「数字のトリック、猫の毛」今市事件(5)
「遺体の右手親指には獣の毛の様なもの1本が付着していた。付着していた毛は猫の毛で、DNA型は勝又受刑者が飼っていた猫のミトコンドリアDNA型と同一のグループに入っている」
またまた出てきた怪しげなDNA、私の個人的な感想ではあるが冤罪が疑われる事件のDNAの扱いはかなり都合よく様々な解釈がされている印象だ。今市事件においても多分に漏れず、裁判所の結論は以下のようになっている。
「蓋然性」とは言い換えれば「確実性」である。この場合は「女児に付着していた獣毛」が「被告の飼っていた猫の毛」と同じである「可能性が相応に高い」と判断している。
まず、獣毛に関する鑑定は、女児に付着していた獣毛のミトコンドリアDNAのチトクロームb遺伝子領域をPCR増幅して、その部分の塩基配列を調べ、猫の毛であると判定している。
さらに、資料のDループ領域のうちのRS2領域をPCR増幅して塩基配列を調べ、ミトコンドリアDNA型の判定を行っている。そして、勝又受刑者の飼い猫から採取された毛のミトコンドリアDNA型との異同を調べ、鑑定に当たった教授の行ってきた調査に基づいて、判定したミトコンドリアDNA型の出現頻度を裁判で提出している。
小難しい専門用語盛り沢山だが、つまりは女児に付着していた獣毛の遺伝子のコピーを沢山作り、猫の毛であることを判断、次に遺伝子の特定の部分を分析し、更に勝又猫の毛も同じように分析、二つを比較し、ミトコンドリアDNA型がどれぐらいの確率で同じになるのかを分析したということだ。
まず、女児に付着した獣毛が猫の毛であるとする判定についての信頼性については双方ともに争っていない。これは、猫の毛だ。
弁護側が異議を訴えた点は二点ある。一点は分析を行なった教授の研究時の通常の調査方法と今回の調査方法が違うため、その信頼性が疑われる、と主張した。しかし裁判所はやり方は違えど証拠能力が大きく減るものではない、と認定した。
もう一点は、今回分析したDNAの部位は遺伝子の変異がみられやすいところであり、弁護側の分析では約5%に変異があり、またサンプルによってはDNAの塩基配列に違いがあるところもあるため信頼性が疑われる、という主張をした。しかし裁判所は「DNA型に一致がある以上は同一個体に由来するとしても矛盾がなく、鑑定手法には信頼性はある」と判断した。
試しに、勝又猫の毛24本を全部を調べたが21本の分析結果は全部一緒であった。「さすがに21本も同じなら矛盾はないし、証明力にも疑いはないでしょう」したが、その信頼性が120%ではないことを裁判所も認めている。
そもそも、猫のミトコンドリアDNAの分類はこの教授以外は研究されておらず、鑑定の時点でその時に比較となったサンプルの数もそれまでに教授が研究していた570頭であった。そのため裁判でも「刑事裁判の証拠とするには慎重に考えた方がいい」という判断を下している。
さらに、以下のように述べている。
そう、ミトコンドリアDNAは母型遺伝なのだ。そのため、同一の母親から生まれた場合、母親と兄弟全てミトコンドリアDNAの型は同一となる。同一の母親から生まれた雌猫がさらに生んだ子供も同じだ。
はて、猫と言えば屋内での飼い猫であれば寿命は平均15年前後、野生(野良)の猫であればその寿命は10年未満と言われている。しかし猫は生後6〜10ヶ月で妊娠可能となり、猫の妊娠期間は63日前後で、1回の出産で3〜8匹(平均5匹)の子供を産む。さらにそこから2ヶ月で子供は離乳し、次の妊娠に移ることができる。雌の猫は後尾の刺激で排卵するため、高い確率で妊娠すると言われている。つまり、猫はとても繁殖力の高い動物なのだ。
単純計算でも1匹の猫が1回の出産で雄3匹雌3匹を産み、年4回出産するとする。もちろんその子供、孫も出産するため、1匹の雌から1年間で240匹の猫が産まれることになる。
1匹の妊娠していた雌を保護し、その雌と出産した子猫を避妊去勢手術しないまま屋内で飼育すると1年目で20匹以上、2年目で70匹以上に繁殖するという報告もある。ヒトのように生涯で子孫は1人から3人というわけではないのだ。その数を人間と同じように考えてはいけない。
それを踏まえ、裁判所は「被告人の飼い猫に由来するものとして矛盾しないという限度で証明力を認めるのが相当というべきである」と判断している。ただし、一致する確率は相当に低い、としている。
地域的偏在性とは地域における偏りのことだ。場所により猫の生息数も生息種も違うのは容易に想像がつく。「出現頻度が0.53%のため、DNAが同一であれば勝又猫である可能性は相当に高い」と言っておきながらも「地域の偏りがあるから気がつけないとね」ぐらいでお茶を濁しており、なんだか微妙。
今回検察側の鑑定を行い、公判では証言台に立った麻布大学獣医学部の村上賢教授は、証言台に立った際の最新情報である猫のDNA型71グループ中だと570匹で3匹が該当する程度であり、出現率は約0.5%と説明している。
これは検察側がよく使う手法であり、数字のトリックである。
0.5%はいかにも希少に思えるが、2021年に一般社団法人ペットフード協会によって調査された「全国犬猫実態調査」によれば現在飼い猫は894万6000頭にも登る。数の認知がされている飼い猫だけで単純に計算しても0.5%は44730頭で、この4万匹のDNA型は少なくとも女児付着の獣毛と一致することになる。数の認知がされている飼い猫だけでもこの数で、野良猫も入れるとその数はもっと膨大になるだろう。勝又受刑者の飼い猫はもともと野良猫だったらしいし、これのどこが一体有力な証拠なのだろうか。
そもそも、猫は縄張りを持つ動物のため、その偏在性は違って当たり前であり、獣毛が見つかった周辺で同一母型のミトコンドリアDNAを持つ猫を探す方が遥かに簡単だろう。
なお、検察側が勝又猫の毛だと指摘する遺体に付着した獣毛について、弁護側の鑑定人は「被告の猫のDNA型は国内で約2割いる種類であり、毛の同一性の議論は不適切」とも証言している。また、進化ウイルスを研究する京都大准教授の宮沢孝幸氏は遺体に付着した獣毛について「DNA型のデータからは、遺体の獣毛と被告の猫とは一致せず、被告の猫に由来しない可能性が高い」と証言している。一体どっちやねん。
真犯人が同一母型の猫を飼っている可能性も充分にあり、なんなら野良猫由来でたまたま森の中で付着した可能性すらある。つまりは、どれだけ勝又猫との関連を語ったところでその他の可能性の域すら出ないものであり、それ以上もそれ以下でもないということだ。