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「移動する子ども」/メモランダム③

 前回に続き、今井むつみ・秋田喜美著『言語の本質―ことばはどう生まれ、進化したか』(2023、中公新書)を読む。今回は、第4章「子どもの言語習得1―オノマトペ篇」のメモを書いておく。ただし、以下は本書の要約ではない。私の研究に参考になるところのメモである。詳細を知りたい方は、本書を実際に読まれることを薦める。

子どもが小さいほどオノマトペを多用する

 大人は子どもと話すときオノマトペを多用するのか。著者は、実験をする。

 2歳、3歳の子どもと親、19組に協力してもらい、アニメ「ソーセージにフォークを刺す」の中身を親が子どもに話す実験である。実験の結果、親は大人に話すときよりも子どもに話すときの方がオノマトペを頻繁に使うこと、さらに、子どもの年齢によって、親がオノマトペの使い方を変えていることがわかったという(p.96)。

 この実験で親が使うオノマトペは、感情や態度を説明する間投詞的な使い方、動詞を修飾する副詞的な使い方が多いという。これを、著者は「高いアイコン性を持ちやすい」からと説明する。一方、述部にオノマトペが入ると、オノマトペのアイコン性(音と意味の類似性)が薄まる、という。

 つまり、「親は子どもに話しかける際、できる限りアイコン性を高める形でオノマトペを使う傾向があると言える」(pp. 97-98)という。

絵本の中のオノマトペ

 このことは、子どもの絵本にも反映しているという。例えば、0歳児の絵本では、1ページにオノマトペが一つだけを印象深く使うのが多いが、2歳半以上の絵本ではことばが組み合わされ、簡単な句や文が出てくると、そこへオノマトペがついて出てくる。さらに、3歳以上から5、6歳向けの絵本では、動作を修飾する副詞としてオノマトペが使用されることが多いという。

 つまり、子どもの年齢層ごとにオノマトペの使われ方が違うのである。このことから、著者らは次のように言う。 

「1歳の誕生日を迎える頃から、本格的に単語の意味の学習が始まる。意味の学習を始めたばかりで意味を知っていることばがほとんどない時期は、単語の音と対象の結びつきを覚えるのも簡単ではない。オノマトペの持つ音と意味のつながりが、意味の学習を促す。
 2歳近くになると語彙が急速に増え、文の意味の理解ができるようになる。しかし、文の中でも動詞の意味の推論はまだ難しい。そのときに、オノマトペが意味の推論を助けるのである」(p. 100)。

つまり、赤ちゃんが日本語を習得する際にオノマトペが有効な働きをなすということである。さらに、そのメカニズムを探究するために、著者らは脳の反応を見る実験を行う。

 その結果、例えば、「1歳を過ぎた赤ちゃんに、知っている単語を聞かせ、モノを見せたとき、モノが単語と合っているときと、合っていないときで、違う脳波のパターンが見られる」という。

 これまでも大人の場合、対象とことばの音が合うと、脳の左半球の言語処理を担う部位も活動するが、それより強く右半球の環境音を処理する部位(上側頭溝)が活動することがわかっていた。著者らは上の実験を踏まえ、「言語学習をまだ本格的に始めていない赤ちゃんも、ことばの音と対象が合うと右半球の側頭葉が強く活動することがわかった。脳が、対象の対応づけを生まれつきごく自然に行う。これが、ことばの音が身体に接地する最初の一歩を踏み出すきっかけになるのでないか」(p. 106)と推論する。

「人間が持っている視覚や触覚と音の間に類似性を見つけ、自然に対応づける音象徴能力は、モノには名前があるという気づきをもたらす。その気づきが、身の回りのモノや行為すべての名前を憶えようとするという急速な語彙の成長、「語彙爆発」と呼ばれる現象につながるのだ。語彙が増えると子どもは語彙に潜むさまざまなパターンに気づく。その気づきがさらに新しい単語の意味の推論を助け、語彙を成長させていく原動力となるのである」(pp.107-108)と、著者は説明する。

 このような脳の活動を活発にするきっかけが親の使うオノマトペや幼児の絵本に見られるオノマトペなのではないかと著者らは主張する。

 これを別の言い方で言えば、子どもがオノマトペに親しむことで言語のさまざまな性質を学ぶことができると著者らは言う。

 具体的には、次の点を挙げる。

① オノマトペのリズムや音から、母語の音の特徴や音の並び方などの特徴に気づ
 く。
② 音と視覚情報の対応づけを感覚的に「感じる」ことによって、耳に入ってくる人
 が発する「音」が何かを「指す」ということに気づく(それは、「ことばは意味
 を持つ」という気づきにつながる)。
③ 母語特有の音と意味の結びつきを感覚的に覚える(例:音の清濁と対象の大きさ
 との対応)。これは大人になって状況に即して新しいオノマトペを創造的に使う
 基礎となる。
④ たくさんの要素がありすぎる場面で、オノマトペのアイコン性は単語が指し示す
 部分に子どもが注目するのを助け、その意味を見つけやすくする。

つまり、子どもの言語習得におけるオノマトペの役割は、子どもに言語の大局観を与えることと著者らは主張する(pp. 118-120)。

 そもそも子どもが言語を学ぶとは、どういうことなのか。

「子どもが言語を学ぶということは、単に単語の音とその単語が表す対象の対応づけを覚えるということではない。言語を成り立たせているさまざまな仕組みを自分で発見し、発見したことを使って自分で意味を作っていく方法を覚えることである」(p.117)。

と著者らはいう。これは至言である。同じことが、第二言語として日本語を学ぶ子どもにとっても言えるであろう。➡︎「主体性の年少者日本語教育」(MY BOOK REVIEWS③)参照。

 親が赤ちゃんに語りかけるとき、オノマトペを多用することや、幼児用の絵本の
中にオノマトペが多用されているのは、大人が意識しているかどうかに関わらず、子どもが言語の仕組みを理解し、言語を習得することにつながっている。さらに、それは「記号接地問題」であり、脳の言語処理に関わること、それゆえ「言語は身体的である」という言語の捉え方を下支えしているのである。



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