ソキアンの生命の樹
2017年6月、私たちは日本にいた。福岡で開催される「女性伝統工芸士展」というイベントに呼ばれたからだ。IKTTの職人はソキアンとワンニーの2名が参加し、実演。森本さんは講演を行った。講演会には本当に沢山の人が集まり、カンボジアから職人が来て実演するということで展示販売をするIKTTブースも大いに賑わった。
正直、当時私はまだそこまで布に関して詳しかったわけでは無い。しかし、そんな私でも印象深いと感じる作品があった。が、しかしそれはテキスタイルブックの中だった。
イベント中のある朝、まだ人も少ない時間帯、織り機に座っていたソキアンに声をかけた。
「これ、作れる?」
ソキアンは現在では伝統の森のNO1の括り手だが、当時はここまで複雑な模様は作ったことがなかった。でもなんとなく挑戦するなら彼女だろうと心のどこかで思っていた。そしてもちろん「こんなに難しいの出来ない」と断られたが、テキスタイルブックの写真を見ながら、一緒に来ていた括り手のワンにーと共に組織数を数えたりしていた。
森本さんが亡くなってから、彼女には少しずつレベルアップ出来るよう複雑な模様の括りをお願いしてきた。少しづつ、少しづつ。
2020年、世界の動きが急に止まった。しかし工房は止めなかった。布が販売出来ずIKTTの組織としてのピンチではあったが、逆に、布作りにゆっくり時間をかけられるチャンスでもあった。でもピンチすぎて先も読めない状況で、生きた心地はしなかったのが正直なところ。(その期間の話はまだ今度)
そしてもう一度ソキアンに尋ねた。2017年の時と同様、テキスタイルブックを見せて、この模様作れる?と。ソキアンは少し笑って「またか」というような表情を見せたが、あの時とは明らかに違った。彼女には今すぐ答えを出さなくてもいいから、ちょっと考えてみてほしいと。そして、綺麗に出来なくても大丈夫。2回、3回続けるうちに、綺麗に出来るようになるからとだけ伝えて。それからしばらくして、ソキアンから声をかけられた。
「やってみようかな。でも、綺麗に出来なくでも怒らないでね」
2020年4月頃の出来事だった。こうしてソキアンの新しい挑戦が始まった。
IKTTとしてもここまで複雑な布を復活させるのは初めてだ。いつも以上に真剣な表情のソキアン。実物は日本の美術館に所蔵されているため、実物を見て、触って、復元することは出来ない。画像のみが頼りだった。あまりにも細かく布全体に模様が入っているため、拡大コピーを見つつ、細かいパーツは携帯で撮影した画像を拡大しながら括りを進めていた。いつものソキアンとは明らかに違い、括りの手が止まっていることも多かった。拡大写真を眺め、携帯の画像を眺め、そんな時間が多かったように思う。
2021年早々、まだ制作過程の状況で、馴染みのお客様からこのピダンのオーダーを頂いた。ソキアンにその事を伝えたら、とても喜んでいた。職人にとっては最高の報告だろう。まだ作品が織りあがってない状態でオーダーするという事は、彼女の腕が信頼されている証拠でもある。その後も別のお客様からオーダーをいただき、括りの最中にも関わらず、ソキアンの生命の樹(約8m分)が完売した。
そして2021年3月、織りが始まった。
織り手はもちろんNOU SORNだ。彼女が織り始めるとソキアンも織り機に張り付き、仕上がりを確認していた。織り手のSORNも緊張していたようだった。こうして最初の1枚目が織りあがった。
ソキアンとソーンから、この布と一緒に写真が撮りたいとお願いされた。この布は自分が作ったんだという証拠を手元に残しておきたいと。これは初めてのお願いだった。普通の服装のまま撮影していると、綺麗な服装に着替えてからもう一度撮って!と。なんとも可愛い二人。そしてお着替えした二人の写真を撮影し、拡大コピーをして渡した。このピダンを完成させたことが、よっぽど嬉しく職人としてのさらなる自信に繋がったのだろう。
2021年12月、シェムリアップのテキスタイル美術館で展示会があり、IKTTも参加した。その際、このピダンを展示したことがきっかけで、この美術館からも、同じピダンや他の絣のオーダーを数枚頂いた。これらの作品はシェムリアップにあるMGC Asian Traditional Textiles Museumにて展示されている。
それからしばらくして、ソキアンのインタビュー動画を撮影する機会があった。彼女は「森本さんに私が作ったピダンを見てもらいたかった。」とこぼした。その動画は以下からご覧いただけます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?