西美濃方言講座 #2「東西方言境界線概説」
1、はじめに
岐阜県方言は従来の方言区画論や方言の分類の中で、東日本に入れられたり西日本に入れられたり、さまざまな観点からさまざまな扱いを受けてきたという意味で特殊な方言であると言われている(久野1995)。中でも西美濃方言は東西方言の境界線上にあり、その特徴が顕著であるとされている。ここでは、西美濃方言が、東西対立の対立からみてどのような位置にあるのかを、アクセント、文法、方言区画論の順にみていくことにする[1]。
2.文法
日本を東西に分ける代表的な形式として次の5つがある(国語調査委員会1906、牛山1969)。
[東日本] [西日本]
①一段動詞命令形〈見ろ〉 ミロ ミヨ・ミー
②五段動詞ウ音便〈払った〉 ハラッタ ハロータ
③形容詞連用形〈広くなる〉 ヒロクナル ヒロナル
④断定の助動詞〈雨だ〉 雨ダ 雨ジャ・ヤ
⑤動詞否定形〈しない〉 シナイ セン
これら5項目の境界線を示すと、図1のようである(一部省略)。②が岐阜県の西側を、その他の4項目が岐阜県の東側を通過している。
3.アクセント
アクセントは、2拍名詞を基準にした分布図がよく知られている。列島中央部に近畿四型式が分布し、列島外縁に向かって垂井式(近輪式)[2]→内輪式→中輪式→外輪式→二型式→無型式と、放射状に広がっている。県境域は、近畿式と内輪式の境界地帯で、その間に垂井式(近輪三型式・近輪二型式)が分布している(図2)。
山口(2003)では、文節アクセントによる分布図が初めて示された。2拍名詞アクセントが7層であるのに対し、文節アクセントは5層とより単純になっている(図3)。
4.方言区画
4.1 列島からみた方言区画
1927年(昭和2)の東條操『大日本地図』以降、多くの研究者により様々な方言区画論が示されてきた。岐阜県方言の帰属に関しては学者によって異なるが、東條操(1953)と都竹通年雄(1949)に代表される2派にほぼ分かれている。東條案(図4)はアクセント、都竹案(図5)は文法に重点が置かれているといえる。また、岐阜県方言は愛知県方言とともにギア方言と一括され、「西部辺境方言」(大岩正仲)、「西日本の非近畿式方言」「中輪方言」(金田一春彦)、「西日本の東周辺」(楳垣実)などと位置付けされてきた。
これら従来の区画論が主観的であったのに対し、『日本言語地図』のデータをもとにした客観的な区画論もみられる。主なものに、語彙の一致度からみた五條啓三(1985)の研究、標準語形の統計分析による井上史雄(1982)の報告がある。五條案(図6)は、西美濃周辺を東西いずれにも属さないが独立した等質地域でない「移行方言圏」としている。井上案(図7)は、岐阜県方言を富山県・石川県方言と同じ「北陸」とした上で西部に区分している。
滋賀県以西は近畿方言・西日本方言、静岡県・長野県以東は東日本方言として安定しているのに対し、岐阜県、特に西美濃は区分が一定しておらず、境界域であることを示していると言えよう。
4.2 岐阜県・滋賀県の方言区画
奥村(1976)によると、岐阜県の方言区画は以下のようである。南北対立や東西対立では重複する地域がみられたので、一部、簡略化した。岐阜県内の内部差はあまり著しくないが、特異な地域として、「近江方言影響地域」と「三河方言的地域」を設定している。南北対立からみると、郡上や東濃北部などの美濃北部ⓝを飛騨と共に北部に含めるべきだとしている。
筧(1982)によると、滋賀県の方言区画は以下のようである。特異な湖北方言と、京都的な湖東・湖南・湖西方言に大別され、湖南方言の中でも甲南方言を他地域とは異質な方言としている。
滋賀県と岐阜県美濃地方の方言区画を地図化すると、図8のようになる。県内で方言が特異な地域は、ⒿⓍⓎのように記号を丸枠で囲んで示した。
5.まとめ
これより、岐阜県方言はアクセントは東日本式、文法は西日本式であることがわかった。また、アクセントと文法のどちらを重視するかにより、東日本に含まれたり西日本に含まれたりしてきたわけである。さらに西美濃方言は、アクセントと動詞ウ音便の東西境界線上にあるし、語彙面からは「移行方言圏」とされたりしていることなどが、「東西境界地帯の方言」といわれる所以であろう。
西美濃方言(図8のp・ⓧ)と滋賀県の湖北方言(図8のⓐ~ⓒ)は、東西方言境界線を挟んだ「合せ鏡」のような存在ともいえる。湖北方言と対比することにより、西美濃方言の特徴もより顕著に浮かび上がってくるものと考えている。
脚注
[1] 列島の中央部を通過する東西方言境界線は、列島規模でみると周圏分布の東側の境界線でもある。ここでは滋賀・岐阜県境域に焦点を当て、便宜上、近畿を西日本、関東を東日本とした。
[2] 山口(2003)は垂井式に代わって近輪式を提唱している。本稿では山口の案を継承している。
参考文献
井上史雄・川西秀早子(1982)「標準語形による方言区画」『計量国語学』13-6
牛山初男(1969)『東西方言の境界』自家版
奥村三雄/編(1976)『岐阜県方言の研究』大衆書房
筧大城(1982)「滋賀県の方言」(飯豊毅一ほか/編『講座方言学7 近畿地方の方言』国書刊行会)
久野眞(1995)「東西境界地帯の方言意識~大垣」(『変容する日本の方言』大修館)
国語調査委員会/編(1906)『口語法調査報告書』日本書籍
五條啓三(1985)「日本言語地図を利用した語彙による日本語の方言区画」『国語学』141
杉崎好洋・植川千代(2002)『美濃大垣方言辞典』美濃民俗文化の会
東條操(1953)『日本方言学』吉川弘文館
都竹通年雄(1949)「日本語の方言区分けと新潟県方言」『季刊国語』6
山口幸洋(2003)『日本語東京アクセントの成立』港の人