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アルバイト④【チョコレートリリー寮の少年たち】

きょうはいよいよ、物語喫茶レグルスでの短期アルバイトの最終日だ。真宵店長が気を利かせてくださってクリスマスと年末年始は自由に遊ばせてもらえた。その事をありがとうございますと全員でお辞儀をして伝えたら、遊べば遊ぶだけ、力がついてくるよ、ぼくもさんざんあそんだらこうなった。だからなんの問題もないさと笑う。
「この制服に袖を通すのも、今日で最後か」
ちょっと悲しくなってしまったけれど、カウンター席で飲んでいた黒蜜店長とクレセント店長が僕の髪を優しく撫でた。
「あげるからお出かけの時とかに着ればいいじゃん」
「えっ!!」
「よろしいのですか」
「うん、採寸したからぴったりだろう?生地も柔らかく体に馴染んできてるね、ん、ほつれ発見」
ポケットから小さなソーイングセットをとりだし、糸切りばさみでスピカの袖口からちょっとだけとび出ていた糸をぱつんと切った。
「上手いか下手かは分からないけど、心を込めて作ったから。よかったら、大切に着てやって。汚したらぼくが手洗いするし、身長が伸びたとかここがきついとか、リメイクもできるから、言ってね」
「ありがとうございます。あの、お願いなのですか……おれのボトムス、スラックスにして貰えると助かります。ぐんぐん背が伸びてきているので、膝を出すのが恥ずかしくて」
そのかわり、と黒蜜店長がにやにやしている。
「よからぬ事を考えている時の顔だ」
「心外だなあ、夏服も縫わせてほしいなっておもったの!チョコレートリリー寮の子達は私服がナイティくらいしかないだろ?クレセントも手伝ってよ」
「ぼく、この制服、とってもとっても、おきにいりで、うれしい。ありがとうございます」
「こんなかわいい服、そうそう売ってない」
「この大きい左右非対称のリボンタイと、」
「幅と長さのバランスが絶妙なカフス、と、カフスボタン」
「この落ち着いたブルーとグリーンのチェック柄」
「流星のピンバッジ」
「ロロ、可愛い」
「きみだって」
「蘭も用心して、なんかね、よく分からないんだけどここ界隈のおすすめスポットのフライヤーに物語喫茶レグルスが載っちゃったみたいなの、そこに可愛いウェイターがいるって書かれちゃって」
「えっ、酷い話すぎる」
「悪意は無いと思うんだけど……一応気をつけて」
「はーい!」
言われた本人たちは全く気にしていない。逆に僕がはらはらしてきた。
「だ、大丈夫かなあ、あんなに呑気にしてて」
「ノエル先輩とサミュエル先輩を喚ぼう、先輩たちはおれたちよりずっと力もあるし、何かあった時絶対に頼りになってくれるから」
「ああ、以前一度お店に来てくれた三年生か、喚べるならぜひ。その方が楽しいし」
「わかりました!」
「リヒト、スピカ、喚ぼう」
「せーの!」
「集中ー!!!!」
「集中!!!!」
「うわっ、びっくりした。やあやあみなさんこんにちは」
「来ちゃいました」
光をまといやってきた先輩方が、大人たち三人と握手をかわしている。
「ちびっ子たち、今日でとりあえず第一回目のアルバイトが終わると聞きました。お疲れ様」
「うん、それでね、」
ことの次第をかくかくしかじか説明している。
「なるほど、用心棒として雇われないかと、そういうことですね」
「美味しいビーフストロガノフとガーデンサラダを、お給料の他に出すけれどひきうけてくれてくれないかい」
「ビーフストロガノフ……やります」
「よし、じゃあとびきり怖い顔してたむろしますね」
「たすかるよ、ありがとう。大人たちは、酒気帯びで何かやらかしたら大変だ。もしも危険な奴が現れたら、適度に適当に懲らしめるのがきみたちふたりのしごと。でも、命の危険をかんじたら……そんなことは無いと信じたいけど、逃げていい」
