テンポ設定も音楽力のひとつ
Chère Musique
初めの数小節を弾いてすぐに「ちょっと待って~!なんでそんな速さで弾くの~?」と私に止められてしまった生徒さん。
レッスンの一番初めに「さあ!ピアノ弾くぞっ!」と意気込み過ぎたり、自分がこれまでその曲にふさわしいテンポで弾けていなかった、ゆっくりだったことを必要以上にダメなことだと思い過ぎていたり。
または逆に、例えば「落ち着いて!深い表現で!」と言われて、とにかくとてもゆっくり弾けばそうなるのだと勘違いしたり。
その時、その曲、その演奏で、音楽としてふさわしいテンポは?ということを、大切に考えてほしいのです。
曲だけではありません。トレーニングや基礎練習でもそうです。
そんな時の私の口癖、「テンポ設定も能力のひとつ!」。
ハノンのテンポ
普段ピアノの練習をする方々、練習時間の導入に、準備体操やトレーニングのつもりで行うメニューを持っている方が多いのではないでしょうか。
音階練習の方も多いと思いますが、ピアノの先生が一番おすすめなのは、フランスのシャルル・ルイ・アノンという先生が作った、日本では英語発音で『ハノンピアノ教本』略して本自体を「ハノン」と呼んでしまっているテキストです。
実は他にもいくつか、準備体操やトレーニングにオススメのテキストや方法があります。
日本では、それを知らずにハノンだけと思っている方も多いようです。
それらのおすすめのテキストのご紹介、内容や目的や使い方などのお話もおもしろいかも知れませんね。
それにハノン自体にも、オススメの効果的な使い方があって、これはいつか独立したレクチャー動画にしてみたいと考えています。
でも今日はテンポのお話。
その日のハノンの曲を選んだら、一回目の演奏は、譜読みと自分チェックを目的にして弾くべきなのです。
同じことを繰り返しているようでいて指使いにトラップが仕掛けてあったりもしますから、正確に譜読みをしなければなりません。
そしてぜひ「これを弾くことでどこを鍛えているんだろう」と考えるべきです。
そして一番大切なのが、「今日、今、これを弾く私の体は、指は、どんな状態なんだろう」と、その時の自分を観察することをお勧めします。
そのためには、結構ゆっくり目のテンポで、一音一音縦方向にタッチして弾くといいと、私は思っています。
初めの一回だけです。二回目からはテンポを上げたり、リズムやアーティキュレーションの変奏をしましょう。
同じ曲を何度も、いろいろな弾き方をして、そして最後に16分音符に相応しいテンポで。
というふうに、段階に合わせて、また日によっても、ハノンでは、設定するテンポは変わるべきなのです。
音階練習のテンポ
基礎練習として絶対に欠かせないのが、音階練習。
これは演奏の基礎として必ず必要な“調”というものを学ぶ意味もあります。
音階練習には、並進行や反進行やオクターブ奏など、弾けたほうがいい練習方法がいくつかあって、それぞれに難しさが違います。
弾き方にによっては、速く弾くと意味のないものもあるくらい。
人によっても、得意不得意の意味で、それぞれの弾き方の難しさは違うと感じるので、ゆっくりから始めたほうが効果があるものもたくさんあるでしょう。
どの弾き方をしても全部同じ速いテンポになることを、統一することを目指す必要はまったく無く、むしろそんなことを目標にすると上達を妨げるかも知れません。
そして、これは私の考えですが、基礎練習ほど音楽的に弾ける人であってほしいと思うのです。
タッチを揃えられるようにコントロールしたり、リズムの崩れがないようにしたりすることを、無表情に機械のように弾くことと混同している方が、たくさんいらっしゃいます。
そんなことを考えると、練習内容によって違うテンポを設定できる人のほうが音楽力が高い、と私は感じるのです。
音楽の姿
初めての曲に出会って練習を始めるときに、最初に楽譜を読み解いていく段階を「譜読み」といいます。
その手順についても、音楽のジャンルや歴史的なことをベースにして詳しくお話しする機会も作りたいですね。
譜読みで一番掴みたいのは、その音楽の姿、流れ方。
どんな姿をした音楽がどんなふうに流れてゆくのか。
そのためには必要な、知らなければならないことの一つがテンポです。
ですから、初めの段階で、仕上がった時の最終的な理想のテンポが分かって、練習し始めるわけです。
