思考地図の概論
知識や情報の関係性を空間配置することによって、文章では伝えにくい複雑な概念を容易に表現することができます。こうした空間配置による意味構成は一般的に「概念マップ」と呼称されていますが、様々な概念マップを比較し、その特徴を探ってみました。(図1 概念マップ一覧参照)
ここで取り上げる概念マップは以下の6種類です。
1.マインドマップ
自分のイメージを中心に放射状に発想を描いていく図解表現技法で、頭の中にある複雑な概念をコンパクトに且つ素早く描くことができる。
2.トピックマップ
情報を表す要素として、トピック、関連、出現がある。マインドマップ、コンセプトマップと同等の発想表現法だがトピックマップはISO標準である。
3.コンセプトマップ(概念地図法)
一連の概念(名詞の場合が多い)をフレーズや動詞で結びつける形式を取る。このコンセプトマップは教育現場で利用が広がっている。
4.空間象徴図式
通称「バウム(樹木画)テスト」と呼ばれ、白紙の紙に実のなる樹を描いて、その樹の配置や形から心理状態を分析する分析指標としてGrünwaldの空間象徴と呼ぶ概念配置図が用いられる。
5.プロダクト・ポートフォリオ
市場成長率と市場占有率のマトリックス上に自社製品を配置し、各象限毎の事業の位置づけを判断していくための、事業戦略マネージメントフレーム。
6.知識スパイラル(SECIモデル)
「個人の知識を組織的に共有し、より高次の知識を生み出す」ということを主眼に置いたナレッジ・マネジメントを実現するフレームワークとプロセスのモデル。
以上の6つのマップは上図のように大きく二つに分かれます。上部に並んだ三つは頭の中に想起できる言葉の意味関係に沿ってマップ化したもので、下部の三つはあらかじめ検討したフレームをもとに言葉や図を配置したマップです。そして思考地図はその中の「空間象徴図式」をもとに、日々の考察に使いやすくアレンジしていった概念マップです。
空間象徴図式
コッホによるバウムテストは、Grünwaldの「空間象徴図式」を背景とした心理臨床テストで、人間の心理と空間イメージの関係図式を利用したテストとして世界的に有名であり、人間の頭の中に空間配置の法則が暗黙知としてあることを教えてくれます。(参考:「バウムテスト-樹木画による人格診断法」林勝造他、日本文化科学社、1970)
その空間象徴図式は半世紀ほど前の発表ですが、近年日本でも統計的な手法を使った研究がなされ、言葉と空間の関係性について、細部での留意すべき点の指摘と同時に基本的な空間象徴性についての実験が報告されています。
空間象徴図式は、人間誰もが経験する成長プロセスを背景としています。例えば上下の意味関係は大地(下方)に対して上方へ成長する姿から生まれ、それは樹木の成長と符合しているところからバウム(樹木画)テストが生まれています。また、左右に対しては、右利き優位が右方向の能動性に関係している、文書記述が左から右への移動を基本にしている、右脳は左空間を処理していて、左脳=右空間よりも受動的反応力の優位性が認められる、などの諸説があります。
このような空間象徴性を背景に、我々は日常使っている言葉においても方向性をイメージしています。例えば「空気」は上方で「大地」は下方、「過去」は左で「未来」は右方向へのイメージスキーマを持っている、など。こうした言葉と空間の関係性に関して、空間メタファーを中心に言語の仕組みをひもといた瀬戸の研究では、洋の東西を問わず言語の世界では、空間を表す言葉を概念に利用し、分かりやすく意味を伝えようとしていることが報告されています。言語という思考の基盤と空間象徴の密接な関係を示す研究として参考になります。
またこうした人間共通の空間認識は日常の中に暗黙知として組み込まれており、ビジネス世界での多くのフレームワーク(例えば図1の空間フレーム型概念マップに入っている知識スパイラルなど)にも、左右上下の概念の共通性が認められます。
思考地図のフレームワーク
左右上下の意味空間をもつ概念を幅広く収集し、意味空間配置フレーム「思考地図」として整理したものです。
