思考録【20231127】
今日は、よく寝てしまった。その代わりに元気になった。
だから結果はオーライなのです。
ところで今日は、他人に対する自分というものに焦点を当てて思考をした一日でした。
最近僕の周りに所謂「病んだ」人が多くいるなと感じています。
有難いことに僕はそういった友達から相談を受けることが多いのですが、昔と比べて相手が落ち着くような返答ができなくなっていることに気が付きました。
病み状態の人間は、基本的に承認を求めるものだと僕は考えています。
何故なら僕がそうだったからです。
だから相手を承認して、受け入れて、傍にいるよと言ってあげることが大切なのだと信じているのですが、最近の僕は分かっていてもできません。
何故でしょう。
それはきっと自分がそういう時期だった頃に、人に甘えることはよくないという結論に至り、それで自分自身で立ち直ってしまったからということも関係があるのだと思います。
それと、もしかしたらただ単に面倒臭いのかもしれません。「病む」という行為自体が自分の過去を象徴する代表だからです。
「どうせケロッと立ち直る」「病んでいるフリをしているだけ」そんな考えが自分の過去と相手に向かって同時に発せられてしまいます。
でもきっと本当はそんなことはなくて、自分だって誰かに助けられて生きてこれたくせに、人のことになると僕はこういう考えをしてしまうのだと思います。
これはきっと、悪い癖です。
ケロッと立ち直れると分かっているのはケロッと自分がなんとかなったからで。フリだと思うのは、今の自分があるからです。
今窮地に立っている人は、未来が見えない。未来が見えないから、窮地にいる。
僕は、他人に対するリスペクトを怠っています。
他人の人生をしょうもないと思う人間の方がよっぽどしょうもない人間だから、僕はもっと先に行かなければなりません。
「対人関係で大切なことは大きなアドバイスではなく、小さなリスペクトである」という意識を持って生きようと思います。