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日暮里にある彫刻の館/明治-大正-昭和の芸術家の日常

きっかけ

昨年放送されたNHK日曜美術館「朝倉摂がいた時代」(初回放送: 2022年10月9日)のワンシーンで、ここ「朝倉彫塑館」のアトリエが登場し、とても神秘的な光景で、「上野の近くにこんなとこあるんだ」と脳裏に刻まれていた。

この番組そのものは、以下展覧会の特集だったという理解。
生誕100年 朝倉摂展@練馬区立美術館https://www.museum.or.jp/report/107798

補足


その後、書道博物館を観に行った際、台東区5館共通入館券というものを購入し、その中にこの朝倉彫塑館も含まれていた。ということで、それほどピンとくる展覧会が見当たらない今、チケットの有効期限が切れる前にさっさと行っておくか、ぐらいのお気楽さで向かった。


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せっかちな人のため早めにザックリと感想を書いてしまうと、他では味わえない知ることのできないことが多いユニークな施設で、大規模ではないものの、これをメインに遠征して充分な実りが得られた。彫刻について絵画よりもさらに知識がない私だが、それでも今回の朝倉彫塑館観覧で、日本の近代芸術における彫刻分野の有り様、その第1人者である朝倉文夫とその作品や活動、芸術家のアトリエの実物観察、今では本当に珍しい和風数寄屋造りの邸宅の自由な散策などを通じて、
 「立体造形」x「制作行為/環境」x「芸術家という人生」x「時代/近現代史」
といった複合的・立体的なテーマを思索する時間を過ごせた。非常に良い場、機会だった。



本稿の方針

初めて訪れた施設のため、本稿は主としてミュージアムそのもののレビュー/体感記として書いている。展示されていた個々の作品については、特に深い考察はしていない(できないというのが本音)。「朝倉彫塑館」ってなんなの?って人向けに、観に行って知ったこと気づいたこと注意点などを書いたつもりである。



ルポ本編

~入館まで

日暮里駅を北改札で降りる。駅からサイン(案内標識)は豊富。迷わずストレスなく辿り着ける。


以前買った台東区共通券で入場。以前訪れた書道博物館といい、今回の朝倉彫塑館といい、「台東区立」博物館は個性的な館が多いと感じる。


事前HP確認で確認通り、玄関で靴を脱ぎ靴下で館内移動。素足にサンダルで来たらアウトなので、注意。

諸注意


写真撮影について。コース最後の「蘭の間」だけ可。猫の作品に囲まれた部屋。ということで、以降蘭の間まで、写真はない。

10時半までに入場すると、いいことあるかも?


ショップはなし。受付が売り場も兼ねる。グッズは絵葉書が豊富。有料刊行物については後述。


観覧のポイント。建物自体が、国の登録有形文化財。中庭・敷地が、国の指定名勝。平成21年から25年にかけて、昭和30年代朝倉文夫が晩年暮らしていた当時の建物・庭に復元・補修・補強したとのこと。
※参考:「東京の文化財」no.117
https://www.syougai.metro.tokyo.lg.jp/image/tbunka117.pdf

「台東区立」だが、国の登録有形文化財、国の指定名勝。文化財行政とはそういうものか。



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以下ゾーン別の見所や所感。
ネタバレ的なので、すでに行く気の人は、読み飛ばして頂いたほうがいい。


~アトリエ

スタートはここから。朝倉文夫の作品制作作業場。鉄筋コンクリート造。3階建〜4階建に相当する天井の高さ。朝倉の主催した彫刻教室「朝倉彫塑塾」の教場でもあったようである。

まず何より目につくのが、昔歴史教科書で見た米リンカーン像ワシントンDCのナショナル・モールにあるやつのような、肘掛け椅子に深く鎮座した小村寿太郎の巨大な銅像。今時こういう銅像は、ここぐらいでしかお目にかかれないのでは。

朝倉文夫の体表作、《墓守》とはここで対面できる。

設備面の特徴。作家が特注で作った「電動昇降台」。電動で上下する彫刻制作用の台座。散髪屋にある電動で上下操作できる架台の彫像制作版みたいなもの。これのために、朝倉はアトリエを(自身の好みである木造ではなく)コンクリート造りにした。本気の作家は、制作環境作りから本気。作家でなくとも見習いたい。

たしか、前述のNHK日曜美術館の番組中で、この電動台座を実際に動かすシーンもあったような。

記憶

鑑賞する作品は、後述する蘭の間で展示している猫作品を除き、概ねこの最初のアトリエゾーンに集中。裸体像は、女性像だけでなく男性像も多い。この点は、同じ裸体をテーマとして取り扱っていても黒田清輝とはバランスが違うような気がした。朝倉は、彫像の本場古代ギリシャ・ローマの人体美の思想により忠実だった、と考えるのは安直だろうか。

