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西尾市のPFI事業に反対する 運動の成果と教訓

季刊 自治と分権 83号 弁護団レポート(自治労連弁護団)
「西尾市のPFI事業に反対する 運動の成果と教訓」について、
執筆者の樽井弁護士及び発行元の自治労連・地方自治問題研究機構に許諾を得ましたので、全文公開いたします。

【季刊 自治と分権 83号 弁護団レポート(自治労連弁護団)】
「西尾市のPFI事業に反対する 運動の成果と教訓」
 弁護士 樽井直樹

 西尾市方式のPFI事業に反対する住民訴訟において、同事業の特徴を踏まえ、PFI法、建設業法、中小企業基本法、官公需法違反などの法的な論点を提起した。特に、VFMの算定のずさんさを明らかにすることができた。他方、市民の運動により事業見直しを掲げる市長を誕生させることによって、本件事業の見直しへの道筋をつけることができたが、いったん締結された事業契約を見直すことには大きな困難を伴った。


<西尾市方式のPFI事業の概要>

 西尾市は、愛知県西三河南部の人口約17万2000人の地方都市である。2011年に旧西尾市と幡豆郡3町(吉良町、一色町、幡豆町)が合併して現在の西尾市となった。本稿で紹介する西尾市方式のPFI事業(本件PFI事業)は、この合併を機に西尾市が作成した公共施設の再配置計画において、西尾市独自のサービスプロバイダ方式により推進しようとした事業である。2016年5月30日に本件PFI事業契約が締結され、同年6月27日市議会で承認された(賛成15、反対11、退席1)。

 本件PFI事業では、この事業を受注することを目的に設立された特別目的会社(SPC)である「株式会社エリアプラン西尾」に対して、老朽化した14施設の解体、5施設の新設、12施設の改修、7施設の運営、さらに168施設の維持管理を一括して契約するというもので、契約期間は15年、契約金は198億円である(当初予定は契約期間30年、契約金327億円)。

 PFI(Private Finance Initiative)とは、公共施設の整備を民間資金の主導で行うという意味であり、1990年代前半にイギリスで生まれた手法であるが、事業コストの削減、より質の高い公共サービスの提供を目指すために導入されるものとされている。日本では1999年7月に「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(PFI法)が制定されている。
 
 一般に、PFI事業とは、PFI法に基づいて行われる公共事業を指し、公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力および技術的能力を活用して行う手法とされ、あくまで国や地方公共団体等が発注者となり、公共事業として行うものである。これまで、日本においては、廃棄物処理施設、老人福祉施設、小中学校、給食センター、病院など、さまざまな公共施設の整備に利用されているが、一般的には、特定の公共施設の整備の手法としてPFI事業が行われてきた。

○数々の疑念から住民訴訟を提起

 しかし、西尾市が新たな官民連携手法(西尾市方式)による公共施設再配置第1次プロジェクトとして実施しようとする本件PFI事業は、これまでわが国で行われてきたPFI事業にはあまり見られない特徴をもっている。

 第1に、本件PFI事業では、西尾市自らが「全国初」の「市独自の新しい官民連携手法」と呼ぶ「サービスプロバイダ方式」を採用していることである。「サービスプロバイダ方式」とは、西尾市の説明では、PFI事業を受注するSPCを、整備される公共施設の維持管理および運営を担うサービスプロバイダとして位置づけ、「建設」よりも「運営」に比重を置いた手法とすることで、建設企業中心の従来のPFI事業ではなく、利用者本位の運営を実現することがうたわれている。しかし、PFI事業の実績がない地元企業が中心となるため、組織体制や信用力が脆弱であり、長期契約への不安も指摘されるほか、後述のとおり、PFI法や建設業法との関係、公共施設の整備に関する責任の所在の不明確化など、さまざまな法的問題をはらんでいる。

 第2に、本件PFI事業は、非常に多数の公共施設の整備・運営・維持管理等の業務を、一括して特定のSPCに発注するものとなっていることである。前述したように、老朽化した14施設の解体、5施設の新設、12施設の改修、7施設の運営、168施設もの維持管理を、一括してSPCに、30年もの長期間にわたって、委託するというものになっていた。運営・維持管理等の業務の事業期間については、当初案の30年を15年に縮小したが、更新は可能とされている。総事業費も当初の327億円から198億円に縮小されたものの巨大な予算規模の事業であることに変わりはなく、160を超える施設の整備・運営・維持管理の一括発注は前例がない。このような発注方式には、後述のとおり、中小企業基本法および官公需法に違反する等のさまざまな問題がある。

