アザトカワイイ女の子に嫉妬するこけしの挑戦①
※この物語はフィクションです。
Ⅰ
彼は、恋する気持ちが信じられず戸惑っていました。出会ったばかりの頃はそこまで感じることはなかったけれど、付き合ううちに、自分の中で足りなかったピースが分かってきたのです。特に、いきなりポニーテールに髪を束ねた私を見たとき、心の中でパチンと弾ける音がしたそうです。直接聞いたことがあるわけではないので分からないですが、そういう音があるらしいです。いわゆるキュンキュンしたのだと思います。
昔は、同じピアノ教室に通っていた、幼馴染みたいな感じでした。もともとは特別お互い話すわけではなかったですが、小学生のとき、ピアノの発表会で何度も演奏を聴いていましたし、私のピアノは個性的で、魅力的だから自分も負けてられないと頑張っていたそうです。
私は彼の演奏は好きでも嫌いでもなかったし、上手いとは思わなかったけど、いつだったか彼に私のピアノが好きだと言ってくれたことがありました。小学生とかそこらで演奏の良し悪しなんて分かるものかと思うのですが、あんまりおだててくれるものだから、私もなぜだか気分が良くなってしまったのでしょう、気づいたら分け隔てなく日々の出来事を話すようになりました。とりわけ包み隠すような必要もなかったし、まだまだ小さかったから異性として見たことはありませんでした。
それから時間が経つに連れて私にも好きな人ができるようになりました。
私は好きな人のことを思うと居ても立っても居られなくなるタイプでした。好きな人って言っても、気になっては「これが恋なのか?」とよくわからない感情に支配されていた時期もありました。幼馴染の彼とはなんだかんだで腐れ縁でいつでも嫌そうな顔をする振りをしながら(と私は思っていました)話を聞いてくれました。何時間もかけて私の好きな人が言った言葉について「あーだ、こーだ」と言いあったこともありました。
その時間は無駄ではなかったと思うのですが、後から話を聞く限り彼は歯がゆい気持ちでその話を聞いてくれていたみたいです。私は恋を重ねるにつれて好きな人が自分の中心になってしまっていたので、自分の気持ちにブレーキを掛けることができませんし、愛されているのか常に不安に感じて生きていました。好きな人に対しては愛情表現を惜しみたくありませんでした。なぜなら、好きな人がいなかったらこの世で自分が生きていく価値なんてないと思ってしまっていたからです。
ある日、私は好きな人にこんなことをついつい言ってしまいました。彼女があまりにもつれないからです。冷静に考えれば「私、重いな…」と感じますけど、そんな簡単なことじゃないんです。
私が子供っぽいだけなのかもしれないですが、彼女は私からすれば救世主みたいな存在で、やることなすことカッコよくて仕方なかったんです。大学の数学の先生になりたいと言っていた彼女は私からすれば雲の上のような存在で、彼女の話す事はよくわからないし数式の内容なんてさっぱりです(ルベーグ積分って何ですか?)。でも自分の好きなことについて語る彼女は本当に楽しそうだったし、そんな姿がただただ眩しかったんです。自分の夢に向かって努力する姿が凛々しかったなあと思います。
世間から見れば、それって恋なの?と思われるかもしれないけど、あれは正しく恋だったと思います。できることなら彼女といつでも一緒に居たかったし、彼女から言われて嬉しかった言葉をノートにまとめたりして、時にはそんなことを手紙に書いて彼女に報告したりもしました。
と言われたとき私は急に現実に引き戻されたような気がしました。よくよく考えてみれば彼女も年頃の女の子で、私みたいに女の子が好きな保証などどこにもなかったのにそれを求めすぎていたことにひどく反省しました。だけど、私はそう簡単に気持ちに踏ん切りを付けられるほどまだ強くなかったのです。どちらかというとなんて言う彼女の中途半端な優しさが私の気持ちを余計に締め付けて仕方ありません。
ある日、好きな人と一緒に美容院に行って、髪を切ってもらうことにしました。髪の毛の長さがどうだろうと、好きな人と一緒にいられたらそれで幸せだと思っていました。
そんなことを言われるとは思っていなかったので、状況がよく理解できませんでした。そもそも奈良美智って誰なんだと思いました。そこでおうちに帰って、奈良美智の絵を検索して見ることにしました。そうすると切りすぎた前髪のこけしみたいな絵が出てきました。
と思いました。自分は好きな人にこんな風に見られているのか?とショックを受けました。確かに子供っぽい顔も髪型もしているかもしれないけど、好きな人に言われた言葉が悲しくて、辛くて、やりきれない思いでした。可愛いだなんて全然思わないけど、いざ可愛くないと言われると、自分の人格全てが否定されたみたいで、辛くて、辛くて、目の前が涙で雲って仕方がありません。
はっきりと後方から聞こえた声はまるで、棒読み。もうちょっと気の利いたトーンで物が言えないのかと思いました。振り返るとそこには幼馴染の彼がいました。いつから私の家に土足で踏み行ったのか、そんなことが腹立たしくなる暇もなく、「似合ってる」と彼は言ってくれました。その言葉が褒めているのかけなしているのかは正直よくわかりませんでした。どちらかというと馬鹿にしてるんじゃないかと私は思いました。いちいち言ってくるなとも思いました。ただ、彼の目がいつにもまして真剣で、その言葉に嘘が無いことを嫌でも感じ取ることができました。だから今思い返すと、その言葉を言ってくれた彼に感謝しています。彼とはずっと長い付き合いで、難しい想いをしている私をいつも励ましてくれていました。そんな彼からの熱い想いを聞いたとき、私は本当に大切な人がこんなに近くにいるのに、なぜ今まで気づかなかったのだろうと思いました。
鏡の前でちゃんと自分を見てみて、確かにこれは短すぎて変だなとは思うけれども、これはこれで面白くていいかなと思いました。彼にとって私はずっとはめたいと思っていたドレミのファのピースでした。ドレミファソラシドなんて単純な音階で愛なんて語れないけど、ファの音が無い世界より、ある世界の方が色鮮やかで面白い毎日が私の未来に待っているような気がして、なんだかそんなよく分からないことを言ってくる彼のことが愛しくなりました。
次回に続く