「わかりました。今のところはお客様もいないようですし、少しのんびりさせてもらいます」
ノエル先輩とサミュエル先輩がソファ席に悠然と腰掛ける。
「となりへおいで、エーリク」
「はい!」
「なにか飲みたいものある?」
「メロン曹達の気分です」
「あっはっは!じゃあ俺もそれで。サミュエルは?」
「メロン曹達に決まってるじゃないか」
「オーダーです!真宵店長、メロン曹達をみっつ……ジョッキで……カットパインを添えてください」
「はーい!かしこまりましたー!」
「わかってるね」
「エーリク、なんて可愛いの」
可愛いと言われたことにおどろいた。天使三人やリヒトが言われるのはわかる。
「えっ、その、僕、可愛いって感じじゃない……ですよね」
真宵店長がソファ席へやってきてメロン曹達を並べる。なんと、コースターに僕を模したイラストが描かれている。
「ここ、コンセプトカフェみたいになってるね」
「このコースター、誰の仕業?!絵が上手い。ロロだね?!」
ロロとリュリュ、蘭がカウンターの向こうからそっとこちらを覗いていたけれど、僕が声をかけるとしゅっと屈んでしまった。小さく、笑いさざめく声が聞こえる。
「真宵店長からも一言、きみはかわいいって言ってやってください」
「もしかして、自分の愛らしさにいまいち気づいていない?」
「ぽやぽやしてるから、自分ではいまいちピンと来ないのかもしれないね」
「いや、本当に可愛くないんですよ」
「無自覚か……おそろしい」
そこでノエル先輩がぱちんと指を鳴らした。ふわっと体が宙に浮き、ノエル先輩の膝に乗せられてしまった。
「しっかり掴まれよ」
「わ、わっ、わああ、こういうの、うぁ」
「あのな、エーリク……これは説明が難しいんだけど……砂糖菓子みたいなところがあるって言えばわかるかな……エーリクはとても美味しそうなんだ」
「お菓子ばかり、その、食べているから、お菓子でできているの?ってからかわれたりした事は、何度か、あります……」
「うーん、ちょっと似てるけど違う。ふわふわなミルクティー色の髪、セレストブルーのひとみ、滑らかなビスクみたいな肌。きみはすれ違ったあと思わずふりかえっちゃうくらい魅力的な少年なんだよ。そして……きみのそのやさしさにつけ込んでくる奴がいるかもしれないから、注意して。これは良いところでもあるし無くさないでほしいっていうのは、俺のわがままかな」
「そんなこと、ないです。いっぱい褒めて貰えて嬉しい。ありがとうございます。気をつけますね」
「真宵店長、お絵描きオムライスとかないのですか」
「できるけど……ますますコンセプトカフェ化する」
「とりあえず、おろしてください!」
「店の子、お触り禁止ですか?」
「膝の上にのせるまでにしておいてやってくれ」
「きいてないよ!ま、まあノエル先輩たちならいいか。変なおじさんとか来たら僕怖くて泣き出すかもしれないからその辺は真宵店長、注意しに来てくれるよね」
「いいなあエーリク、ぼくもお膝乗りたい」
「じゃあ、リヒトは僕が抱っこしようかな。指名していいですか」
「わあーい!!」
リヒトが駆け寄ってきて、サミュエル先輩の膝へふわっと座った。
「ご指名、ありがとうございます」
にこり、と黒髪をさらさらさせながら微笑んだ。
「わあ、かわいい」
「サミュエル先輩、いいにおいがする。シャンプーの香りかな」
サミュエル先輩の首筋に顔を埋めている。
「だ、だめ!それ以上はだめだよリヒト」
「じゃあなんの香りか教えてください」
「コロンだよ、石鹸の香りの」
「みんな指名してここハーレムにしようぜ」
「ハーレム!」
僕はそのパワーワードにツボをえぐられもう涙目だ。
「おれがいちばん需要なさそうなので、オーダーを取ります」
「え!!次俺スピカ抱っこしたいなって思ってたのだけど」
