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ケープ4


私の思考を「ぐちゃぐちゃ」と適当に済ませないのであれば、思想、愛、成功、痛み、空腹、人間関係の悪化、失恋に関わらず悲しさは頭から離れないのに、楽しい状況、賑やかな場所、嬉しい場面に関わらず、脳内には虚しさ、孤独さ、悲しさ、切なさがこびり付いていて、楽になれることは無いという思考

この痛みは形状を成しません

誰にも見えないし、現実の介入でこうなっている訳ではないので誰かが治癒も悪化もさせられない、この世の私以外誰も感じられない私だけの痛み

苦しい

だから形状を成さないからこうやって文字に起こすことで、苦しみとは違う物体だとしても具象化して飲み込める

誰かがこれを治癒できないとしても、私に嚥下させて下さい

それはとても痛いけど

具体化っていうのは他人に見えやすくする私なりの武器

目に見えないものこそが重要だと言われても、この目に見えない思考の中の不安に駆られる私にとっては目に見えることの方がよっぽど美しい

具象化はいわば事実であり、私のもやっとした大きな不安を社会的・環境的・形質的に上回る

私にとって外側、いわば地盤を固めることは、私がこの内側を安定させることへの唯一の方法

外を固めるということには具体的な形があるから内側のぐちゃぐちゃを治すのとは違う

それはエタノールやLPG、アクリルアミド/アクリル酸DMAPA/メタクリル酸メトキシPEG)とコポリマー

私の内側がぐちゃぐちゃならもう諦めて私以外にとって内側も整っているであろう存在であれば、私自身がぐちゃぐちゃじちゃじゃなくなることに繋がって私の全てが「大丈夫なもの」になれたらいいな

もう少しだけの時間なら弱い私でもいいから、せめて外側だけは可愛くいさせてください

太陽の昇る忙しい朝は、私にとってそんな治癒の意味を込めた、絶望と希望の混ざりあった静謐な「時」である

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