子どもの日本語教育とJSLバンドスケール [セルフ・ラーニング研修❷]
コース1 子どもの日本語教育
❷子どもの「ことばの力」を育成するとは。
1、育成する「ことばの力」とは。
前回の講義で述べたように、「日本語を学ぶ子ども」は、日本語だけではなく、第1言語の母語も含む複数言語環境で生活しています。そして、その環境で日々、多様な学びを経験しています。したがって、日本語、母語などに関する多様な言語知識や経験、つまり多様な言語資源をすでに持っています。そのことは、子どもの豊かな未来につながる可能性があります。
そのような子どもに日本語の指導を行うことは、決して日本人の子どもと同じようになる教育、つまり「日本人化」教育を目指す必要はありません。
また、日本語指導において、日本語以外の言語、例えば、子どもの母語を禁止する必要はありません。母語を使わない指導が良いとは限りません。たとえ、日本語で日本語を教える実践をしている場合でも、子どもの母語を使って子どもの理解を促進したりすることがあっても良いのです。ただ、だからと言って、子どもの母語を使って教えればすべて解決するわけではありません。大切なのは、「ことばの力」を育てる視点です。
例えば、日本語を使って算数の問題を解くという場合、子どもは頭の中で、日本語を理解し、日本語で答えを考えようとしています。ただし、その時、母語がまったく起動していないとは言えません。つまり、子どもは多様な言語資源と経験を総動員して答えを考えようとしているのです。その時の力が、「ことばの力」です。日本語指導の実践で育成するのは、「ことばの力」であり、その力を使って「考える力」ということなのです。
*JSLバンドスケールの考える「ことばの力」については、<コース2>で説明します。
2、子どもとどう向き合うか
初めて子どもに出会った教師は子どもに「日本語を教えなければ」あるいは「日本語を教えたい」と思うかもしれません。それは自然なことで、当然のことと思うかもしれません。しかし、この考えには、「教える教師」と「学ぶ子ども」という前提、つまり、固定的な役割分担の考え方があるのかもしれません。
この固定的な役割分担の考え方に立つと、教える側から学ぶ側へ「知識」を「伝える」という形の学習を「当然の形」として実践を展開するでしょう。しかし、それだけで子どもが日本語を学べるわけではありません。
子どもが最もことばを学ぶのは、子ども自身が一人の人として教師に認められていると感じる時です。これは、「言語知識」を子どもの頭に「入れる」ことを優先する指導は有効ではないことを意味します。
では、子どもを一人の人として認めるということはどういうことでしょうか。まず大切なのは、子どもをよく見て、子どもの発する声に耳を傾けることです。子どもは、自分のことばを聞いてくれる人に心を開きます。一語文(例:「ほん」とだけ言う)、二語文(例:「ほん、いい」)でも、子どもが発する伝えたい気持ちを受け取りましょう。
次の事例で、子どもの発言に、教師はどのように対応しているかを考えましょう。
事例②(S:子ども、T:教師)
S: きのう、いく。
T: え? どこへ行ったの?
S: うーん、行った、ヨコハマ。
T: そう? 横浜へ行ったの。誰と?
S: うーん。お父さんと行った。
T: ああ、お父さんと横浜へ行ったの。
S: うん、お父さんと横浜へ行った。
T: そして?
*この指導例の詳しい説明は、テキスト『JSLバンドスケール』p.18参照。
単語だけでも、未完成の文でも、その発言を聞いてくれる人がいることは、子どもにとってはとても心強いことでしょう。そのやりとりは、子どもにとって他者に「声が届く体験」となるでしょう。そして、その体験が子どもの心を支える指導につながります。なぜなら、「声が届く体験」によって、子どもには「ここにいてもいいんだ、ここでやっていけるんだ」という気持ちが生まれてくるからです。それは、別の言い方をすると、子どもにとって「社会的承認」を得ることを意味し、「自尊感情・自己有能感」を育むことになります。
次に大切なのは、子どもとの向き合い方です。子どもを一人の人として認めるということは子どもの主体性を認めることです。そして、子どもを一人の人として認めるという教師の行為は教師が体全体で子どもを受け止めようとする教師の主体的な行為です。つまり、教師と子どもの相互主体的な関係性こそが、実践の基本であり、その相互主体的な関係性でこそ、ことばの学びが生まれるのです。なぜなら、人と人の相互主体的な関係性によってお互いに意味のあるやりとりが生まれるからです。
3、ディスカッション
では、具体的に授業を作ってみましょう。子どもとどのように向き合い、子どものどのような「ことばの力」を育てていくか。次の課題2を解きながら、考えてみましょう。
課題2 日本語がまったく通じない子どもがいたら、あなたは最初の授業をどう
デザインしますか。
子どもの年齢や母語を想定して、考えましょう。
*授業デザインのポイント
・「最初の授業」で大切なのは、子どもとの信頼関係(ラポール)を築くことです。では、そのために、どんなことをしますか。