キュー


(すべての キュー たちに)

はもにか、
もののように
ひともいない自転車を見つめている
後輪が回転するのは
視線が注がれているあいだだけだ
こけふみ、
錯覚していた、
出航を告げる合図はもう音をなくした
日記をつけるペンの先が揺れているからわかる
ひとたび触れると砂丘がくずれるのがきこえる
湿地帯で
歪まされていく石像のようにわらう
かすめとられている、
雨漏りするところに置いた瓶にあつまるのは幼魚ばかりで
コルクで栓をした

(・・・誰も傘をささないで歩く
  ・・・干あがるまでのほんのわずかな
   ・・・まばたきのあいだにも書庫に植物が運びこまれ、

中断されたcadenzaを
修復する
糸をもち縫うときに 旋律の
五線譜には綻びが認められ、
犬のワッペンをあてることで補修された
ベージュのコーデュロイパンツの裾に
ただしく鳴らした音がもどってくる
 
鱒を釣ると
着色をまつ鳥たちが
きまって嫉妬した
腐食したテーブルのにおい
樹々の隙間から射す光りにも似た、
遺れ、遺れられる必然を
ただ洗うことによって回復する
ような一日だった、
 
「なるべく、
キッチンで梨を剥くひとの
わずかな
まばたきのあいだにも
注意しなければならない」
おおむかしに
瓶詰めした木イチゴのコンポートを
焼いたパンにのせて頬張りながらいった、
いったい
「ジャムとはちがって
煮詰めすぎないことがコツだ」
遠くから手を振るように凝視することは
ろうそくの火が消える一瞬の、あのざわめきに
私は手遊びをする


『現代詩手帖』2024年11月号 新人投稿欄選外佳作(川口晴美・選)

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