 本件PFI事業の計画が明らかになるや、市民の中から、市が負担するリスクが大きすぎる、公共事業のあり方としても異常だ、競争性もないまま1グループに独占させるのはおかしい、情報公開も不十分で拙速などといった批判の声が噴出した。職員組合も関与して「西尾市のPFI問題を考える会」が立ち上げられ、市民集会やデモ、反対署名などが展開された。その結果、市議会でも僅差でかろうじて承認されるという結果となった。
 そこで、2016年11月住民監査請求が行われたが、2017年1月に棄却(一部却下)されたため、住民訴訟が提起されることとなった。


<本件PFI事業の法的な問題点>

 住民訴訟において原告は、法的問題点として、①PFI法および建設業法違反であること、②中小企業基本法および官公需法に違反していること、③事業者の選定手続きに違法があること、④西尾市に大きな不利益をもたらすおそれがあること、を主張した。以下はその要旨である。

○PFI法および建設業法違反であること

 本件契約では、新設の施設については、SPCは西尾市から建設業務を受注せず、SPCも発注者ともならず、開発企業が建設業者に発注し、完成したものをSPCが買い取るという仕組みがとられている。

 しかし、PFI法では、対象となる特定事業について、「公共施設等の整備等(公共施設等の建設、製造、改修、維持管理若しくは運営又はこれらに関する企画……)」(2条2項)とし、公共施設の新設をPFI事業として行おうとする場合には、公共施設の「建設」を「特定事業」として実施しなければならないとされている。ところが、本契約では「建設」が含められていない。

 また、建設業法は一括下請けを禁止し、特に公共工事では例外も認めていない。その理由は、責任の所在が不明確になることを防止し、建築物や工事の品質を確保し、発注者である国や地方公共団体が建設工事について契約当事者として直接監督すべきであるところにある。ところが、本件契約では、西尾市が発注者としての監督責任を果たすこともできなくなり、建設業法の規制を潜脱するものとなっている。

○中小企業基本法および官公需法に違反していること
 
 巨大な予算を伴って、長期間、160を超える多数の施設に関する業務を一括して特定の民間業者に発注することになるため、分割発注への配慮を求めている中小企業基本法や官公需法に違反している。

○事業者の選定手続きに違法があること

 西尾市契約規則や「西尾市が行う調達契約からの暴力団排除に関する要綱」によれば、SPCの出資者の状況や信用状態、暴力団との関係などについて、必要な資料を入手して確認しなければならないにもかかわらず、西尾市はそういった資料を入手することを怠っている。
 
 また、西尾市は、西尾市方式とは建設企業を含まないものとして全面的にアピールし、関係者への説明会を行っていたにもかかわらず、募集要項には建設業者を除くとの記載がなく、さらに募集要項においては、事業期間30年、契約金327億4393万1000円と記載されていたにもかかわらず、事業者選定後に、その契約内容について大幅な変更がされ、事業期間15年、契約金198億円とされたため、事業者選定の際にPFI法によって求められる公平性原則、透明性原則に反し、手続き的な瑕疵がある。

○西尾市に大きな不利益をもたらすおそれがあること
 
⑴長期の一括契約であるため、SPCが債務不履行となった場合や倒産してしまった場合はどうなるのか。本件契約では、本件契約が途中で終了した場合には西尾市は中途半端な状態の施設を買い取らなくてはならないとされており、西尾市は莫大な損害を被るおそれがある。さらには、競争原理が働かず、技術向上の意識も下がり、結果的にコストが高くなることが考えられる。

⑵一定の事業については、バリアントビッド(代替提案)とされ、SPCと西尾市とが協議して内容を決定することになっているところ、バリアントビットに関しては、事業者提案が業務要求水準書の性能または水準を下回っていてもこれを優先させることになり、西尾市の利益が大きく損なわれるおそれがある。

⑶事業者が債務不履行となった場合、事業終了後、西尾市は工事途中の施設を買い取ることになるが、債務不履行による損害額を差し引いて支払うことになっていないため、損害額の補てんができず、西尾市が莫大な損害を被るおそれがある。