「ご冗談を」
「本気だよ?!」
「スピカを抱っこするためにはまぼろしのゴールド会員にならなくてはならないシステムに、今した」
「URスピカ」
「レモン水をどうぞ」
「いいぞ!いいぞ!もっとやれ!!」
「トーションもどうぞ」
ロロと蘭も加わり大騒ぎだ。どんどん新たな謎のシステムが作られたりしていく。
「それにしても、今日は暇ですね」
「うーん、でもこういうどうしようもないあそびができるっていいじゃん、なんか」
静かにテキーラを飲んでいた黒蜜店長とクレセント店長がにこにこ笑いながらやってきた。
「たのしそう、ぼくたちもまぜて」
「クレセント店長はこちらへ、黒蜜店長はクレセント店長のお膝の上に座りますよね」
「うん、お気遣いありがとう!」
「おいで、シュガー」
「はぁい」
「黒蜜店長は仔猫のようです」
「そう?君だってモルモットみたいで可愛いよ」
「なぜか分からないけど幸せな気持ちになるんだよね、このメンバーが集うと」
「わかる、テンションの上がり下がり加減がにてるというか、一人ひとり個性が強いけど、波長が合う」
「むりしなくていいかんじですね」
「それそれ」
「だいたい、わかっちゃうよね」
「うん」
「と、いうわけでアルバイト終了!!お疲れ様でした!!」
「やったー!!!!」
「お疲れ様!!!!」
「今日はお客様、来なかったけど、たぶん怖い顔で俺たちが店の外を睨みつけていたからだろうな。お客さま逃しちゃったかも。ごめんなさい」
「楽しかったからこれはこれでいいの!さあ、打ち上げだ!!なんでも好きなものを頼んでよ!!」
僕たちは全力で、歌い、笑い、転げ、食べ、のみ、じゃれ合い、抱き合い、拍手し、てをとり、おどり、はしゃぎまくった。
この、雇われる、という経験は、多分大人たちの手を煩わせることだらけだった。それでも、この達成感は、もう明日から来なくていいよなどと言わず、教え導いて下さった人生の先輩たちのお陰で生まれた感情だ。それを忘れてはならない。寛大で優しい大人たちがいなければ、僕たちは今ここに立てていなかった。
ありがとう。心の底から思った。僕は窓際を眺めるふりをしてぽろぽろとないた。
「……エーリク」
「……大丈夫、スピカ、ありがとう」
「わかります、エーリク……うわぁあ……」
僕は涙を振り払って、泣きべそをかいていたロロを担ぎあげた。そしてくるくるとターンを決めてそっとソファに下ろした。
「いい経験だった。また依頼がいただけたらいいなとおもう。ね、ロロ、みんな!」
「もちろんさ!繁忙期にまたお声掛けしてもいいかい。とてもとても助かった!なにしろ、とっても楽しかった!!ありがとう!!」
ロロがぎゅっと僕の腰に抱きついてくる。見上げてくる紺碧のおおきなひとみが、潤んでいる。僕はハンカチでそれをぬぐった。ぬぐってもぬぐっても溢れてくる。
「王子さま、そんなになかないで」
「だって、だって……ぼくたち、がんばれた。みんなの、ここにいるみんなの誰が一人かけていても、こんなに、ちゃんと、おわれなくて、だから、だから、」
「うんうん、よしよし」
「エーリクのお兄ちゃん度が、10あがった!」
「ちょっともう、ゲームじゃないんだから」
「小説かもね」
「まあどっちでもいい、さあ、チョコレートリリー寮に戻ろうか。では、またあしたからは、普通のお客になりますが、よろしくお願いします」
「お疲れ様、また夏頃、お手伝いを頼むよ。今ちょっとしたプランを練っているから、それもゆっくりまた」
「店長さんたち、ノエル先輩、サミュエル先輩、みなさんありがとうございます」
「お疲れ様でした!」
僕は電池切れをおこしたロロとリュリュを抱え杖を一ふりした。
「……ふう、愛しの109号室」
