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空白に落ちた

あれは平日の朝だった。
車を走らせていたら自分の車以外一台も走っていないことに気がついた。二車線の公道で前にも後ろにも横にもいない。誰もいなくなった。時が止まっているような夢の中にいるような淡い感覚が押し寄せる。
時計は9時をまわっていた。一瞬の出来事だった。
景色がざあっと音を立てて風に吹かれた。
信号は青になり描かれた白い矢印を見つめながら
真っ直ぐ進む。ただただ真っ直ぐ進む。
バックミラーに目をやるといつものように車が流れ流れていった。一瞬の出来事だった。

人生のどこかでたびたびこういう瞬間があった。
誰もいない。ひとりぼっち。きっとどこまで進んでもわたしはひとりぼっち。上っていたはずの階段を気が付けば降りている。みんなどこに行ってしまったんだろう。
いるのにいない。溢れ返るコーヒーショップ。
わたしはひとり。あなたもひとり。
孤独とは友達になった方がいい。
ずいぶんと気まぐれだけれど。

埋めても埋めても埋まらない。掴んだかと思えばするりすり抜ける。それが孤独というものだ。
わたしはひとり。あなたもひとり。
それでもわたしはあなたが笑っている時はつられて頬が緩んでしまうし、涙が出るほど嬉しい時は
胸のあたりを押さえては静かに目を閉じたりする。
人間は身体だけでなく心でも手を繋ぐことができる。お互いに繋ごうとする意思があれば。

何度でも人間は空白に落ちる。
ひとりぼっちだと思う。あたたかさに触れたくなる。わたしはひたすら猫を撫でる。
野良猫たちはいつだってしょうがないなと目を細めゴロゴロ喉を鳴らしていたりする。

たとえ小さな存在でも豆粒のような存在でもわたしがあなたを想うように誰かが誰かを想いながら
この世界を生きている。
誰かが誰かを想う時空白にぽつり黒い点が落ちる。

空白に落ちてしまったらどうか思い出してほしい。
目を凝らして見つめてほしい。
あなたの周りには無数の黒い点がある。


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