高校日本史でアートを引く/アートから高校日本史を読む
きっかけは、本屋の新刊で「山川 詳説日本史図録 第10版」(以降「日本史図録」と略す)を見つけたこと。
近年、選り好みせずミュージアム(美術館博物館)やアート番組の鑑賞を地道に続けてきた結果、日本古来の文化財や美術品の「目撃」経験値が、自然と高まってきた。
しかし、高校では世界史を選択し理系に進んだので、自分は比較的日本史の知識は薄いのではないかということに、この「山川 詳説日本史図録 第10版」を見たとき、ハタと思った。なら、今、この本を買って読むのは非常に良いタイミングではないか。
そしてさらに、「実はこの本、美術書のつもりで眺めたり使っても、かなりいい線いってるのでは?」ということに気づいた。高校日本史の副本だが、日本史の括りの中で語る/示すに足るありとあらゆるジャンルのありとあらゆるモノの図版が、フルカラー&解説付きでこれでもか、というぐらいぎっちり詰め込まれているので。実際「文化財・工芸品・美術芸術品」という範囲だけに目を走らせても、相当厚みがある。もちろん1点1点に対する解説の量や深さは(研究者向けという意味での)専門書とは比較にならない。しかし、「日本美術(史)入門書」あるいは「日本美術(史)の入門レベルの専門書」と見立てると、実は結構充実している。
参 考
この本について、大学教員の方が書かれたnote記事がある。一般的な視点(もともとの位置づけである日本史学習参考書としての視点)からの書評として、端的かつ非常に的確にレビューされているため、ご紹介する。この「日本史図録」ってどういう本なの?と思われた方はまずここをご一読いただければと思う。
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以降では、冒頭述べたとおり、この本を「美術書」と見立てた場合のレビューを書く。実際に私が行った事例をケース・スタディとして書いた。
ケース1:「美人画」とは?
最近気になっていたテーマであり、それらしい美術書(『美人画の系譜』)を探して読んだり、ネットの美術用語集(Artwords@artscape)を引いてみたりしていたが、思うようにいっていなかった。
前者『美人画の系譜』は、近代の代表的美人画の画集兼個々の作品解説であると同時に、美人画を材にとり日本の近代絵画史を俯瞰・論考する非常に優れた本だが、直接的に「美人画とはなにか」を定義したり議論しているものではなかった。後者「Artwords」上での美人画の解説は、基本現代美術の立場・関心から論考されているためか、ジャンル/概念としての美人画が成立したのは近代以降という論調で、自分のこれまでの見聞から構築されたイメージとはズレがあった。
そんな中、この日本史図録をパラパラと捲っていたところ、「196 宝暦・天明期の文化4」の項でこの時期の絵画の代表的作品が紹介されており、そこで「浮世絵 > 美人画 / 役者絵 / 相撲絵」という分類が確認できた。やはり概念ジャンルとしての「美人画」は、近世には存在・認知されていたということである(当時は「美人画」とは呼ばず、「美人図」あるいは「噂の美人(実在か架空かは問わない)を描いた大首絵」ぐらいの認識フレームだったようである)。人文系の概念の多くは、何を元に、誰が/どの立場で、いつ/どこで論じられたかでひどくバリエーションが生じるものとは思うが、少なくとも現在日本で流布している「美人画」という言葉が指すジャンル概念の標準を、この日本史図録の中で示されたそれとみなすことは、それなりに理に適っているだろう。
物事の一般的な認識を確認するケースでは、専門的なソースよりもまず一般的なソースからあたる方が良いというのが、この件の教訓である(もちろんそのソースが書かれた時期には気を使う必要がある)。
ところで、知識情報の一般的/代表的なソースといえば、辞書事典である。たとえば広辞苑でも「美人画」は立項され下記のように説明されており、違和感は全くない。
広辞苑のような一般的総合的な辞書を引くのと、この日本史図録で事物概念を確かめることの違いは、具体的な対象物の写真図版の有無以外に、上述したように、「ジャンルとして他に役者絵や相撲絵があり、そしてこれらを一括にした上位ジャンルとして浮世絵がある」(※大雑把に、ここでは宝暦・天明期の基準。化政期からは名所絵なども浮世絵の主力商品として加わってくる)という文脈情報も一緒に目に飛び込んでくることだろう。辞書なら引いた言葉の近くに並んでいる言葉ということになるが、日本史図録を引いて一緒に文脈的に目に入ってくる情報とは、明らかに種類が違う。単純な良し悪しではないが、辞書とは違う文脈情報をごく自然に得られる点で、日本史図録は日本史図録ならではの良さ/有利な面がある。
ケース2:大徳寺を調べてみる
先日録りだめていたアート番組を消化していたところ、京都の古刹大徳寺が題材として紹介されていた。
新美の巨人 2023年4月1日(土)
大徳寺・仏殿初公開!禅宗寺院の至宝と美
「大徳寺といえば、結構有名な書画や古文書が確か沢山あるところだよな~」というのが番組を見るまでの私の認識だったが、番組を見て、一休宗純(一休さんのモデル)が住職を努めたり、千利休や豊臣秀吉の歴史的事件の舞台だったりと、とてつもないスケールの歴史寺であることを初めて知った(ついでに伽藍そのものが重文・国宝の塊であることも)。
こうなると、「そもそも大徳寺って、日本史史上、何なのか?」という問いが立ち、確認したくなる。そこで、この日本史図録の出番である。
抜け漏れがあるかもしれないが、確認したところ、4箇所(4項目)で「大徳寺」という記述があった。
「136 室町文化の成立(北山文化)>2五山十刹の制」
「137 室町文化の展開1>2庭園(枯山水)/大徳寺大仙院庭園」
「140 新仏教の発展>3林下の禅(一休宗純、山門)」
「150 桃山文化2(建築2)>4大徳寺唐門」
「なるほど、大徳寺とはこのような存在だったのだな」と、日本史図録を用いることで、日本史という大きな流れ・俯瞰的な視点で知識を得ることができた。このような能動的・発見的・構築的な知識の獲得は、それ自体が楽しく、またよくあとに残るものである。
注意点
今回実際紹介した使い方をして分かったことだが、この日本史図録の巻末に付いている4頁強の索引は、それほど網羅性の高いものではない。
索引語として「美人画」はなく、「大徳寺」も採録されていたのは「大徳寺大仙院庭園 137」だけである。そのため、今回実際に行った作業は「載ってるとしたら大体このあたりだろ」と予想しつつ頁を捲って目視走査して探し当てた。そのためかなり手間は掛かった(いわゆる根性引き)。
索引の中でも人名の方なら、さすがにもう少し網羅しているかな?と思い試したところ、「毛利輝元」はあったが「毛利元就」は載ってなかったりした_| ̄|○(これも「141 戦国大名」の項で、毛利元就はバッチリ登場しているにも関わらず)。
紙の資料のため、当然ながら「画面から自在に資料内をテキスト検索」というわけにはいかないので、索引が威力を発揮する。しかし、この頼りなさでは、キツい。このようなタイプの本で事物概念を網羅した索引を作ろうとしたら「本編よりも分厚くなってやってられないよ!」というのは分かるが、ならせめて、今付いてる索引がどのような基準で採録されているかまでは明示してくれないと(例外はあっていい)、困ります。
以 上