分かった上で、でも練習では、もしも速い曲なら、かなりゆっくりから始めなければならないでしょう。
自分がそのテクニックをモノにしてしっかり表現できるようにするには、時間がかかる部分も、曲の中には必ずあります。
そして、その練習期間が長引いてしまうと起こる弊害が、そのゆっくりのテンポが馴染んでしまうこと。
いつの間にか、始めに理解したテンポよりもゆっくりのままで、仕上げにかかっていることに気づいて、自分に驚く生徒さんもいます。
難しくて結局は理想のテンポに仕上がらなかった、理想より少しゆっくり仕上げよう、という場合でも、その「ゆっくり」の限界はあります。
そして逆に、「速く仕上げるほど偉い」という勘違いもとても多いです。
これが本当にこの作品の本来持っているテンポなの?ということを、考えて演奏しましょうね。
練習効果のあるテンポ
ピアノ練習は、いつもいつも両手で、曲全体を通して弾くばかりではありません。
部分練習や片手練習という方法は、とても効果のあるもので、多かれ少なかれ必ずやるべき練習です。
それらの練習の際のテンポは、必ずしも仕上げのその曲の理想のテンポを目標とする必要はありません。
その練習をする目的をしっかり見据えて、その練習の効果が出るテンポというものがあるのです。
速過ぎても遅過ぎても効果は無いでしょう。
それに、曲のある部分でうまく動かない指を動くようにしたいなら、速く!ということを自分に課して、その結果もしも痛めてしまったりしては、元も子もないですよね。
その部分の筋肉にその動きをする力が無い、または少ない状態を、筋トレしてゆくということなのですから。
拍子とテンポの関係
4分の3と8分の3、8分の6と8分の3を2小節、4分の2と2分の2、8分の6と4分の6。
これらの拍子は、混同しやすかったり、どう区別するのかを知らない人が多かったりする組み合わせ。
(ちなみに4分の4と2分の2の組み合わせについての話は少し違います)
これらのひとつひとつの組み合わせを、区別の仕方、何が違うかを今日はお話ししませんが、いくつかある“違いを表す要素”の中の大切なひとつがテンポです。
適切な範囲内でのテンポで弾けば、ほとんどの場合区別できると思います。
舞曲のテンポ
ピアノで弾く音楽の種類の一つに、舞曲という分野があります。
とても楽しい音楽ですし、初心者の段階でも上級者になっても、どんな段階にもすばらしい作品がたくさんあります。
それらの曲を弾くときに、テンポ設定が今ひとつな演奏例を聴くことがよくあります。
舞曲を本当に魅力的に意味深く弾きたければ、その踊りを踊るのにふさわしいテンポを知るべきだと思うのです。
そしてテンポだけではなく、アクセントの付け方とアーティキュレーションも、とても大切な要素です。
初心者向けの曲にもあるという意味では、メヌエットが一番身近な舞曲でしょうか。
でもそのメヌエットが一番、相応しいテンポで弾いてもらえないことが多いようです。
サラバンド、レントラー、ワルツと、時代を経ていくつかの三拍子の舞曲がありますが、それぞれ少しづつ適切なテンポの範囲が変わってきています。
ワルツの三拍子には、いくら難しいからと言って(笑)、ゆっくりさの限界があります。
滑るように踊るのがワルツですし、体重移動の途中では止まっていられない、ということは、体験してみてわかることなのでしょうか。
最近はピアノを弾く人のための古典舞踏のワークショップもあるようですよ。
エンディング
結論として「速いほど偉い」という考えから卒業してください、ということを言いたかったわけですが、ここでオマケとして、逆のおもしろいエピソードをひとつ。
友人のプロピアニストが、皆さん大好きなショパンの子犬のワルツを超高速で遊ぶ動画を作っています。
それを見てあらためて尊敬したのは、ふざけていても音楽としてとてもレベルが高く、テンポの限界を超えてはいるけれど、その中でも十分に表現が魅力的であるということでした。
これがどんなにすごいことかお分かりでしょうか。
やっぱり本物のピアニストは違いますね~。
Musique, Elle a des ailes.
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