらりと立ち寄ったパブで、久保田さんが見たものとは...!!!???旅にハプニングはつきものですが、予想外のハプニングに遭遇される引きの強さ。こういったハプニングこそ、一生の思い出になるんですよね。
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![奥川駿平🇦🇷](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/73204906/profile_100591f0f66765da292cc5ac385aaad1.jpg?width=600&crop=1:1,smart)