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父とネクタイ

僕の父はブルーカラーだった。だから僕は父のスーツ姿をあまり見たことがない。父のスーツ姿を見たことがあるとすれば、僕の小学校や中学校の入学式、卒業式だ。子供ながらに見慣れない父のスーツ姿はなんだか不思議だった。その不思議さは、ただ見慣れていなかったから、だけではないように思う。最後に仕立てたのはいつだろうか、型崩れし、時代を感じさせるスーツと、奇抜なネクタイが、大味で無骨な父の雰囲気と妙に合っていたことをよく覚えている。

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成人式の日、僕は慣れないスーツに、慣れないネクタイを結ぼうとしていた。結び方が分からず、ネットで検索しながら滅茶苦茶にネクタイを結んではほどく僕の様子を見かねた父が、代わりにネクタイを結んでくれた。「良い大学出てもネクタイも結べないんじゃしょうがないぞ」と、呆れながらも、なんだか嬉しそうだった。「こんなに酒が旨いのは久しぶりだなぁ」なんて、いつになく饒舌だった。

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僕は就職し、時々ではあるが、新調したスーツに青いネクタイを締め、朝早く家を出るようになった。時々父は「今日も背広か」と、声をかけてくる。その声は何故だか嬉しそうで、なんとなく、背伸びをしつつも、まだ不相応で不格好な僕のスーツ姿に、子供の頃の僕を見出しているのかな、なんて思っている。

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井出崎・イン・ザ・スープ
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