僕はひとまずロロとリュリュをベッドに寝かせた。リボンタイを解き、部屋着に着替える。まだ寝るには早いし邸宅の誰かと話がしたかった。杖でくるくる家紋を描きながら空中をかき混ぜるようにしていると、鳳がすっ飛んできた。
「坊ちゃん!こんばんは!鳳でございます!!」
「あはは、鳳、こんばんは」
「お正月に素晴らしいお菓子を沢山邸宅に贈ってくださってありがとうございました、揚げまんじゅう、私の故郷のお菓子です。揚げたてのものを届けてくださって、本当にありがとうございました。ほかほかでとてもおいしかっ……」
「エーリク!!!!こんばんは!!!!」
鳳の感想をさえぎって、お父様がやってきた。走りよってくる。
「旦那様、はしゃぐのは結構です。ですが、夜のお務めは果たしましたか。可及的速やかにお返事しなければならないお手紙はお書きに……」
「書いた書いた。ほらここに。夕ご飯までに間に合わせた」
「優秀ですね、素晴らしいことです」
「坊ちゃんー!!!!」
「こんばんは!!」
レシャとファルリテがカトラリーケースをテーブルに置いて、駆け寄ってきた。
「こんばんは、そういえば例のプチトマト、上手にお父様に食べさせられた?」
「マリネにして白身魚のグリルにかけてみたんですけど」
「旦那様、大喜びでした」
「やったね、苦手なものがひとつ減った。ありがとう、エーリク。あのトマトならいくらでも送ってきてよ」
「それは良かった」
「年明けには、お菓子もたくさん、ありがとうございました」
「喜んでもらえてほっとした。ところで、今日、物語喫茶レグルスでの短期アルバイト最終日だったんだ。それをみんなに、きいてほしくて」
「それはそれは、お疲れ様でした。よく最後まで頑張りましたね」
「凄いじゃん、どんどん大人になっていく」
「坊ちゃん、お疲れ様です!」
「邸宅のみんなも頑張っているって思いながら、お勤めを果たしてきたよ」
「うっ……なんてありがたい……やさしいお言葉を頂戴してしまい……鳳は……嗚呼……」
「泣かないでって、鳳。このやり取り何度もしたよね?これが小説でなくてよかった、本当に。読者にものすごく退屈な思いをさせてしまうところだったよ。ところで、今晩のお夕飯は何を作ったの?」
「ミモザサラダと、バケット、生ハム、ブラウンマッシュルームのアヒージョ……メインはそんな感じで、旦那様と鳳さんのお酒のおつまみにくらげの和え物とか、ほうれん草のおひたしとか、ひじきの煮物とか、だし巻きたまごとか、まあ小鉢を色々。僕らもサングリアを一緒にいただくんです」
「いいなー、たのしそう。僕も早く大人になるから、待っててね」
「はあい」
「あと、坊ちゃん。旦那様がこのカレイドスコオプのペンダント、すごく気に入っちゃったみたいで、今度買いに行きたいって仰ってるんです」
「これとても可愛い。私もリュミエール・ミルヒシュトラーセって刻印してもらいたいんだ」
「鳳も欲しい?」
「お気持ちだけで充分でございます」
華麗に一礼し、口元と目尻にほほえみをたたえている。
「じゃあつぎはミルヒシュトラーセ家遠足かな、色々考えておくよ。晩酌の前に長々とごめんね。お母様にも、よろしく伝えてね。チョコレートをぱりぱり沢山食べて、魔女討伐、くれぐれも気をつけてとエーリクが言っていたと……」
「ん、エーリク、おはようございます」
「あっ、ロロが起きちゃった。色々お手伝いするから、今日はこの辺で。またね!仲良く晩酌、楽しんで」
「はーい!!」
交信はここでとだえた。ロロをそっと抱き寄せて、くるくると髪をとめてあったピンを丁寧にはずしていく。
「痛かったら言ってね」
「大丈夫です。エーリクは優しいですね、世話を焼いてもらってばかりで、ごめんなさい」
「ううん、僕はこの立ち位置をとても気に入ってるんだ……ローブ、脱げる?ルームウェアに着替えておいで。後でお風呂、リュリュも一緒に三人で入ろうか。バスボム使おう」
