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記憶のカード
同じ場所で同じ時間を過ごしていたからといって
頭の中に残っている記憶が同じであるなんてことはほとんどなくて、記憶の切り取り方というかあの時あなたはその部分をピックアップしたのかと驚くことの方が多い。
ほら、あの時アイスを落っことして泣いたよね。
そうだったっけ?手を洗う時に蜂が飛んできてさ
怖かったよね。え、蜂?蜂なんかいたっけ。
懐かしいね。何年前だっけ。でもこうやって話すとさ、案外おぼえてないことって多いよね。
ハンカチは花柄の大きいやつだった。
そんなのおぼえてるんだ。
帰る時にコンビニ寄ってさ。あ、それおぼえてる。猫がいた!そうそう。
ばらばらになった記憶のカードを微笑み合いながらひとつひとつめくっていく。
ジョーカーはこっそり抜いておこうか。
海辺に停めた車の中で浴びせた怒号。長い沈黙。
声を出さずに泣いた夜のこと。
口に出さないからと言ってなくなっているわけではないだろうから。逆もあるけれど。
どこが切り取られているのかな。不安になる。
なっても仕方がないけれど。
どうあがいても無駄だよ。
覆水盆に返らずってね。
うつくしく飾りつけたはずのケーキがほんとうは
ぐしゃぐしゃになっていたら。
いつかわたしの目の前でどろどろに溶けてしまうのだとしたら。自業自得だ。覚悟しておこう。
そして素直に謝ろう。傷つけてしまったことを。
静かに目を閉じる。
ここにはいない。声も聞こえない。
それでもどこかで重なる記憶があったとしたら。
いやいや記憶ほどいい加減なものもないからな。
くたびれたカードを並べてみる。
もう捨ててしまおうか。何度も何度も呟いてみる。
あれから雨がたくさん降って文字が滲んで見えなくなった。何が書いてあったのだろうか。
わたしがおぼえているものはほんとうだったのだろうか。そう思い込んでいるだけなのかもしれない。振り向いたのはわたしだけ。
もうなくしてしまいたい。
あの時はとても苦しくて息ができなかったから
自分で自分を救うために都合の良いシナリオを描こうとしていただけ。何度も何度もそうやって忘れようと意気込むのに。いやんなっちゃうわ。
ねぇママってさ
昔からいつも笑ってたよね。
面白いことたくさん言ってさ。
ぼろぼろの記憶のカードを握りしめ
わたしはくるり背中を向けた。