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見なくてもいい

車を運転していると何かが落ちている。
頭上にはカラスが飛び交っている。
確認しなくてもいい、いやしない方がいいものなのだとなんとなく分かっている。
ゴム手袋か何かだろう。誰かが投げ捨てたゴミかもしれない。まぁいいや。
そうやって前だけを見て通り過ぎればいいだけなのにわたしの目はたしかにそこにある何かを捉えている。決して見落とさないし見落とせない。
そうして溜息をつくのだ。あぁやっぱり。
抗えない自分に嫌気がさす。分かりきったことなのに。容易に想像がつくものなのに。
見なくてもいいものを見ないという意思が足りない。さらに言えば不要なものを容赦なく切り捨てる潔さもない。つくづく愚かなものである。

現実を見据えよと人は言う。目を逸らすなと。
祈りを捧げる者の沈黙を無関心だと罵倒する。
見たくないと思うのならば見なくてもいい。
そうやって目を背ける自由があってもいい。
闘い続けるかどうかは自分で決めていい。
与えられるべくして与えられた試練などという
陳腐な言葉を信じるな。
生きていてくれればそれだけでいい。

自分の足で立ち上がれと人は言う。誰にも頼るな頼られても困ると言われ続けてもはやどうやって人に頼ればいいのかわからない。
自信もなければ確信もない。頼るなんてそんな。
畏れ多い。
信じているとかいないとかそういう話ではないということだけはどうかご理解願いたい。

今こそ真実を暴くのだと聞こえのいい己の正義を振りかざし意気込んでいる人間の言葉はやがて勢力を増し信じる者も疑う者もひとつの巨大な暗雲となりいつしか雨が降り注ぎ濡れた身体はみるみるうちに地面に沈み込んでゆく。

見なくていい見なくてもいいそんなものは。
知らなくていい知らなくてもいいそんなものは。
今まさに降り注がんとする黒い雨から守るため
呟きを繰り返す。

見なくていい見なくてもいいそんなものは。
知らなくていい知らなくてもいいそんなものは。



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