AZ-1の重心は本当に高いのか?AZ-1の都市伝説に迫る
マツダから1992年に登場した軽自動車「AZ-1」は、ガルウィングやプラスティックを使った外装といったその特殊性と、生産台数の少なさ(※1)からか、さまざまな都市伝説が生まれました。こうした伝説は90年代はもちろん、現在に至るまで増え続けています。2020年現在でも人気のある「AZ-1/キャラ」はしばしば自動車専門誌に取り上げられますが、記事の内容は当時の推測記事やインターネット上の噂をまとめたものばかり。これも希少車ゆえの悲劇かも知れません。
※1 スズキから「キャラ(CARA)」という名称で発売されたものを合わせても5000台程度
AZ-1は本当に重心が高いのか?
そんな都市伝説のひとつに「AZ-1は重心が高い」というものがあります。90年代、インターネット黎明期といえる時代に、多くの掲示板(※2)でそんな噂が流れていました。実際に重心が高いのか、当時ライバルとされていた軽自動車スポーツカー「ABCトリオ」(※3)と比較してみました。
※3 A: AZ-1(マツダ オートザム AZ-1) B: Beat(ホンダ ビート) C: Cappuccino(スズキ カプチーノ)
ABCの中では最も重心が低いAZ-1、FT-86と比べても…
各車の資料を確認すると、ビート440mm、AZ-1 426mm、カプチーノ 450mmです。そう、重心が高いとされるAZ-1は、ABCトリオの中で、最も重心が低かったのです。筆者が作図した各車に重心位置を加えると、以下のようになります。
なお、現行のスポーツカーであるトヨタ FT-86が低重心高を謳っていますが、数字の上では460mm、ホンダS660も460mm。いかにAZ-1の重心が低いかがわかります。
なぜ重心が高いという噂が生まれたのか
90年代当時、AZ-1、ビート、カプチーノの3車種のうち「重心が高い」という噂を目にしたり聞いたのはAZ-1だけでした。これはAZ-1のガルウィングドア上部、すなわち普通の車でいう「屋根」が重そうなガラスであったことも原因かもしれません。また、他の2車がオープンカーなため漠然と車体上部が軽いという印象を与えた結果、こうした噂に繋がったのではと考えられます。
そのほかにも、都市伝説が広まったヒントがあります。それは「軽自動車」と「ハンドル」です。軽自動車は普通車や小型車にくらべると車体が小さく、それにともなって左右のタイヤの距離「トレッド」が狭くなります。また、リアミッドシップであるAZ-1は、コーナーの旋回速度も速く、またドライバーがきちんとした荷重移動さえ行えばグリップを破綻しないで曲がれる、いわゆる「高い限界」を持っています。結果、そういった車に乗り慣れていない場合、横Gが激しく感じられるとともに、前述のトレッドの狭さもあって、ロールが大きく感じられたのかもしれません。
また、AZ-1の大きな特徴である「ステアリング」も関係していると考えられます。ハンドルを一番右に切った状態から一番左に切るときに必要な回転数をロック・トゥ・ロックといいますが、AZ-1はこれが2.2回転と大変小さいものです。当時のファミリーカーは3.5〜4回転といった車が多く、スポーツカーでは3前後で「クイックなハンドリング」と評価されています。たとえば初代ユーノス ロードスター(マツダ)が3.3回転(パワステなし)、トヨタ スプリンタートレノ/カローラレビン(AE86)では3.0(GT-V)〜3.5回転、そして同じリアミドシップのトヨタMR2(SW20)で3.1〜3.2回転ですから、AZ-1の2.2回転という数字がいかに飛び抜けているかがわかると思います。
ロック・トゥ・ロックが小さいほど、少ない動作でハンドルを操作できるため機敏な動きが可能ですが、反面、大きく切りすぎるなど、大雑把な操作は危険ですし、道路のギャップがそのままハンドルに返ってくるような感覚もあるため、操作には多少神経質にならざるを得ないこともあります。(なお、クイックなハンドリングは、AZ-1が「未体験ハンドリングマシン」を自称するひとつの理由、アイデンティティでもあります。)
「重心が高いという都市伝説」は、この機敏なハンドリングと前述のトレッドの狭さ、限界の高さから、きちんとグリップした状態でコーナーを曲がる際、ドライバーが感じる「横G」と「ロール」が大きく感じた結果、それを当時の記者やオーナーが感想として伝える際、「重心が高い」と表現したと、筆者は想像しています。
スポーツカーにとって「重心が高い」とはネガティブなイメージに繋がりますから、現在までオーナーである筆者にとっても残念なイメージです。もし当時、こうした感想を持った方が「重心」「横G」「ロール」などを理解してくれていれば、こんな都市伝説は存在しなかったでしょう。
まとめ
AZ-1の実際の重心位置は、ABCトリオで比較するとAZ-1が最も低いことがわかりました。90年代当時の車雑誌や「掲示板」で囁かれていた「重心が高い」という噂はまさに都市伝説、事実ではありません。
※この記事は2013年に筆者ブログに掲載した記事の最新化版です。
■参考資料:
・マツダ技法1993 No.11
・CARトップニューカー速報No.68 AZ-1(1992/11)
・モーターファン別冊ニューモデル速報No.124 AZ-1のすべて
・各車車両カタログ