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[創作ファンタジー] 高台寺かをりの芳しき香道 1 静香

京都。

なんとも芳しき響きのする街である。
延暦13年(西暦794年)桓武天皇が作った平安京は、今や京都という名で世界中から観光客を集める観光地となっている。
古来からの神社仏閣などの歴史的建造物、万葉集・古今和歌集などの和歌とその秘伝である古今伝授、源氏物語・枕草子・徒然草などの古典文学、茶道・華道・香道、琳派や狩野派などの絵画、陰陽師などの妖術系の話など、文化的話題には事欠かない街だ。
京都人の中には、明治天皇が「遷都の詔」を発していないので、未だに日本の首都であるというプライドを持っている人が多いとも聞く。

そんな京都の東山にある高台寺。
豊臣秀吉の冥福を祈るため正室の北政所が建立した見事な庭園を備えた寺院で、桜や紅葉の季節には多くの観光客で賑わう場所だ。

百代と花は、そんな高台寺を見に来た大の仲良し大学生。
二人のお目当ては、夜の拝観で紅葉が臥龍池に映る様。
拝観待ちの長蛇の列に並んだあと、やっとその神秘的な光景を見て、言葉を失うほどの感動を覚えた二人だった。

「すごくきれいやなぁ。我を忘れましたがな」
「なに、その変な京都弁。やめなはれ」
「あんたもや」

二人は、そんな会話をしながら、高台寺を後にしたのだが、道に迷って、なんとも言えない甘い香りを醸すその店にたどり着いてしまった。

「あれ、このお店、なんて読むんだろう?香と庭という字の店名になってる。お香のお店かな?」
「うーん、そうみたい。慶長弐十年創業って書いてあるよ」
「慶長20年って、何年よ。ググってみるよ。え、1615年だって」
「えー、400年以上も前とか、お化け屋敷かな?」
「1615年と言えば、大阪夏の陣だってさ。面白そうだから、入ってみようか」
「えー、百ちゃん、なんか、怖いからやめようよ」
「大丈夫、行くよ、花」

というなり、百代は、店の中に。
花も、しょうがなく、百代の後を追って、店内に入ってみた。
店内は、意外と綺麗で、四百年以上前から続いているとは思えない。

「おいでやす」

と店主と思わしき品のある女性が声をかけてきた。

「こちらは、お香のお店なんですか?」
「そうですのよ。何か探し物かしら?」
「いえ、特にはないんですが…」
「ほな、これは、いかがどす?『静香』いうお香で、周りが静かにならはりますのぇ」
「ほら、周りがうるさいなぁ、思いはることありますやろ。そういう時に、このお香を焚くと、静かになりすの」
「え、なんでですか?」
「それは企業秘密っちゅうやつですわ。ほほほ」と店主が奇妙な笑いを漏らした。
「花ちゃん、なんだか、面白そうだから、これ買ってみるね」
と百代はそのお勧めの『静香』を購入したのだった。

その後、やっと道が分かり、夜の清水寺も回って、やっとホテルに戻って来た。
二人ともずいぶん歩き回ったので、ベットの上で服を着たままうたた寝をしてしまった。
やっと、気がついて、二人ともシャワーを浴びて、寝ようとしたところ、隣の部屋がうるさい。
どうも、飲んで大騒ぎしているようだ。

百代が、「そういえば、さっき買ったお香って、周りが静かになるって、店主が言ってたじゃない」
「そうだったね。こういう時に使うといいのかな?」
「だけどさ、香を焚くだけで、隣が静かになるとは思えないよね」
「そうだよね。でも、どんな香りのお香なのか、せっかくだから、焚いてみようよ。」
「そだね。やってみよう。」