思考地図の水平軸
思考には受動的思考と能動的思考があります。
「日常的経験の場においては、身体的直感は世界空間に対して受動的な関わり方であり、身体的行為は能動的な関わり方である。」※「身体論」湯浅泰雄 講談社 1990年発行
受動と能動の相対関係と同じ関係をもつ言葉は数多く見いだせますが、左が受動で右が能動という左右の位置取りの理由は、東洋的観点では密教における曼荼羅で左に胎蔵界=母神、右に金剛界=男神を配し、西洋的観点では心理分析バウムテストで、左に母性、右に父性を 位置することから、古来より人類の共通思考空間として位置づけられていったのではないかと考えます。
相対的には反発し合う関係を持ちながら各方の様態を拡張すると、もう一方の様態に到達するという関係性を持つ。例えば守備を極端に極めるとそれは攻撃となり、攻撃は常に最大の防御(守備)となる、という具合です。
「思考地図」の左右軸はPASSIVEとACTIVEを代表的対概念のことばとして利用しています。受動と能動は同義的に守備と攻撃と言い換えることができ、吸収と発信といった行為としての意味にも展開できます。静的と動的は視覚的な意味に転換されるが受動と能動の対概念と類似しています。消費と生産の対概念は受動と能動を社会的な枠組みに展開した概念で、需要と供給もほぼ同義である。女性的・母性的と男性的・父性的は受動と能動を象徴する存在として意味展開し、柔と剛という展開は、女性と男性をイメージしながらも同時に対概念の意味拡張を提供しています。過去と未来、入と出、インとアウト、陰と陽は、左右対概念の展開編です。
思考地図の垂直軸
垂直軸は利用ケースによっていくつかの対概念を使い分けています。
個人的思考とは自分の中に存在する正直な、ある意味わがままで自己中心的な考えを指し、社会的思考とは家族や仲間、会社組織といった集団的な集まりによって形成されている考えを指します。
通常この両面は相対する考え方として互いに離れていく関係にありますが、その時々の状況によって歩み寄り中間的な位置を模索する関係でもあります。例えば、本音と建て前は折り合いを付けることが生きる知恵であり、要素や部分の分散的な存在を活かしながら全体的な統合を獲得することが求められる、といった具合です。
2つ目の垂直軸は感性と理性の対概念で、情緒的か理論的か、フローとストック、一時的と継続的といった対の言葉が軸として考えています。
さらにこの垂直の対概念を意味的に拡張し、機能と構造、アナログとデジタルと言った相対軸へと展開していますが、垂直軸としての関連性は弱いです。
この複数有る上下の軸を便宜上統一しておくために、HOTとCOOLという呼称を付けて利用しています。
HOTとCOOLは、もとはジャズ世界のスラング。大音響の魂を揺り動かし酔わせる「HOT」な音楽と、もっと心を惑わせ誘い込む「COOL」な演奏を比較する言葉でした。この二項対立とそのコミュニケーション・メディアへの応用をマクルーハンが初めて発表したのは、著書『メディアの理解』(1964)で、マクルーハンの考えでは、ホット・メディアは、飽和しやすい私たちの感覚に近づいて襲いかかる、声高で明るく目立つ情報の発信方法であり、逆にクール・メディアは、曖昧でソフトで目立たない、静かな夕べにぴったりの、私たちの関与に誘うメディアだ、と解説しています。※ポール・レヴィンソン『デジタル・マクルーハン』より
これら左右上下の対概念は厳密な同義性が前提ではなく、あくまでも2軸を交差させて広がる平面上に、様々な情報を柔軟にマッピングしていくことが目的です。これらの対概念から2つの軸を選び交差することによって、4つの象限が生まれる。2軸の選び方によって4つの象限に浮かび上がる意味世界は、組み合わせ級数的に多様となります。一つのフレームワークによって、普遍性と汎用性のある意味空間が生まれるのです。
以上、PASSIVE/ACTIVEとHOT/COOLの2軸で構成する空間フレーム型概念マップを「思考地図」と呼称し、情報共有のための意味空間配置フレームとして様々な分野において活用しています。