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MY BOOK REVIEWS⑩日本語を学ぶ/複言語で育つ―子どものことばを考えるワークブック

 このシリーズの10冊目にレビューする書籍は、『日本語を学ぶ/複言語で育つ―子どものことばを考えるワークブック』(2014、くろしお出版)。

 この書籍は、川上郁雄・尾関史・太田裕子共著の本である。2024年3月に第3刷目に入った。刊行して10年目で3刷というペースは決して早くはないだろうが、増刷する際に出版社の担当者が「今ようやく時代がこの本に追いついた感じですね」とメールに送ってくれた。では、時代を先取りしたような本書の内容とねらいは、どんなものだったのか。この本のページ数は130ページほど。私の本の中では最も薄い本である。もともと薄くし、定価も抑えようと考えたのは、大学教育などでテキストとして多くの方に活用してほしいと考えたからである。ちなみに、定価は1600円+税。そのため、本書の最初に「このテキストを利用されるみなさまへ」という「トリセツ」のような文章を掲げた。そこを抜粋して、以下に少し紹介しよう。

なぜこのテキストを作成したのか

「現代は大量の人々が国境を越えて移動する時代です。海外転勤、国際結婚、移住、留学、紛争地からの避難など、移動の理由はさまざまですが、共通するのは、移動する大人たちの陰で、小さいときから複数のことばを学びながら 成長する子どもたちがいるという現象です。成長期に複数のことばを学ぶことは、その人の人生にどのような影響を与えるのでしょうか。このテキストは、そのような幼少期より複数言語環境で成長する子どものことばの学びについて、日本語教育の視点から考えることをテーマにしています。
  このテキストでは、子どもが幼少期より複数のことばに触れ成長するとどのような状況に遭遇するのか、突然国境を越えて移動した子どもの場合どのように新しいことばを学ぶのか、またそのような複数言語環境で成長した子どもが青年期から大人になるときに複数のことばを話す自分とどう向き合い、アイデ ンティティを形成していくのかなどについて考えます。
 さらに、そのような子どものことばの学びを研究し記述する方法を学び、21世紀に増加すると予想される複言語で育った人と社会のあり方、多様な背景を持つ人々との共生社会について、クラスで考えることを目標とします。」

この本の構成は以下である。

 第1ステージ:子どもの直面する課題を考える(第1回〜第6回)。
第2ステージ:子どものことばの学びと実践を考える(第7回〜第12回)。
第3ステージ:子どものライフコースを考える(第13回〜第18回)。

本書には、幼少期・成長期に複数言語環境で成長した子どもに関する具体的な事例がたくさん提示され、かつ、それぞれの事例に問いや課題がつけられている。ここが、本書の特徴でもある。例えば、「フィリピンから来たマリアのケース」「アメリカで生まれたケンのケース」「日本人の父親とオーストラリア人の母親のもと日本で生まれ育ったエレナさん」「日本人の母親とタイ人の父親のもとタイで生まれたオームさん」など。したがって、これらの事例を使って、どう授業を展開するのか。本書の「トリセツ」には次の説明がある。

このテキストを使い、どのようにクラスを展開するのか

「このテキストは、対話的な学び、協働学習を重視して作成されています。そのため、各授業案には「考えてみよう」「話し合いましょう」といった問いが多数含まれています。授業担当者が「正解」を「解説」する「講義型の授業」ではなく、一つのテーマや問いについて、受講生が積極的に発言し、またその発言に耳を傾ける相互の学び合いの関係を重視します。そのことが、クラス全体の学びの支持的風土を作り上げていくことにつながります。
 したがって、課題や問いについて、受講生はまず自分の意見を書き、それか ら近くのクラスメイトと意見交流しましょう。自分の意見を書く時間や話し合いの時間を十分に取ることが、このテキストを利用するコースの成功の秘訣です。」

 さらに、本書の巻末には、「本テキストの授業デザイン」として各回の授業の進め方のヒントや留意点がまとめられている。
 また、各回の最後のページに、その回のテーマに関する基礎的なキーワードの解説もある。受講生は事前にキーワードについて学んでから授業に参加することで、基礎的な知識も身につけながら授業を受けることができる。本書のキーワード解説は、60以上ある。
  本書がテキストとして利用される場所としては、大学や教員養成機関などで子どもの日本語教育を学ぶコースや、子どもの日本語教育に関わる指導者の養成講座などで利用できるように作成されている。
 もちろん、本書の授業は18回分が提示されているが、それらを全部やる時間がないコースもあろう。それぞれのコースの時間数や受講生の問題関心に応じて、本書の授業案からいくつかを選んで取り上げ、授業を作ることもできよう。一度、手にとってみると、授業デザインのイメージもつきやすいのではないか。
 最後に、この本がどのように作られたのかを説明しておこう。

   本書の共同執筆者は、尾関史さん(元早稲田大学日本語教育研究センター准教授)、太田裕子さん(早稲田大学グローバルエデュケーションセンター准教授)。二人は私の研究室で博士論文*を書いた最初の学生であった。この3人で本書を分担執筆した。第1ステージは川上、第2ステージは尾関、第3ステージは太田が担当した。ただし、本書のもととなったのは、それぞれが本書の刊行前に数年間、早稲田大学や他大学の授業で行った講義資料であった。3人がそれらを持ち寄り、話し合いを重ねて、制作した。
 「移動する時代」の21世紀。多くの方に、幼少期・成長期に複数言語環境で成長する子どものことばの学びについて知ってほしい。また今まで日本の中だけで成長した若者が将来複数言語環境で生活するかもしれないし、そこで子育てをするかもしれない。そんな若者たちに本書を読んでほしい。
 そう考えて、本書をテキストにした授業を、早稲田大学のすべての学部生を対象に開講した。毎学期、さまざま学部の学生が多数受講した。その受講生の半数は、テキストと同じような背景や経験を持っている学生であった。中には、「こういう授業を大学で受けたかった」と言う学生もいた。この授業をまるごと書籍化し、以下のタイトルで刊行した。
   川上郁雄(2020)『探究型アプローチの大学教育実践―早大生が
            「複言語で育つ子ども」を考える授業』くろしお出版

    この『日本語を学ぶ/複言語で育つ』にはサブタイトルがついている。「ワークブック」なのである。なので、国内外で子どもたちの日本語教育に関わる先生方や親御さんにもぜひ読んでほしいとの願いを込めて作った。実際、海外の子どもたちの継承語教育に関わる先生方が本書をテキストとして輪読した実践の報告もあった。これからも多くの方々に利用してほしい本である。


尾関史(2013)『子どもたちはいつ日本語を学ぶのか―複数言語環境を生きる
子どもへの教育』ココ出版。
太田裕子(2010)『日本語教師の「意味世界」―オーストラリアの子どもに教え
る教師たちのライフストl―リー』ココ出版。


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