見出し画像

「腕立て伏せ」と言いまして・・・

 少しマジメに(いつもマジメだけど),トレーニングの話を書きます.
 先日,関東で行われた競技会において,北海道大学陸上競技部の選手が800mのレース直後に腕立て伏せをしていたら,関東の有力私大の選手に「何やってんの?」と尋ねられたそうな.そこで,全く正直に何を・何のためにやっているか答えたところ,その関東の有力私大の選手が「ウチのチームでも取り入れよう!」となったらしい.今後そのトレーニング法が流行ってしまったら,本来北大オリジン(というか瀧澤オリジンなんだけど)のトレーニング法なのに,あちらの有力私大発祥にされてしまいそう,それは悔しい!ということで先んじて公開しておきます.本当は,あまり広く知られたくなかったんだけど.
 なお,紹介するトレーニング法は上に書いた通り瀧澤が考えて行い始めたもので,私自身の経験と知識から編み出したもの,とはっきり言えるところです.仮に他のところで行われていたとしても,盗んで「瀧澤発祥」と言っているわけではなく,それぞれが独自の発見だった,はずなので,そちらの見解も尊重します.加えて,生理的な測定や検証はしていないので,あくまで「引き起こされる現象から,効果が想定される」レベルで捉えてください.あと,生理学的・生化学的解釈が間違っていたら,遠慮なく突っ込んでください.正しい知識を教えて欲しいです.

 さて,そのトレーニングの方法です.
 まず,行うのは通常の走練習です(バイクでも応用可).概ね,30秒~3分程度で疲労困憊に至る,無酸素性エネルギー供給の割合が高い運動をしましょう.普通のタイムトライアルやインターバルトレーニング,レペティショントレーニングで構いません.頑張って全力を出し切りましょう.
 そして,タイムトライアルやインターバル,レペティションの最後の1本が終わったら,できる限り早く腕立て伏せを行います.疲労困憊状態で,かなりキツイでしょうけど,無理やりでも,休み休みでも,とにかく腕立て伏せです.可能であれば,脚を台に挙げて行う,上肢に対する負荷が大きくなる腕立て伏せが望ましいです.そのような場所がなければ,通常の腕立て伏せで構いません.回数ですか?まあ適当に10~30回くらい,頑張れる範囲でやったらいいんじゃないでしょうか.
 腕立て伏せが終わると,腕・肩・胸が強烈に痛み出すと思います.いわゆる「ケツワレ」がそのあたりで起きている,という感じですね.私は初めて行ったあと,しばらくうずくまるくらいのケツワレ感を上肢に味わいました.その「腕のケツワレ感」が肝です.
 期待される効果とその理屈は以下の通りです.

