マクロとミクロな視点のハイブリッドで未来社会を洞察する
本投稿は、製造業ビジネス変革のためのWEBメディア「Collaborative DX」にて、i.lab横田が担当する連載記事からの転載です。
【連載メインテーマ】
新型コロナを経験した私たちの価値観変化と未来社会の洞察
i.labでは、 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響によって私たちの日常が中長期的にどのように性質変化するのか、社内研究プロジェクトとして未来社会の考察を行なってきました。
i.labは、創造的な課題に対して、成果物を生み出すための思考方法やタスク、プロセスを設計することを得意としています。連載第1回となる本稿では、価値観変化と未来社会洞察のプロセスについてご紹介します。
今回の考察プロセスとして、まずマクロな視点で不確実性を伴う未来を考える「シナリオプランニング」と呼ばれる方法論で概観を掴みました。次に、ミクロな視点で不明瞭な状況を出来るだけ具体的にイメージアップするために、未来の先行者にヒアリングを行う「エクストリームユーザーインタビュー」と呼ばれる調査、さらに事象をより深く考察するために、i.labスタッフ自身らを対象とした「価値観・行動変化調査」を行ってきました。
1. 未来社会の概観を掴むシナリオプランニング
シナリオプランニングでは、まず未来社会を特徴付ける要因になるドライビングフォースを複数設定し(図表1)、それらを前提にいくつかのマクロな社会像を想定します。その後、社会像を場合分けし、それぞれについての未来シナリオを考えていきます(図表2)。
図表1
シナリオの前提として設定した、未来の生活への影響度が高く、発生の蓋然性も高いドライビングフォース6つ。シナリオプランニングの方法論で最も苦労するところは、具体的な未来社会のシナリオづくりとなります。
思考プロセスとしてはある程度論理的であり、理にかなったものですが、最終的に行う具体的な未来社会のシナリオづくりは、創造性が強く求められる「小説を書く」ような作業となっており、担当者にはかなり高い創造的能力と人生経験が求められます。
今回は、シナリオをよりリアリティーのあるものにしやすくする手法として、「エクストリームユーザーインタビュー」と「価値観・行動変化調査」を加えて用いることとしました。
図表2
「コロナの収束状況」と「人とのコミュニケーション手段の好み」という未来の不確実性の高い2つのドライビングフォースで場合分けを行ないシナリオが描かれる。この中でも現時点では、シナリオ1の領域(の蓋然性が最も高いのではと推察している。
2. 未来の普通の先行的実践者に話を聞く「エクストリームユーザーインタビュー」
一般的には、エクストリームユーザーインタビューの方法論は、未来を考察する際に用いるものではありません。
通常は、「エクストリームユーザー」と呼ばれる、何らかの特徴軸でみた際に極端な性質や価値観を持つかのように見える生活者へのインタビューを通じて、特定のテーマに対して無意識的に持っていた固定観念を崩したり、新製品・サービスが求められている潜在的な機会を発見したりするための調査手法となります。
しかしながら、今回は、「エクストリームユーザー」とも言えるほどに極端な価値観や生活様式を持つ生活者を、「(ある部分においては)未来の普通の生活を先行的に体現している人」と位置付けてインタビュー調査を行い、その発言内容や生活様式を未来社会への考察材料としました。言い換えると、小説を書く際の、登場人物のモデルとなる人材への取材のような意味合いで、インタビューを実施しました。
図表3
エクストリームユーザーは、必ずしも事業上のユーザーとはなるとは限らないが、未来の普通を実践していたり、未来の普通への示唆に富む価値観を持っていたりする。
ここで少しエクストリームユーザーインタビューについて紹介します。図表3の軸や分布図は科学的に意味のあるものではなく、あくまでも概念図として考えください。
ある特定のテーマに対する価値観や行動によって人を分布した際に、両端に入りそうな人を選びます。
例えば「通勤」というテーマだと、「2年間リモートワークの人」、通勤を「痛勤」ではなく「積極的に遊び倒す人」のような形になります。
今回は、先ほどの4つのシナリオの世界観に対して、先駆的な生活様式を持っているという意味において、エクストリームユーザーを選抜しインタビューを10名に実施しました。
必ずしも4つのシナリオのどれかに1人ずつカチッと当てはまるわけではなく、マクロな視点から作っている各象限のサマリーに対して、よりリアリティーを感じる思考作業のために示唆の多そうな人を設定していることには留意してください。
インタビューは1.5時間程度とり、インタビュー対象者のこれまでの人生の変遷や価値観、自分ルール、習慣など、対象者への理解を深めるために多岐にわたるお話を伺います。対象者への理解と共感を礎として、その方にお話をお伺いしている理由となる極端な性質・行動へ理解と考察を深める質問をしていきます。そのインタビューの結果から、「未来の普通」を洞察するヒントを抽出していきます。
3. 自らの生活を調査対象とする「価値観・行動変化調査」
私たちが暮らす社会の変化は、始まりは些細なことです。しかしながら、その些細な変化の行き先、5年後、10年後にはより大きな変化として認識されるようになります。 その現在における変化の兆しを探索し、考察を深めることは、遠い未来に関する手触り感のある議論を行うためのコツでもあります(図表4)。
図表4:今の価値観・行動変化を変曲点として性質変化する、私たちの未来社会と生活シーン
この1年間、私はi.labや私が教鞭を執る早稲田大学ビジネススクール、i.schoolにて、調査実施者自身に起こっている150程度の価値観・行動変化事例をカード化し、その分析過程を観てきました(図表5)。
図表5:自分たちの価値観・行動変化を収集し分析したカードの一例
この調査手法の利点は、調査対象者を自分自身とすることで、社会的に見るとまだ潜在的もしくは少数の人の価値観・行動変化を素早く捉えながらも、背景情報や生活文脈も含めて深く考察できる点となります。もちろん、その変化が少数派のもので、今後の社会の変化にはあまり影響を及ぼさない場合もあり得ますので、考察や他者との議論を丁寧に行う必要があります。
4. 本シリーズでは今後、5つの未来社会シナリオを紹介
個人が抗えない社会の大きな変化を起点に未来のバリエーションを考える「シナリオプランニング」、個人の極めて個性的な部分を起点に未来の普通を考察する「エクストリームユーザーインタビュー」、そして、自分たち自身を調査対象とした「価値観・行動変化調査」を紹介してきました。
次回以降の記事では、これらの調査から見えてきた以下5つの未来社会シナリオについて紹介していきたいと思います。
「安定な職業」の性質が変わる
「暮らしの隙間」に趣味を見つける
「地味な小旅行」を満喫する
「私の正義」の先鋭化
「休む」を科学的な知見で管理する
photo by Drew Beamer
横田 幸信
Yukinobu Yokota i.lab Managing Director i.schoolディレクター。早稲田大学ビジネススクール(WBS)非常勤講師。九州大学理学部物理学科卒業、九州大学大学院理学府凝縮系科学専攻修士課程修了、東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程中途退学。修士課程修了後は、野村総合研究所にて経営コンサルティング業務に携わる。その後、イノベーション教育の先駆者である東大発イノベーション教育プログラムi.school(旧名:東京大学i.school)では、2013年度よりディレクターとして活動全体のマネジメントを行っている。イノベーション創出のためのプロセス設計とマネジメント方法を専門として、コンサルティング活動と実践的研究・教育活動を行っている。近著に「INNOVATION PATH」(日経BP社)がある。