父のようになりたくなかった
成人式の日、父にネクタイを結んでもらった。
「良い大学出てもネクタイも結べないんじゃしょうがないぞ」と言いながら、その言葉とは裏腹に父はなんだか嬉しそうだった。成人式の後に家で酒を飲みながら寿司を食べた。父は頬を赤らめて「こんな酒がうまい日は久しぶりだ」と笑っていた。
僕は、こんな大人には絶対なりたくないと父の背中を見て育った。
父は不器用で短気で価値観を人に押し付けては思い通りにならないと機嫌を悪くするような、昔気質の人間だった。「男はつらいよ」の寅次郎が横柄な態度で身内に接するあの姿にとても似ていた。
内心で蔑んでいた時期もある。そして父の言うことと全く逆の人生を送ってきた。今でもうまく距離を掴むことができず、二人きりになるとなんだかむずがゆい。
だが、今なら何となくわかる。父も一人の男だった。筋を通さねば気が済まない、強くて弱い人間だった。
父は随分と老けた。丸くなったともいえるのだが、なんだか寂しさもある。不器用で、耳が悪くて、腰痛持ちで、こだわりが強くて、およそいっぺんのずる賢さも持ち合わせていない愚直な父。人の気持ちを汲み取るのがヘタくそなくせに、他人には優しく、曲がったことが許せない僕の父。
ネクタイを結ぶたびに、そんな父の事を思い出す。そして、僕がもう少しだけ立派な大人だったならば、といつも思う。
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