と二人は、買ってきた『静香』というお香の包みを開けてみる。注意書きがある。
それには以下のようなことが書いてあった。

あなたは、今、周りがなにか煩いという状況にいますね。
その「煩さもの」に意識を集中してください。
十分意識を集中したら、あなたと、その「煩さもの」の間で、このお香を焚きましょう。
そして、お香の煙をその「煩さもの」の方に吹き付けます。
実際に煙を届かせる必要はありません。
その代わり、「煩さもの」に意識を集中してください。
しばらくすると、「煩さもの」が大人しくなるはずです。
効果が十分とは思えない場合は、返金に応じます。

それを読んだ花が笑い出した。

「これ、何か、騙されてるよね。私たち」
「そうだよ。騙されてる。ふふふ、でも、面白そうだから、やるだけやってみようよ」
「いいよ。じゃ、何かお皿ないかな?」
「この湯呑み茶碗の下のやつは?これ、なんて言うんだっけ?」
「それは、茶托(ちゃたく)だよ」
「さすが、花は、物知りだね」
「やめてよ、そういうの。でも、それプラスチック製でしょ。ちょっと危ないかな」
「あ、ここに灰皿あったわ。これにしよう」

と言うと、花が灰皿の上にお香をおいて、百代がマッチで火をつけてみた。
なんともいえない上品な香りが立ち込めてきた。
二人は、一生懸命隣の部屋の騒いでいる奴らに意識を集中してみた。
するとお香の煙が輪をなして螺旋のように隣の部屋に向かって進んでいくように見えた。
とはいえ、その煙は壁を通り抜けるという感じではなかった。

しかし、数分経った頃、隣の騒ぎが静かになってきた。
百代と花は、「え、静かになったよね」と顔を見合わせた。
と同時に、何やら、怖くなってきた。

「まさか、これ、呪いのお香?」
「そんな、馬鹿な」
「え、でも、隣の部屋、動きがないよ」
「まじ、やばいよ、これ」
「となり、死んじゃった?」
「フロントに電話しよう」
「でも、なんて言うのよ」
「うーん、隣がめちゃうるさいのが急に静かになったので見てください、かな」
「それ、『よかったですね』で終わりじゃない」
「そうか」
「じゃ、隣で悲鳴が聞こえたんだけど急に大人しくなったのでおかしい、と言ってみる?」
「そうだね、それならいいか」

花がフロントに電話をかけて、隣の部屋の様子を見て欲しいと頼んだところ、フロントの方で確認してくれるとのこと。

しばらくすると、二人の部屋をコンコンとノックする音が。覗いてみると宿の人のようだ。隣の様子が分かったのだろう。ドアを開けると、宿の人がすまなそうな顔をして、

「申し訳ありません。隣のどんちゃん騒ぎなんですが、注意してもなかなかやめてもらえなくて。うるさいと思うので、離れた静かなお部屋をご用意しましたので、そちらにお移りいただけませんか?」
「え、今、静かですよね?」
「あぁ、、、一瞬そういうこともありますが、今も、あのように大きな声で騒いでおりまして、お客様には大変申し訳ないことでございます」

花と百代は顔を見合わせて、どういうことかと思案した。

(ひそひそ声で)

「ねえ、ねえ、百ちゃん。あの人の言うことが本当なら、私たちだけ聞こえてないということ?」
「あ、そういうことか。あのお香の威力なのかな?」
「まぁ、ひとまず、静かな部屋があると言うので、移っておこうか」
「だね」

と意見がまとまり、

「それでは、お言葉に甘えて、別の部屋に移動させてください」
「ありがとうございます。本当にご迷惑をおかけしてすみません」

と二人は別の階にある部屋に移動することになった。

移動先の部屋で

「百ちゃん、さっきのお香ってさ、私達がその音を気にならなくなるというやつなのかな?」
「花ちゃんのその推理、たぶんあってると思う。でも、どうなってるのかな?明日、また、あの店に行ってみようか?」
「いいよ。他にも変わった効能のお香があるかもね」
「じゃ、今日は疲れたし、寝ようか」
「そうしよう。百ちゃん、おやすみ」

つづく


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