HPで告知されていた小展示「関東大震災と朝倉文夫」も、このアトリエゾーンの一角で。朝倉の自筆原稿(『我家吾家物譚』)の中で関東大震災に言及した部分が展示されたり、震災で壊れた原型が展示されたりしていた。


~書斎

アトリエと隣接した部屋。自明だが、制作時調べごとがあればすぐ実行できる配置。電動昇降台と同じく、機能性・合理性が伺える。本棚は壁と一体化したいわゆる造付け。高い天井にまでみっしり本が並ぶ。朝倉の蔵書は、恩師であり西洋美術史家・美術評論家であった岩村透いわむらとおるの蔵書を、岩村の死後集めたものとのこと。死去直後に遺書をまるごときれいに譲り受けた訳ではなく、古本屋に出回ってしまったものを自宅を抵当に入れてまで買い取って集めたとのこと。他のエピソードなどからも、朝倉文夫は実に情の厚い人物であったように思う。


~渡り廊下・中庭・各居室めぐり

書斎より奥は、木造日本家屋。渡り廊下に沿って中庭を常に眺めながら、居住/プライベートゾーンである和風の各居室を順に巡る。久しぶりに、長時間畳の上を歩き回った。

中庭は館内から眺めるだけで、歩くことはできない。中庭のほとんどは池が占める。「五典の池」という名前で、朝倉の哲学が体現されているとのこと。

各部屋には、朝倉が集めた物、いわば「朝倉文夫コレクション」を展示。朝倉が南洋に滞在したときに現地で収集した青銅器など、興味深い。

途中で一階から二階へ。さらに屋上庭園へ。屋上庭園へは靴を履いて回る。ガイドには、昭和初期の屋上緑化の貴重な事例、とある。朝倉彫塑塾では、園芸が必修で実際にその実習場だったらしい。エピソードだけでも、面白い。


~蘭の間/猫づくし

コースの最後。実際に温室として蘭を育てていたらしい。この部屋だけ、撮影可。猫好きには嬉しい。なお、私は犬派。


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この日、自分の後に解説者(ボランティア?)付きの団体。それ以外に外国人観光客も多く、平日だがほどよく賑わっていた。今どきここまで広い純和風(数寄屋造り)の住居を、自由に歩き回って体感できる施設は貴重であり、その点で海外観光客に人気のスポットなのかも。日本庭園によく付属している茶室は和風と言っても小さいし(茶室はある種小ぢんまりさを売りにしてる側面があると理解)、住居空間ではないし。



頒布物・刊行物について

個人的関心であるが、頒布物・刊行物はよく揃っている。この記事の見出し画像はその集合写真。

有料刊行物として、HPにも掲載されているが、
 ガイド, 常設展示図録, 作品目録(彫像のため原型の目録), 朝倉彫塑館写真集
などが制作販売されている。展示図録とは別に、建築資料・写真的な「朝倉彫塑館写真集」が製作販売されているのは、やや珍しい。ここと同様、家屋そのものを売りの一つにしてる東京都庭園美術館でも、似たような位置づけの刊行物が制作販売されている。それだけ建物・庭自体文化財としての価値が高い・美的な価値があるということ。なお、この写真集は左開きと右開き両面で構成されており、右開きの部分に、朝倉の書き残したこの建物に関する雑記(未定稿)『我家吾家物譚』が収録されている。実はこれが、読み物としてかなり面白い。そして展示キャプションにも多く引用されている。

テイクフリーの館内頒布物もよく出来ていて、鑑賞時手に取って活用しないのはもったいない。館内鑑賞のためのマップ解説「建築の楽しみ方」、その裏面は「ブロンズ作品ができるまで」、見どころの写真をうまくA4一枚にレイアウトしたフライヤーなど。持って帰ってよいお土産にもなる。



全体的感想・まとめなど

これまで彫刻専門の施設といえば「箱根彫刻の森美術館」しか思い当たるものはなかった。そんな私にとって、ここは穴場で、近代彫刻芸術を見る知るにはもってこいのスポットだった。


鑑賞できる作品点数は決して多くはないが、一人の代表的な作家に絞られていることで、ただその作品が提示されるだけでなく制作のプロセス・環境・創意工夫や動機。作家自身の考えていたことと作品の関係性、より高座の近代彫刻芸術を巡る歴史的視点など、摂取できるコンテキストが非常に豊富で、とめどなく感受性が刺激されるかなり素敵な文化鑑賞施設(※頒布物・刊行物含め総合して)だった。


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館を出ると、すぐ先に、駅からの往路で一度自然と視界に入る谷中銀座商店街が存在する。レトロな面影を残すその商店街に足を運ぶと、もうしばらく、ここ彫塑館で浸った非日常、大正・昭和の気分が引き伸ばされる。時間があれば、そちらにも立ち寄って散策するのもオススメする。



以 上

誠にありがとうございます。またこんなトピックで書きますね。