 このトレーニングの主な目的は,全身のpH緩衝能向上(生理学的に正確ではない言葉だけど,昔の言い方だと「耐乳酸能力」でしょうかね)です.
 そもそもケツワレって何で起きるの?という話ですが,無酸素性エネルギー供給によって生じた水素イオン(H+)によるpH低下(酸性化・アシドーシス)が原因の一つと想定されます(リン酸過剰によるもの,かもしれないけど,それはひとまず置いといて).無酸素性エネルギー供給の割合が高い高強度の走(またはバイク)運動においては,下肢・脚部メインでアシドーシスが起きてケツワレする,ということになろうかと思います.そして,アシドーシスを防いだり,回復させるために下肢・脚部の筋内では重炭酸イオン(HCO3-)によって水素イオンを水(H2O)と二酸化炭素(CO2)に緩衝し,pHが元に戻ってケツワレが解消していく・・・というようなことが起きていると考えていいはずです.
 と,活動筋だけに注目しているとそのような感じで(たぶん)間違いないのですが,全身の筋がすべからく同じレベルで無酸素性のエネルギー供給をしているわけではなく,そこまで追い込まれていない部分もあると思われます.具体的に挙げると,走運動やバイク運動では,上肢はそこまでpH低下していなさそう.だから,活動筋で出た水素イオンは,そこまで活動強度が高まっていない,むしろ有酸素性でエネルギー供給しているかもね,的な上肢の筋群で緩衝されたり利用されたり,少なくとも希釈には貢献している気がするんですよね.800~1500mのレース中,腕がピリピリすることがあるけど,これも下肢で出た水素イオンが上肢に回ってきているからだろうし.見たことないから,本当のところは分かりませんが.
 30秒~3分くらいで疲労困憊に至る,無酸素性エネルギー供給主体となる走(またはバイク)運動を行った直後に,上肢も無酸素性エネルギー供給を要求される運動を入れたら? そりゃ,下肢から回ってきた水素イオンに加えて,上肢でも水素イオンが発生するので,どこもかしこも全身的にアシドーシス状態になりますよね.ただ走るだけよりも,より高いpH低下の過負荷が,全身的にかかってくる.そしてアシドーシスが生じたら,筋はできるだけ早く緩衝して元に戻さないとエネルギー供給ができなくなってしまうので,上肢の筋も下肢の筋もがんばって緩衝しようとする.結果として,全身レベルでの緩衝能向上につながるのではなかろうか・・・という発想です.ですので,前提として走(またはバイク)運動で無酸素性のエネルギー供給を絞り出しておく必要があり,その後相当キツイなかでも上肢に負荷を与えることが重要,と考えています.走運動でのたうち回るくらい追い込んでも,もうひと踏ん張りして腕立て伏せです.
 緩衝系の能力(緩衝能)が高ければ,ケツワレになりにくいし,すぐ回復することができそう,と言えるでしょう.また,水素イオンは無酸素性エネルギー供給の反応を阻害するので,pHが低下したらそれ以上無酸素性エネルギー供給ができなくなっていきます.つまり,その強度で運動が継続できなくなります(走運動であればペースが低下していく).故に,緩衝能が高まれば,それだけ高強度での運動が持続できる(高い速度を維持できる),と考えられます.ですので,緩衝能が記録に影響する400~1500mくらいの競技には有効だと考えています.
 さらに,このトレーニングの副次的効果?として,有酸素性能力向上も起こり得ると考えています.緩衝能が向上すれば,それだけ無酸素性エネルギー供給から絞り出せるようになるので,結果としてAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化に繋がりそうな気がします.そして,AMPKの活性化はミトコンドリアの新生や量の増加につながると考えられています.ミトコンドリアは有酸素性のエネルギー供給をしてくれる細胞内小器官なので,緩衝能向上によるAMPK活性の上昇は,巡り巡って有酸素性の能力向上にも関与するのではないでしょうか.実際,このトレーニングを続けていると,「腕のケツワレ」レベルは徐々に下がっていき,あまり感じなくなってきます.これは,緩衝能が向上するとともに,ミトコンドリア機能が上がることによって,同程度の高強度運動時においても有酸素性のエネルギー供給依存度が上がっている,からではないかなぁ・・・と.そういう意味では,長距離選手にとってもいいトレーニングなのかもしれませんが,長距離選手が無酸素性エネルギー絞り出しするだけの強度まで追い込むことは難しいですよね.ケツワレの原因が,アシドーシスより筋内のリン酸濃度上昇によるもの,という立場をとるなら,緩衝能の向上よりもAMPK活性上昇の効果の方が大きいのかもしれません.

 ちなみに,北海道大学陸上競技部では,中長距離を中心に高強度の練習直後に腕立て伏せを行っています.乳酸性作業閾値前後の練習後(ペース走とか,ビルドアップとか)のあともやっていて,「本来の目的とは違うんだけどなぁ」と思いながら眺めていますが,別に損するわけでもないので止めていません(目的理解していないっぽいところは気になるけど).そういえば,昨年所属選手がグランプリシリーズのレース直後に腕立て伏せを行っている写真がXに投稿され,ちょっとだけ知られたようですね.ロングスプリント勢にも有効と思うのだけれども,なぜかスプリント勢は取り入れても長続きしない・してくれないんですよね・・・効果は感じているらしいのに,なんでだろ? 緩衝能の向上までは当てはまりよくても,ミトコンドリア機能の改善によって無酸素性のエネルギーを絞り出しにくくなる感覚があるからなのかなぁ・・・
 あと,これまでに練習やレース直後の腕立伏せに関して「何やってんの?」と尋ねられたことは複数回あり,聞かれたらごまかさずに答えています.ただ,それでも取り入れた例というのはあまり聞かないんですよね.今回尋ねられたという有力私大ではない有力校のコーチに説明したことも何回かあるんだけど,いまのところ取り入れていない模様.

 思いのままに書いたら超長文になってしまいました.さらに長くなってしまいますが・・・
 このトレーニング方法は,私が大学4年生の時に「レースの終盤腕で引っ張れない」という課題を解消するために,「じゃあ,走った直後に腕鍛えたら何とかなんじゃね?」という単純な発想から始めたものでした.当時は水産学部所属で,砂原漁協におけるスケソウダラ刺し網漁業に関する卒業論文作成中でした.大学院(教育学研究科)でトレーニング/コンディショニング科学や運動生理学の研究をする道に進むことはほぼ決めていたけど,まだ知識もかなり乏しかった頃です.このトレーニング単体の効果云々は分かりませんが,とりあえず取り入れた後にラストスパートでの感覚は変わり,耐えられるようになったことは覚えています.そして,その後運動生理学の知識が増えるにしたがって,「あの練習,実は理論的にも結構良かったのでは・・・」と思う様になったのです.
 自身の経験と,そのあとの知識から得られた方法なので,不特定多数に知られるような公開・公表したくなかったのですが,今後流行ったときに「オリジンここやで」を示すために残しておきます.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?