[創作ファンタジー] 高台寺かをりの芳しき香道 2 香家
これまでのストーリー
百代と花は仲良し大学生。京都に遊びに来て高台寺の夜の紅葉を堪能した後、道に迷ってお香の店に入り込んだ。そこで周りが静かになるという不思議な香を購入した。ホテルに戻ると隣の部屋でどんちゃん騒ぎが発生しさっそくその香を使ってみると見事に静かになったのだった。
次の日、二人は朝起きてホテルのバイキングで朝食を取り、早々とホテルを出て、静香という香の秘密を探るべく、また昨日の高台寺まで来てみた。でも、例の店が中々見つからない。
「確かこの辺だと思うんだけど」
「昨日も暗い中を彷徨ってたまたま見つけただけだったもんね」
「うーん、あっちの方も探してみようか」
と二人は高台寺周辺を1時間近くも彷徨っていた。
すると、良い香りのお香の匂いがする婦人とすれ違う。
百代は、ピンと来た。
「すみません。もしかして、お香のお店の方ですか?」
「あら、そうですわよ。どなたかしら?」
「あ、私達昨日の晩、お店でお香を買ったものです。すごくよく効いたので、その秘密を聞きたくなって」
「あら、困ったわね。あれは、企業秘密ですのよ。まぁ、ここではなんどすから、お店まで行きまひょか」
店に着くと、店主がテーブルを指さして、「そちらで、お待ち下さい。お茶でも出しますね」と言って、奥に入っていった。
「百ちゃん、これって、例の京都人のいけずというやつじゃない?」
「ああ、あの『ぶぶ漬けいかがどす』みたいな?でも、まだ来たばっかりだし。とにかく秘密を探るよ」
と百代は好奇心でわくわくしている。
しばらくすると、店主がお茶とお菓子を持ってやってきて、百代と花の前に置いて、「さぁ、召し上がれ」と促した。
百代と花はさっそくそのお茶と京の和菓子を食べてみた。
両方とも何とも言えない良い香りがする。流石はお香のお店だけのことはあるなと感激していると、店主がおもむろに名刺を手渡してきた。
その名刺には
と書いてある。
花は、それを見るなり、「凄い、博士なんですね!」と叫んでいた。
「ええ。家は代々高台寺流という香道の師範をしている家柄なんですの。
でも、香りって不思議ですやろ。そやから、大学で化学科に入って、色々やってるうちに、博士号をもらってしまいましてん。
この商売には特に必要ないんやけど、個人の趣味を突き詰めてしまって、まぁ、一応もろうておきましたわ」
と、店主のかをりが高笑いをすると、
「すごーい!」と花が感嘆している。
百代が「総裁ということは、この高台寺流『こうけ』と言うんですか?のトップの方なんですか?」と聞いてみた。
「ええ。先代も亡くなってしまって、今はうちだけなんどす」
「えー、お一人なんですか!?」
「残念やけど、弟子もいないし、うちで高台寺流香家も終わりかもしれへんね」
「えー、もったいないです。私、弟子になりたい」と百代が唐突に言い放った。
すると、かをりは、少し笑みを浮かべて、
「あら、珍しい子ね。なんで?」
「昨日買ったお香『静香』ですけど、凄い効き目だったんです。隣の部屋で大騒ぎしてたのが、すぐに静かになって」
「あら、ちゃんと効いたのね」
「はい。なので、その秘密が知りたくて。企業秘密だというのは分かります。なので、弟子にしてくれれば、教えてくれないかなぁと思って」
すると、かをりのスマホに電話が着信した。
「ちょっとお待ちください」と言ってかをりが席を外した。
奥の方でなにか話をしている。
耳を澄ますと、「首相が...」と言うのが聞こえてきた。
花は百代と何やら裏がありそうという目配せをして小声で話始めた。
「花ちゃん、老舗なのに弟子がいないって、変だよ。何か私達に隠してるんじゃないかな?」
「かもね。あれだけの肩書があるし、この香家を彼女で終わらせるなんて、変だよ。それに、今の電話『首相』とか言ってたし」
「よし、絶対弟子になって、探りを入れよう」
