子育てに意外な影響を及ぼす「改修ガチャ」
住居を選ぶとき、学校や図書館、スポーツ施設などの有無や所要時間を考慮に入れることは多いだろう。不動産のチラシにも「○○小学校 徒歩5分」などの表記がされている。
しかし「その施設がいつ改修時期を迎えるのか」という観点で見ている人は少ないと思う。ある日突然、何の前触れもなくもたらされる「改修工事が始まります」のしらせ。その施設がいくら至便な場所にあったとしても、1度しかない不可逆な子育て期にその数年が重なると、まったく意味をなさなくなってしまう。
コロナと同時に小学校に入った長女は、3年生になるまで学校のプールに入ったことがほとんどなかった。元々の計画がそうだったのか、児童の活動量が少ないコロナ禍を「これ幸い」としていたのかは不明だが、「改修のため」という理由のもとプール開放が行われることはなかった。
長い目で見れば、その改修工事が必要なことはもちろん理解できる。でも、子どもにとっての「その1~2年」は2度と戻ってこないのである。5年生の今、夏休みのプール開放は「めんどくさいからいいや」とはなから欠席で提出する。「夏休みは学校のプールとか行ってたよね」という思い出を残してあげられなかったことを、母としては少し残念に思う。
子どもが多かった昭和末期・平成初期に建てられた施設に今、一気にガタが来ているのだろう。あちこちで改修が行われているのを目にする。近所の中学校も建て替え中で、生徒は毎朝、別の場所にある仮校舎までスクールバスで通っているらしい。
我が子の学区ではないので詳細は知らないが、夕方5時前に帰りの便が走っているのを見て「部活とかちゃんとできてるのかな」と勝手ながら心配になった。このスクールバス通学を避けるために、中学受験をする人もいるとか、いないとか。改修は、教育コストにも大きな影響を与える。
下の子が水泳教室に通っている近所の公営体育館も、間もなく改修工事に入る。習い事としての水泳の最適齢期と言える小学1~2年生にちょうど重なるので、本当に残念だ。ちなみに、改修に伴い「子どもの室内遊び場」的なものが新しくできるらしいけれど、完成の頃、我が子はもう対象年齢外。ありがたみゼロ。
行政とすれば「市民のために、良い施設に建て直しました!」というつもりなのだろうけど、メリットを享受できるかどうかは改修中、あるいは改修後に何歳だったかによって決まる。同じ税金を払っているのに、今まで受けられていたサービスが受けられなくなったり、税金を使って作る新しいサービスの恩恵は受けられなかったり。まさにガチャである。
私のYahoo!には「体験格差」の記事がやたら上がってくるのだが、ほんの1〜2歳の差が違いを生み出す「改修格差」は、みんなあまり気にならないのかな。まぁ、改修は何をどうしたってしなくてはならないものだから、声を挙げたところで改善の余地はなく、受け入れるしかないのだけれど。