子どもの日本語教育とJSLバンドスケール [セルフ・ラーニング研修❸]
コース1 子どもの日本語教育
❸子どもへの日本語指導の基本
1、実践をデザインする3つのポイント
では、子どものことばの実践は、どのようにデザインしたらよいのでしょうか。今回は、実践をするときに大切な3つのポイントについて解説します。それは、言語活動の「個別化」「文脈化」「統合化」です。以下に、説明します。
①個別化
子どもが活動の主役になるようにすることです。子ども自身のことや、子どもの関心にあること、子どもの目線から言いたいことや思いを、表現したいと思うように働きかけることです。
②文脈化
ことばを使いたい場面を作ることです。そのためには、視覚的な具体物や動き、子どもの興味にあった楽しい活動の展開などを用意することです。そのような場面や環境を整えることが、ことばの文脈化です。
③統合化
子ども自身が胸の中にある思いや言いたいことがことばと統合されることが統合化です。子どもは第一言語なら言えるのに日本語ではうまく表現できずモヤモヤしている内容が日本語という形で表現できるのは嬉しい瞬間です。
事例③
「個別化」「文脈化」「統合化」は実践の3つの側面を表しており、同時に存在します。次の例は、何気ない日常的なやりとりに見えますが、この中に上記の3つの側面があります。考えてみましょう。
例:
ある日、子どもが写真を持ってきて、「これ、ペット。私のペット」と言って、先生にその写真を見せた。先生は「ああ、そう。かわいいね。」と言うと、子どもは嬉しそうに笑った。
この何気ないやりとりにも、コミュニケーションの基本が含まれています。いつも優しくしてくれる教師に大好きなペットを教えてあげたいと思う子どもが、精一杯の日本語表現を駆使して語りかけます。教師は、写真と表情、片言の日本語で精一杯表現しようとする子どもの気持ちを受け止め、かわいいねと子どもに反応しています。ここには、日本語、写真だけではなく、子どもの気持ちを受け止め、それに反応する、いわば「気持ちのキャッチ・ボール」があるのです。コミュニケーションには、言語知識やモノ(この例では写真)だけではなく、気持ちのやりとりがなければ成り立たないのです。
つまり、実践をデザインするには、ことばのやりとり、気持ちのやりとりが含まれなければならないのです。そのためにも、言語活動の「個別化」「文脈化」「統合化」が必要なのです。
2、言語活動とは何か
「ことばの力」を育成する実践(以下、「ことばの実践」)には、ことばを使って、他者とやりとりする活動(以下、言語活動)が必要です。「ノートに漢字を書く」「本を音読する」もよく見かける活動ですが、「漢字を書く」とか「音読」というのは一人で行う認知活動と言えます。ただし、その活動だけでは「ことばの力」は育成できません。必要なのは、他者とのコミュニケーション(やりとり)であり、コミュニケーションする力です。つまり、ここで言う言語活動は、子どもと教師、あるいは子ども同士が「ことばによるやりとり」が生まれる活動を意味します。
したがって、「ことばの実践」には、「子どもとのやりとりが生まれる」活動を入れることが不可欠となります。別の言い方をすると、言語活動とは、教師が「ことばを教える」活動というより、子どもが主体的に考えて「ことばを使う活動」を意味するのです。
では、このような意味の言語活動を成立させるためには何が必要でしょうか。まず必要なのは、子どもがことばを使う場面、内容、相手です。壁に向かって何度も言いなさいというのは子どもにとっては苦痛なだけで、学びにはなりません。子どもが言いたくなるような場面、自然に子どもの思いつきや気づきが生まれること、そしてそれを伝えたいと思う相手がいることが必要なのです。そのような活動が、子どもにとって意味のある言語活動ということになります。つまり、このような意味の言語活動の基本的なポイントは、子どもの主体的な学びです。
3、実践には、どのような「教材」を使うのか?