⑷公共工事の場合には、詳細な仕様が定められるところ、本件における業務水準要求書は何ら決められていない。また、公共施設に求められる高い耐震性についても何ら定められていない。

⑸建設された施設について、手抜き工事等があった場合でも、西尾市が契約当事者にならないのみならず、SPC自身も請負契約の発注者とはならないため、SPCはなんら責任を問われることがなく、発注者になった開発業者や建設会社は西尾市に対して責任を負わないことになり、西尾市は多大なリスクを被る可能性がある。


<提訴後の経過>

○PFI事業見直し派の市長の誕生

 住民訴訟の提起から間もない2017年6月の市長選挙では、本件PFI事業の是非が大きな争点となった。
 本件PFI事業を推進してきた現職と、本件PFI事業の承認に反対した保守系の市議が立候補し、本件事業の見直しを公約に掲げた新人が現職に大差をつけて勝利する結果となった。
 新市長は就任後に、本件PFI事業の見直しを表明し、本住民訴訟についても原告に訴訟を終了させてほしいという姿勢を示した。住民側としては、新市長のもとでの本件PFI事業の見直しがどのように進むのかを見極めた上で、訴訟を終了させるかどうかを判断することとし、裁判所も、当事者が訴訟を直ちに進行させることを求めていないことを踏まえ、本件PFI事業の見直しがどのように具体化されるかを見守ることとなり、進行協議期日を積み重ねるという異例の展開をたどることとなった。

○VFMに関する新たな展開

 新市長のもとで、本件PFI事業の見直しが進められ、2018年3月には検証結果を踏まえた見直し方針が公表された。しかし、SPCをはじめ本件PFI事業を推進してきた勢力は、市議会、市役所内にも一定数が存在しており、新市長のもとでの本件PFI事業の見直しを断念させようとする働きかけは執拗に続いた。その意味で、新市長が誕生したもとでも、住民が、従来提起していた住民訴訟を維持していたことが、新市長が推進派の圧力に屈しない歯止めとして機能することになった。
 また、進行協議を積み重ねるという手続きが続く中でも、本件PFI事業の違法性を裏付ける主張としてVFM(Value For Money)に関する論点が浮かび上がってきた。
 
 VFMとは、内閣府のPFI推進室が策定したガイドラインでも、「PFI事業における最も重要な概念の一つ」とされ、支払い(Money)に対して最も価値の高いサービス(Value)を供給するという考え方であり、従来の方式と比べてPFIの方が総事業費をどれだけ削減できるかを示す割合を意味している。
 
 PFI事業を実施する前提としてのVFMの算定・評価は、PFI事業の合理性を確保するために必要不可欠の重要事項である。VFMが適正に算出されていなければ、「効率的かつ効果的に社会資本を整備」するとともに、「国民に対する低廉かつ良好なサービスの提供を確保」することを目的と定めるPFI法1条に反するのみならず、特定事業の選定(同法7条)および民間事業者の選定(同法8条)を行うにあたっては、「客観的な評価(当該特定事業の効果及び効率性に関する評価を含む)を行いその結果を公表しなければならない」(同法11条1項)としていることにも違反することになる。そして、このようなPFI法違反が認められる場合には、当該契約はPFIとして全く不適格なのであって、このような契約は当然無効とされなければならない。

 ところが、本件PFI事業では、特定事業選定に際してのVFM算定は3%とされていたが、その詳細な算定手続きは情報公開請求によっても全く明らかにされなかった。新市長のもとで行われた2018年3月の検証報告書でも、市のVFM評価は、「設計、建設、維持管理、運営の各項目について、それぞれ想定率を算出した上で、その計とする各想定率の総和と同一となっている」が、これは「率の計算として合理性を欠いて」おり、「削減率3%の根拠は結局不明確なまま」であって、「その正当性はなお合理的な疑いがある」と指摘されており、非常にずさんなものであった。
 
 そのため、住民訴訟においては、被告に対し、本件におけるVFMの算定に関するすべての資料を提出し、その算定方法を明らかにすることを求め、この求めに応じて被告は、本件PFI事業の対象となる事業について、検証報告書を受けて再算定を行ったとして、市が直接実施する場合の財政負担額(PSC)とPFI事業として実施する場合の市の財政負担額(PFI-LCC)を再算定したものを提出してきた。
 