店主のかをりが電話から戻ってきた。
「ええと、何の話をしてたかしら。そうそう、弟子になりたいでしたわね」
「はい、是非、高台寺流を途切れさせないように、弟子をお取りになりませんか?」
「弟子となると修行が大変なのよ。あなた達では難しいと思うわ。そもそも、あなた達、京都の子じゃないでしょう?そもそもお名前も聞いてなかったわね」
「すみません。私は、山咲百代といいます」
「わたしは、山口花です。」
「あら、やまやまコンビなのね」とかをりが笑う。
「私達、東京の慶應大学の学生です。東京の者では駄目ですか?最近はリモートでも色々できますし」
かをりは、少し黙って考えて、
「そうね、東京でやってもらいたいこともあるかもしれんし、どうしてもというなら、まずは、弟子見習いでもやってみなはる?」
「はい、是非、弟子見習いでかまいません!ヤッター!」
と花と百代は大はしゃぎ。
かをりがまた席を外して、奥の方へと行って、しばらくして一冊の本を抱えて戻ってきた。そして、テーブルの上にそれを置いた。その本には、『聞心奥義 巻壱』と書いてある。
「これはね、『聞心奥義』という高台寺流香家に代々伝わる香道の指南書なの。弟子見習いとして、まずは、これを読んでちょうだい。」
「うわー、分厚い。花ちゃん、これ読める?」
花は、その本を手に取って、パラパラとめくっている。
「うーん、古文で書いてるのかと思ったら、割と現代語なので、専門用語をこれで頑張って勉強すれば、なんとかなりそうだよ」
「そう。これは、私の二代前の総裁が現代日本語に翻訳したものなので、あなた達でも読めると思うわ。実際使えるようになるかは、また、別やけどね」
「そうなんですね。じゃ、頑張って読みますか」と百代は意気込んでいる。
「全部で8巻あるから大変だけど、がんばってね」
「えー、全部で8巻も!」と百代と花は絶望的な引きつった笑顔で本を見つめている。
「この本は、それしかないから、しばらくは、ここに通って読んでもらうしかないわね」
「写メとかするのは駄目ですよね?」
「あら、いいわよ。だけど、この店を出ると読めなくなるのよ」
「えー!」と二人は顔を見合わせて、理解できないという眼差しでかをりの方を向いた。
「ちょっとやってみてもいいですか?」
「もちろん、やってごらんなさい」
花がさっそく最初のページをスマホで写してみた。そして、ふたりは、そのスマホを持って、店の外に出てみた。
「あれ、見えるじゃん」
「見えるよね。かをりさん、冗談言ってたということか」
「あれ、なんか、目が霞んできた?」
「あ、あ、あ、文字が掠れていく。。。」
「えー、ほんとに見えなくなっちゃった」
「うわーん、なにこれ!百ちゃん、怖いよー」
「花、しっかりしな。これだけ、すごいっちゅうことだよ、これは」
「うん、そうだね」
二人は、驚愕の面持ちで店内に戻り、かをりと対面した。
「どうやったかしら?」
「どうも、こうも凄すぎます!」
「本当に見えなくなった!」
「そうでっしゃろ。この店には、やまちゃんコンビにも分かるように言えば、香の結界である香界を張ってありますの。その本は、その香界の中でしか読めへんのよ。まぁ、弟子に昇格したら教えてあげますわ」
とかをりがほくそ笑む。
百代と花は、早く弟子に昇格したいと心底思った。そして、その日は、夕方まで、かをりの店のテーブルを占拠して、必死に巻壱を読みふけった。
一応読み終わると、百代と花はかをりと連絡先を交換して店を後にした。
「花、絶対、弟子になろう。これは凄いよ。鳥肌が立ってきた」
「百ちゃん、なんか凄いものに出会ってしまったね。花も頑張るよ」
ふたりは、東京行きの新幹線の中で高台寺流の弟子になることを夢見つつ、ウトウトとしていたのでした。
つづく
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