見出し画像

成長することを許可する。

不安や恐れが強い人は「変化」に弱いところがあります。
それは環境もそうですし、自分自身の成長も無意識のうちに拒んでいるところがあったりします。


成長を拒む理由は様々だと思います。
年月を重ねるとその分だけの経験を何かしらしてきた中で、成長しないメリットを感じていたからこそ、成長をしないことを選んできていたのですから。
 
 
成長したいのに成長を拒んでいるって、受け入れ難い部分だったりもしますよね。
目を背けてもいいのですが、成長したいのなら「成長する」と決めることで自分に必要な伸び代部分がどんどん見えてきます。そうすると、否応なく見つめることになったりもするのです。
 
 
このようにこのブログを書いている私自身もまさに悶えている一人です。
この文章を書いている私はワタシの中の一部分。
 
 
また、心許せる人たちに見せる顔はまた違う一面で子供っぽいところが全開になる私もいます。つい最近まで、私はこのギャップに苦しんでいました。どちらも私なのにどちらかじゃないとダメと思っていたので、どちらを選んでも反対側な自分が出てくるたびにダメ出ししていたんですね。
 
 
散々抵抗してもがいて。
そうしているうちに、子供の自分が望む「成長」した大人な自分。
大人な私が子供のようにはしゃぎ回る自分。
 
 
どちらもあっても良いと本当い思えたのです。
 
 
子供の自分でいい
 
 
と言ってくれた当時のメンターがいたから
大人のように振る舞う部分から外れて子供を認めていく時間ができ、
 
 
そろそろ大人になろう
 
 
と言ってくれた友人がいたから
子供から大人への成長をまた意識することができるようになった。
 
 
日々成長と言いますが、
本当に昨日と今日では全く違って。
話している側から違和感が生まれ、修正されていくのを感じています。
 
 
それも「変化」することを以前より許可することができている証拠なのだと思っていて、苦しいですが喜ばしくこの先の自分が楽しみに思えています。
 
 
一輝


 

いいなと思ったら応援しよう!