 しかし、その内容を検討すると、この再算定は、西尾市が本件PFI事業の行う際に行った特定事業選定時のVFM算定の方法とは全く整合性がないものであることが明らかとなった。しかも、PSCとPFI-LCCの業務別の合計を見ていくと、「買取関係」のうち「設計・管理」、「工事」、「運営関係」、「大規模修繕関係」、「備品調達関係」の金額がまったく同額で、違いがあるのは「包括マネジメント関係」と「直接・間接経費関係」のみであることが明らかになった。通常、公共施設の整備をPFI事業として行う場合、建設費等の工事費用や運営費用、大規模修繕費用、備品調達費用の占める割合は大きいはずであるが、これらについてPFIによる財政削減効果が全くないというのは、常識では考えられない。
 
 また、PFIを実施することによって「包括マネジメント関係」では約7億4500万円、「直接・間接経費関係」では約10億5000万円の合計約18億円の削減効果があるとされ、この差がPSCとPFI-LCCの合計金額の差となっていた。ところがその内訳を見てみると、PFIを実施する場合には人件費がゼロと算定されていることが判明した。しかし、西尾市自身が行った検証報告においては、包括マネジメント業務を行う人件費としては平成29年度に1425万6000円(税込み)、維持組成費としては平成28年度から年間6114万9600円(税込み)支払っており、事業期間を通じると22億円を超える支払いが必要となることになる。
 
 したがって、30年の契約期間全体ではPFIを実施する方がむしろ約4億5000万円高くなる計算とななり、VFMはマイナスとなってしまうのである。
 このように、PFI事業の核心であるVFMが極めてずさんに算定されていたことが明らかとなった。

○住民訴訟の終結へ

 本件PFI事業の見直しについては、2018年3月に公表された見直し方針に基づき、市とSPCとの間で交渉が行われていたが、市は2019年2月に本件PFI契約に基づく業務要求水準書の変更通知を出し、同年4月にはSPCに対し民事調停を申し立て、調停の場で協議が行われることになった。

 他方で、本件PFI事業に固執するSPCは、西尾市が打ち出した事業見直しに対して、事業内容の変更に伴う増加費用の補償を求める訴訟を提起し、2020年3月市に3400万円の支払いを命じる1審判決が出されたが、これに対し、市長が原告ら市民の反対を押し切って控訴しないこととし、同時に、これまでのPFI見直しの中枢を担ってきた幹部職員を他部署に異動させるなど、市長の姿勢も変化がみられ、最近では原告住民との意見の対立も表面化していた。

 しかし、本件PFI事業について、西尾市がSPCに対して業務要求水準の変更を通告したことによって、本件PFI事業を見直す道筋がついたこと、西尾市からのサービス対価の支払いが大幅に修正され、今後実施する事業の対価についてもその都度覚書が締結されることが予定されるという段階に達したと評価できるようになった。

 そこで、2020年8月6日原告団代表と市長との面談の場が設けられることになり、その場で市長が見直し方針に基づき、①業務要求水準書の変更でやらないとした事業を実施しないこと、②実施するとしている事業のサービス対価は、施設ごと・業務ごとに積算を行い、適切な金額とするべく、市民に対する情報公開にも努めることを表明したことにより、原告住民としては8月7日訴訟の取り下げにより終了させることとした。


<ま と め>

 本件PFI事業に関する闘いについては、何よりも、この事業の問題点を市民が多様な立場から自分の問題として考え、行動に立ち上がったことが、市議会においても僅差でしか承認できないという事態に追い込んだこと、そして、事業が進められる段階になっても、住民監査請求、住民訴訟に取り組むことで法的な論点を含め本件事業の問題点を粘り強く明らかにし、それが見直し派の市長を誕生させる力となり、市民自身の手で解決への道筋を作り出したことが特筆されるべきである。原告側としては、見直し方針の堅持を市長に改めて表明させることで、とりあえず訴訟としては一応の区切りを付けることとしたが、今後も市とSPCの交渉を住民の立場から厳しく監視していく予定である。

 それとともに、いったんPFI契約が締結されると、見直しを実現していこうとしてもさまざまな抵抗を受け、簡単に実現できないことも痛感した。その点でも、PFIに取り組む場合のリスクを明らかにしたものでもあった。

(たるい なおき)


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出典:
自治労連・地方自治問題研究機構
季刊 自治と分権 83号
弁護団レポート(自治労連弁護団)

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