「はい!あと、ぼく、お茶飲みたい」
「例の烏龍茶を出すよ、良いものが手に入った。琥珀糖もある」
「わぁ、うれしい」
「リュリュの様子を見てくるね」
静かにベッドサイドに近づく。モノクルをそっとはずし、テーブルに置いた。ぐっすり眠っているように見えたけど、ぱちぱちと瞳を開いた。
「寝ちゃってた……エーリクが部屋まで連れてきてくれたんだよね、ありがとう」
身を起こすのを手伝う。背中へ手を回し、しっかり支えた。
「たすかる、いろいろ」
「どうってことないさ、リュリュ、本当によく頑張ったね、アルバイト」
「みんなに迷惑をかけるんじゃないかって、正直に言うとすごくひやひやした。でもこうして完走出来てよかった。エーリクたちに沢山救われた」
「ううん、きみ自身の力だよ、こんなに元気になって……出会った頃は体もすごく小さかったのに、ぐんぐん成長してるね。ひとりでルームウェアに着替えられる?」
「エーリクは……なんていうか、こころの奥底にあるつぼみがほころぶのを、優しく見つめてくれるようなひとだね」
「褒めすぎ!でも、きみが僕のことをそんなに美しい言葉で彩ってくれたこと、ずっとずっと、わすれない」
「よし、着替える!」
「うん!困ったことがあったらロロにお願いして」
僕はとっておきの茶葉で、丁寧にお茶を入れた。冬摘みの、この時期にしか手に入らない東の国のお茶だ。あまくてまあるい味のする、僕の大好物。鳳が、送ってきてくれた。
二人ともテーブルについて、あやとりの練習をしている。こんなささやかな遊びが僕たちの中で流行するだなんて思ってもみなかった。何でもやってみる事だなとぼんやり考えながら、お茶と琥珀糖をテーブルに並べた。
三人でお疲れ様!と労いの言葉を交わし合い、今回のアルバイトでの良かったこと、反省点、そして楽しかったことを色々と話して過ごした。
僕は初日、ロロが真っ先にレモン水を配膳したこと、そのすぐ後にリュリュがトーションを配ったことを全力で褒めた。素晴らしい行動力だったよというと、二人は顔を見合せてふわふわ笑った。
「ぼくは今日、コンセプトカフェ化したときに、お客様……ノエル先輩とサミュエル先輩と上手くノリを合わせてメロン曹達をジョッキで!パイナップルを添えてとオリジナルドリンクを作ったエーリクがかっこよかったと思います」
「あれは凄かったよね。まるでそういうところで働いた経験があるのかなと思ったよ。エーリクは客商売にも向いてそう。明るくて賢いし、人懐っこさというのかな、独特の愛らしさがある」
「そ、そう?なんか今日僕すごく褒めてもらってない?明日雷に打たれるのかな……」
「エーリクは、わかってない!!」
「気づいてよ!武器だよ?」
「さ、さあ、僕はさっぱり、よくわからなくて」
「ノエル先輩も仰っていたでしょう」
「うん……みんながそんなふうに僕を見ていたんだってことがわかって新鮮だった」
「ぽわぽわしすぎ!そしてそこも可愛い!」
「もう!やめてよ!」
「たのしそうー!!なかまにいれてー!!」
どんどんと扉を元気よく叩いている。リヒトは常に元気いっぱいだ。
「隣の部屋に、きっと声が聞こえていたんだ。開けていいよね」
「うん!いらっしゃい」
「先程ぶり。お疲れ様!すごくいい香りがする」
「良い茶葉が手に入ったの。座って、その辺、適当に、どこでもいいよ」
「おじゃましまーす」
「ロロ!リュリュ!」
「蘭!こっちにおいで」
三人の天使たちが僕のベッドに潜り込んだ。ロールケーキのように布団にくるまってこちらを眺めている。
「エーリクのお布団、いいにおいがする」
「湯上りに毎日、ばらの香りのボディミルクを使っているからかな、なんだか恥ずかしいからあまり嗅がないで」
「寝そう」
「寝ないで!」
「あはは、大変だなあ、エーリクは良いお兄ちゃんだ」
