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てがみ座「海越えの花たち」に寄せて 出発点の想い

★てがみ座「海越えの花たち」劇団のお客さまへのお手紙 2018年4月

昭和二〇年八月十五日
朝鮮半島は、その日を境に「異国」となり、
私たちは「外国人妻」となった。

てがみ座「海越えの花たち」あらすじと公演詳細

いつも、てがみ座をご観劇くださいまして、ありがとうございます。
てがみ座 はじめての紀伊國屋公演のご案内です。
紀伊國屋ホールは、学生時代、初めて自分でチケットを買い求め観劇に行った劇場です。この観劇体験が基となり「劇作家」という職業に憧れるようになりました。いつか紀伊國屋で上演したいという夢を掲げて、2009年6月にてがみ座を旗揚げしました。
そして今、やっと劇場に手が届くところに来ました。大きな挑戦となる今作は、これまでの自分の足跡が詰まったものにしたいと思いました。

「ここにいる私とは何者なんだろう?」——これまでのてがみ座の公演では、過去を材に取り、現代の眼差しから見つめ直す作品を多く上演してきました。根底にあったのは、この問いです。「日本人として、今この時代に生きているということ」。その意味を、何かしら掴みたい。それを自分なりに知ることで、この先どう進めばいいか考えたいと思ってきました。今作では、特に「東アジアの中の日本」——戦後日本に帰れずに韓国の土に還った、在韓の日本人女性達の物語を書くことにしました。

国際情勢を語る代わりに、とても個人的な話をします。
私がなぜ日本と東アジアの間にあるものが気になるのか。
まず、祖父が満州にいたという事実。一緒に暮らしていたのに、話を聞きたいと思うようになる前に祖父は亡くなってしまいました。それでも祖父の存在を通せば、私にとって戦争は遠い過去ではありませんでした。次いで高校生の時。日中青少年友好訪問団の一員として北京市朝陽区に派遣され、同い年の中国人の女の子と親しくなりました。けれど、盧溝橋を訪れたとき、彼女が言いました。「私たちはこの場所のことを幼い頃から繰り返し学んできたの。日本ではどう?」——私は答えられませんでした。確かに教科書で知識としては学んだ、でも目の前に広がる景色から引き起こされた人々の肉声を、未だ想像したことがなかったから。私たちはそれでも、橋のたもとで泣きながら手を繋いでいました。
それから2012年『青のはて』を書くために、宮澤賢治の足跡を辿ってサハリンに行った時のこと。かつて日本が統治していた地を実際に歩いて、贖罪意識が澱のように溜まり、次第に足が重くなっていくのを感じながら旅していました。その旅の途中、韓国人の老人と出会ったのです。旧真岡(ホルムスク)、雨上がりのバス停。雲間から差す光に目を奪われていると、老人に日本語で話しかけられました。老人は日本統治時代の41年にこの地で生まれ、50年に韓国に行ったそうです。でも死ぬ前に生まれた地を一目見たいと旅行で訪れていました。彼は私に、「子どもの頃、日本人といた」と語りました。「日本語、私きっともう死ぬまで喋らない、そう思ってた。でも今、死ぬ前にもう一度話せた」……老人は懐かしいと涙を滲ませました。
ああ、知らなければならないことがある。手渡された思いがある。贖罪意識や自虐史観に囚われていることは、その実、自らを閉ざしていることかもしれない。教科書や書籍に書かれていることは事実かもしれないけれど、真実は、ささやかな声や交わす眼差しの中にある。この体験が私を朝鮮半島に結びつけ、『慶州ナザレ園』に導きました。

2016年に、日本統治下の朝鮮半島を舞台にした『SOETSU』を執筆、その後、文化庁東アジア文化交流使に指名をいただき、演劇活動を通じて韓国との交流が深まっていきました。そして去年の春、ナザレ園を訪ねることができました。
『慶州ナザレ園』は、第二次大戦後も在韓で生き続けた日本人女性たちの収容施設です。元は帰国支援のための一時的な寮でしたが、日本に身寄りがない女性たちは帰国の目処が立たず、いつしか養老院となり、終の棲家となっていきました。今ご存命の日本人女性はもう数人だけ。食堂には梅干しや「のりたま」ふりかけが置かれ、館内には千羽鶴や日本人形などが飾られています。それらは日本から贈られたもの。部屋の奥からは、静かに韓国語のラジオが聞こえてきます。認知症の方も多く、お話し出来たのはたったお一人だけ。日本語はもう記憶の底に仕舞われていました。それでも小さくなった手で私の手を握って、三つの言葉をくださいました。——「鹿児島」・「ありがとう」・「元気で」。

ナザレ園を出た後、韓国でハルモニとして亡くなっていった日本人女性たちのことを想いました。ここを訪ねる前、彼女たちに安易に憐憫のような気持ちを持っていた自分が恥ずかしくなりました。彼女たちは、日本と半島の間で揺れながら、第二次大戦・朝鮮戦争・反日感情など時代の渦の中、自分の人生を見失わないよう精一杯に生き抜いて来たのだと。「元気で」——そう囁かれたぬくもりに、生命の熱が宿っているような気がしました。

今公演は、これまでのてがみ座の集大成として、現代の眼差しから過去を描いていく物語になるだろうと思います。けれど、核とするのは……信じているのは、私自身が得てきた心の震えです。教科書で描かれる歴史の下にある、ささやかだけれど熱い、生きた人間の肉声。国家や民族を越えた人間と人間の想い。今公演が、この先へ続く足元を照らす光となればと思っています。

てがみ座をこれまで支えてくださった皆さまに、是非ご覧いただきたい公演です。
劇団員一同、全力で創作に取り組んでいきます。紀伊國屋ホールにてお待ちしています!

2018年4月吉日

てがみ座「海越えの花たち」公演詳細チケットご予約サイト


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長田育恵(てがみ座主宰・劇作家)
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