[エッセイ]オリンピックと「移動する子ども」
2024パリ・オリンピックで早稲田大学の在校生や卒業生が多数活躍した。早稲田大学のHPで、その活躍が詳しく紹介されている。
早稲田大学HP:
https://www.waseda.jp/inst/athletic/news/2024/07/30/44570/
その一人が、早稲田大学柔道部副将のホ・ミミ選手(スポーツ科学部4年、日本名・池田海実)。柔道女子の57キロ級で韓国代表として戦い、銀メダルを獲得した。田中愛治早稲田大学総長は、その他の選手も含め、その素晴らしい活躍を讃えた。学生の国籍ではなく、多様性/ダイバーシティを重視する早稲田大学の姿勢を示したとも言えよう。
早稲田大学出身者と言えば、やり投げのディーン元気選手(32)もその一人。早稲田大学スポーツ科学部3年生だった12年前、ロンドン・オリンピックに日本代表で参加した。当時、地元の英国メディアは「英国ルーツがあるのに、英国代表で参加しないのか」と関心を寄せた。イギリス人の父親は、「元気は日本で育ったのだから、日本代表でいいのだ」と、私のインタビューでも答えていた。
今回のオリンピックには、早稲田大学のディーン選手やホ選手のほかにも、多様な背景を持つ選手が多数活躍した。例えば、ホ選手と柔道57キロ級の決勝戦で戦ったのはカナダ代表の出口クリスタ選手。父がカナダ人、母が日本人で、彼女は日本で成長し、日本で柔道を学んだ柔道家だ。
同様に、スケートボードの「女子パーク」で金メダルを獲得したアリサ・トルー選手(14)は母が日本人の豪州代表選手。同じく、銅メダルを獲得したスカイ・ブラウン選手(16) は母が日本人の英国代表選手だった。
自転車BMXレースで金メダルを獲得した榊原爽選手は、英国人の父と日本人の母のもと、豪州で生まれ、府中で成長した豪州代表選手。
他にも、以下のように、多様な背景の選手がいる(もちろん、早稲田大学出身だけではない)。
男子卓球 張本智和選手(早稲田大学人間科学部・通信教育課程)。
女子卓球 張本美和選手。
男子バレーボール 高橋藍選手。
男子バスケットボール ジェイコブス晶選手。
女子バスケットボール 馬瓜エブリン選手。
陸上競技 110Mハードル 村竹ラシッド選手。
陸上競技 100M サニブラウン・アブデル・ハキーム選手。
陸上競技 1600Mリレー 中島佑気ジョセフ選手。
男子サッカー 藤田譲瑠チマ選手。
男子サッカー 小久保玲央ブライアン選手。
男子柔道 ウルフ・アロン選手。
男子バスケットボール 八村塁選手。
男子テニス ダニエル太郎選手。
女子テニス 大坂なおみ選手。
女子ゴルフ 笹生優花選手。
(東京・オリンピックでは母親の出身国フィリピンの代表として参加)。
オリンピックは国籍によって参加国が規定されるのかもしれないが、選手の背景(言語、出身地、生育環境など)はさまざまである。以前、私のインタビューに答えてくれた、プロ・サッカー選手の長谷川アーリア・ジャスールはイラン人の父、日本人の母のもと、埼玉で生まれ成長した。友達から、イランの言葉は話せるのかと聞かれると、「本当しゃべれない『ただの使えないハーフなんだよ』みたいな感じで、笑いながら言いますけど」(川上編、2010➡︎詳しくはMY BOOK REVIEWS⑥参照)と答えていた。
『私も「移動する子ども」だった―異なる言語の間で育った子どもたちのライフストーリー』(川上編、2010, くろしお出版)が刊行された頃、上のオリンピック選手たちの多くは幼少期の子どもであったろう。その子どもたちが成長し、立派なオリンピック選手として躍動し、私たちに多くの感動を与えてくれた。
「幼少期より複数言語環境で成長した」という経験と記憶を意味する「移動する子ども」は、これらのオリンピック選手の活躍を考える上でも重要な視点を与えてくれるだろう。その場合、親の言語にどれくらいの期間接触したかやその言語をどれくらい使用できるかが問題なのではない。当事者の思いや葛藤、他者からのまなざし、社会的影響等を乗り越えて「自分らしく」、かつポジティブに生きていく姿に、21世紀に生きる人々の共有すべきテーマが映し出されている。
つまり、現代は、「移動する子ども」の時代なのである。「移動する子ども」という主題はますます拡大していくだろう。