人にほめられても喜べない、完璧主義者へ
①完璧主義者がはまる罠
「すごいね!」
人からほめられて、思わず
「そんなことありません!」
否定してしまった経験はありませんか?
"嬉しいのに素直に喜べない..."
私はこれを
"完璧主義の罠"と呼んでいます。
子どもの頃に信頼する大人との
かかわりを持てなかった場合、私達は
"〜はこうあるべき"
"〜はこうするべき"
重たいマイルールブックを
何冊も脳内に持ち歩き、
そこからはみ出す自分を許せずに
「ミスや欠点ばかりの自分には、
人からほめられる価値などない」
このような"勘違い"をしてしまうことが
あるからです。
でも、これって本当なんでしょうか?
②15の城と同じだけの価値を持つ
「完璧」
この漢字の語源を知っていますか?
中国の故事で秦の王様が、15の城と引き換えに
手に入れたいと求めた宝玉
「和氏の璧(わしのへき)」に由来しています。
なぜそれほどまでに求められたかといえば
これには、まったく傷がなかったからです。
欠点や不足がなく、とても立派であることを
"完璧な人"と言いますが「完璧」はもともと
人ではなく、石を指して生まれた言葉でした。
「努力して完璧にならなければ、
自分に愛される価値はない」
そう思っている人は例えるなら、
まだ誰も見たことがないほど
稀有な存在になろうと
日夜、自分を磨いているようなもの。
私は、そんなふうに感じます。
③最後は完璧になることが決まってる
子どもの頃に信頼する大人との
かかわりを持てなかった人でも
完璧を目指すより、
人からのほめ言葉を素直に受け取るほうが
実は100倍楽でかんたんです。
私達が石ならば、傷を持たないことで
奇跡のような価値を生んだかもしれませんが、
人は誰でも、
生きていれば心や身体に傷を負うものだから
必ず最後は、その傷ごと愛されるように
なっているんだと思います。
だって、まわりを困らせて家族を泣かせ、
とんでもないやつだ!って、言われながら
逝った人を私は何人も知っていますが
一人の例外もなく、
みんな仏様(完璧な存在)になっていますから。
④みんなで幸せになる生き方
「人はみんな、不完全なまま生きている」
そう思えば誰かのほめ言葉も案外、
楽に受け取れるような気がしてきませんか?
しかもそれは、あなたの自己満足に
留まりません。
「そんなに喜んでもらえて嬉しい!
「あなたには、本当に感謝している」
投げかけられた優しさは受け取ることで、
初めてまわりを巻き込み、幸せを連鎖させます。
目の前の人、
そして、みんなを幸せにできるのは
自分の中のできた・できていないに
こだわる"完璧主義"よりも、
ほめられた喜びを表現できる"素直さ"
だったりするんですね。
だから、これからはもう少し安心して、
ダメで不完全な自分のまま
まわりの人からほめられてみませんか?
まじめで正義感の強い完璧主義者ほど、
幸せになる可能性をきっとたくさん秘めて
いるのですから。
これは、元 完璧主義者の私からのメッセージ
「ほめられたら、大切に喜ぼう。
幸せはあなたから連鎖する。」
今日の空でした。
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