実践を考えるとき、どのような教科書を使ったらいいのかと考える人も多いと思います。しかし、たとえ教科書があっても、その一課から順番にやれば子どもは日本語が習得できるとは限らないのです。なぜなら、前述した通り子どもの身体的、認知的な発達段階、そしてことばの発達段階は多様で、その多様性に対応する教科書は存在しないからです。
しかし、子どものための言語活動の「個別化」「文脈化」「統合化」を考えるためには、モノやツールや仕掛けがあってよいでしょう。ここでは、活動に必要なものを「教材」と呼ぶことにします。
その「教材」には、以下の二つの種類があります。
1.あらかじめ用意された「教材」。
2.実践の中で偶然に生まれた「教材」。
ここで大切なのは、事前に教師が子どものための活動を考えるとき、子どもの日本語の発達段階を考慮せずに実践をデザインすることはできないという点です。ここで必要なのが、JSLバンドスケールによる「見立て」です。
*「JSLバンドスケール」はコース2 JSLバンドスケールを使った日本語指導で詳しく説明します。あるいは、テキスト『JSLバンドスケール』参照。
さらにここで重要なのは、「見立て」によって子どもの日本語の発達段階に応じてあらかじめ用意された「教材」が、実際に実践をおこなった時に事前に想定されたように活用される場合もあれば、活用できない場合もあるということです。
では、事前に準備した「教材」が活用できない場合、教師は子どもの反応を見ながら、その「教材」を変更することがあるでしょう。例えば、子どもが「教材」の漢字を読めない時には、漢字にふりがなをつけるとか、「教材」の内容を理解できない時にはヒントを出したりするでしょう。このように、子どもが状況を理解し活動に参加できるようにする働きかけを、「足場かけ」(スキャフォールディング)*と言います。
*テキスト『JSLバンドスケール』の「キーワード解説」の「足場かけ(スキャ
フォールディング)」参照。
この「足場かけ」は単に教師が子どもに対して子どもが知らないことを何でも教えることではありません。子どもが独力で活動ができるようになるための支援を意味します。さらにここで重要なのは、「足場かけ」が有効になるためには、教師が子どもの日本語の発達段階を知っていなければ適切な「足場かけ」ができないということです。
同時に、「足場かけ」が成功するには、日本語の発達段階だけではなく、子どもの性格や関心なども含めた「子ども理解」が教師に必要です。教師には、活動の最中にも「足場かけ」を適宜変更して、子どもが主体的に活動に参加できるように「教材」を加工していくことも求められます。
つまり、教師は事前に用意した「教材」を予定通りにこなすだけではなく、子どもの様子や反応を見ながら、適宜「教材」を加工する力も必要なのです。例えば、子どもが活動をしながら思いついた新しいルールやアイディアを利用して、活動を別の方向へ展開することがあってもよいのです。なぜなら、その変更された新しい活動が子どもにとっては意味のある活動になり、そこへ子どもが主体的に参加し、生き生きと日本語を使う文脈が生まれるからです。したがって、「教材」は固定されたもの(事前に用意されたテキストやプリント)ではなく、子どもにとって意味のある「実践的教材」が学びには必要なのです。そう考えると、「教材」は事前に用意された既成のものではなく、実践の中で生まれるすべてのものが「教材」となりうると考えることが大切です。
4、ディスカッション
次に、子どもの主体的な学びを生み出す言語活動は、どのようにデザインしたらよいのか、考えてみましょう。
課題3
どのような言語活動をデザインしますか。子どもの年齢や日本語の力を想定して、考えましょう。
*授業デザインのポイント
・子どもが興味を持ったり驚いたりする具体物を持参し、それを見せながら、一緒に課題(テーマ)を考えていくことが導入となるでしょう。
・次に、その後、どのように活動を発展させるかも考えましょう。
・どの活動にも4技能(聞く・話す・読む・書く)の力が含まれるように考えましょう。
・活動の流れの中に、他者を想定して考えましょう。
・子どもがことばを使って自発的にやりとりする活動を考えましょう。