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風街
有栖川公園から漂うタケノコのような、栗の花のような、あの、鼻をツンとさせる緑の強烈な匂いが5月を覆うのをすっかり忘れていた。
大切な思春期の6年間を広尾で過ごし、毎日のように有栖川公園を通っていたのにも関わらず、そんなツンとする匂いを意識したのは高校3年生の5月からだったかのように思う。
新宿テアトルシネマ前のモスキート音のように、大人になるとわかる香りとか、逆に大人になると一切認識しなくなる香りなんてものが存在するのだろうか。
味覚が大人になると変わって、コーヒーやビールが美味しく感じる、なんて話が一般的にあるのだから、嗅覚だって段階的に変化したっておかしくはない。子供にしかわからない、桃源郷の具現化みたいな匂いを発して、ハイになった子供たちを一定の場所にワラワラと集めたっていい。
それにしても、大人になってもこんなに広尾という街に縁があるとは思わなかった。
知っているだけでも編集室が4つ。西麻布にもお世話になっている編集室やオフィスが4つ以上あるのだから、自分が思春期を過ごした場所と大人になって昼夜を共にしている場所が同じというのも面白い。
松本隆が青山と渋谷と麻布を赤鉛筆で結んで、「風街」と名付けていた、と『微熱少年』で語っているが、僕はその風街から出られていないのかもしれない。なにせ住んでる場所が昔も今も「風街」ど真ん中なのだ。
もしかしたら桃源郷といったらポジティブすぎる、働きアリの好むような幸福な香りが風街には渦巻いているのかもしれない。
また匂いの話になってしまった。ツン。