退職エントリ
高校時代の先輩が「新しくバーをオープンする」というので、つまりアルバイトとして働かないか?というお誘いを頂いた。
バーというものだから、カウンター越しにお酒を作って気の利いた会話をするようなお店を想像するだろう。ただし、そのお誘いしてくれた先輩というのも、良い意味で胡散臭く、ファッショナブルであるために変な人を周りに惹きつけ、それでいて健全という、要するによくわからない人間である。そんな彼が港区に開くバーというのだから、要するによくわからないお店なのだろうという検討は少なからずあった。
蓋を開けてみれば、バーとは名ばかりで、スナックのような、ガールズバーとボーイズバーを足して二で割った様な不可思議な雰囲気のする店だった。お客さんの卓にガッツリついて接客するという会話メインのお店である。想像の斜め上を行っていた。かなり不安になった。
働く従業員たちも、いわゆる水商売に慣れている面々であり、しかもオープンしたてでお客さんが全然来ないものだから僕が初出勤した時はお客さん1に対しキャストが5人つくという全く奇妙な光景だった。それでいて皆持てるコミュ力全てを使って話を盛り上げていた。僕も「絶対にスベらない話」を幾つか披露し、「こういう場は慣れていないけれどそこそこ喋れそうな、でも真面目なヤツ」くらいのポジションを得ることができたが、それは付け焼刃でしかなく、元々口数の少ない僕はやはり場慣れしていないことが如実に表れ、とにかくツラかった。眠かった。
いい気分になったお客さんが僕の方を見て、そのシャツなんで買っちゃったの?と言った。僕は、え、これおかしいですかね、と返すと、みんなの視線が僕に集まり出した。急に僕に対するファッションチェックが始まり、各々が勝手なことを言い始めた。どうして僕はこんなところに居るのだろうと思った。早く帰りたくて仕方なかった。
一日目にして、ここで働くの向いてないなあと痛感し、退職することを決意した。
その日は朝まで残った。気晴らしに6時の新宿の街を少し歩いた。ストロング缶を飲みながら楽しそうに話すバンドマンらしき男性3人組や、うずくまって吐きそうな大学生くらいの女の子の背を優しくさする男や、これから仕事に向かうのだろうかと思わせるサラリーマンとすれ違い、初めて今まで目を背けてきたカオスに触れたような気持になった。
最低の気分であったが、もう少し、この混沌を知りたいと思った。
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