人間とは途中経過である。
人間は自分の産まれる前の事を全く知らないし、死んだ後の向こう側を全然知らない。
つまり人間は今生の周辺しか知らない。
だから全知とは言い難い。
言い換えると、全知存在とは始まりと終わりに精通した存在を指す。
自分の始まりや世界や宇宙の始まりに精通し、死や世の終わりに熟知していることが、人類のこれからの道程表となるだろう。
人間はこれまで全知で無い故に「半知半能存在」と定義されてきた。
定義とは存在の固定化である故に、その枠の外には出られない。
と言う事は、半知から全知へのプロセスとは、始まりと終わりに習熟する事だと分かる。
始まりや終わりを他者から与えられる存在でしかないなら、半知のままという事になる。
つまり他者に創られ、他者に殺されうる存在にとどまる。
今の人類は、自分の始まりと終わりを他者に牛耳られている故に不幸で有り続ける。
だから知的地平の拡張とは、産まれる前と死んだ後に精通する事なのである。
何処から来て、何処へ行くのかと自問する人は圧倒的に少ない。
ましてその答えを知っている人は極めて少ない。