「笑ってないで助けてよ、寝るなら自分のベッドに移動!」
ロロとリュリュと蘭は、目を閉じたまま動かなくなってしまった。
「とりあえずお茶をどうぞ。琥珀糖も良かったら」
「いただきます、冬摘みのお茶……そういうのにこだわったことがなかったからうれしいな」
「なにこれ!わ!!おいしい!!」
リヒトはいつでも素直に笑うから、お茶を振る舞うこちらが嬉しくなってしまう。
「美味しいな、これはくくりとしては……」
「東の国のお茶。高山岳部で採れる希少なものなんだけど、鳳が方々に手紙を何通も書いて手配してくれた」
「鳳さん、すごいな……なんだか、ミルヒシュトラーセ家の本気を見た気がする」
「あはは、まあでも僕とは変わらず仲良くしてくれるでしょ?」
「当たり前じゃないか。しかし美味しいなあ、これは最高。逸品だ」
スピカが大絶賛している。
「この琥珀糖もいいね。フローライトみたい」
「あのさ、せっかくこんな素敵なお茶が手に入ったから提案なんだけど……焼き小龍包パーティーしない?この部屋で。僕が唯一作れる料理なんだ、焼き小龍包」
「焼き小龍包ってなに?」
「スピカがこの間、小さい肉まん食べてたでしょ?あれに似てる。あれより皮が薄くて、スープがどばあっで溢れ出るの」
「美味しそうだけど難しいんじゃない?」
「包むのに少しコツがいるけど、慣れればどんどん量産できる。リヒトとスピカは器用だから、直ぐに僕を追い越すよ」
「ノエル先輩とサミュエル先輩も呼ぼう」
「うん、賛成!でもお忙しくないかなあ」
「珍しいものだから、きっとやって来るさ、明日にでもお声がけしよう」
「みんなで包んで焼いて食べるの絶対楽しい」
「交代しながらやろう。これも、鳳が僕に仕込んでくれたんだよ、ゆっくり東の国の物語や、鳳のお家のおはなし、ミルヒシュトラーセ家に務めることになった経緯とか、いろんなはなしをしながら、二人で包んで。だんだんと、レシャとファルリテ、執務を投げ出したお父様も途中で合流して、楽しかった」
「レシャとファルリテさんも誘ってみたらどうだろう」
「一応声はかけてみようか、あの二人、めちゃめちゃ包むの早いよ。手際がよすぎるから、どうせならって焼売とか餃子まで作りだしかねない」
「焼売と餃子って何?」
「うーん、それもまあ系統としては具を包んで焼いたり蒸したりする感じなんだけど、おいしいよ。ご飯が止まらない」
「東の国ってすごいね。大人になったら、みんなで旅行に行きたいよ。焼き小龍包とか。蘭も知っているのかな。もうすっかり眠っちゃってるね」
「ふふ、可愛い……多分、東の国では日常的に作るものだと聞いているから、好きな気がする。焼き小龍包といえば、黒蜜店長も上手だよ。取引先の方に習ったんだって。一度差し入れてもらったの。109号室の三人で食べちゃったんだ。きみたちをよべなくてごめんね」
「なるほど、なんだかそのあたりの話も面白そう。直接聞いてみようよ、きっとまた学院界隈をワゴンで回ると思うから」
そんな話をしながら、僕たちは緊張の糸をほぐしあった。今日の寝床、どうしようとおもったけど、何とか僕も無理やり丸まれば眠れそうだ。試しに潜って顔だけ出してみると、リヒトとスピカがお腹を抱えて笑っている。
「エーリク!かわいい!」
「写真を撮ろう!」
かなり愉快な絵面だったようで、スピカがトイカメラのシャッターを切った。
「そんなに笑わないでよ」
「だって、ほら、ごらんよ」
「……まるで燕のひなだ、親鳥待ってる時ってこんな感じだよね」
あまりにシュールすぎる様子に僕も笑ってしまった。
「まあ、ロロとリュリュのベッドを無断で使うのはなんだか落ち着かないし、こうするしかないもん」
「じゃあ、おれたちは自室に戻るね。蘭の世話を宜しく。お疲れ様、またあした」
「うん、またあした!電気消していって」
「はーい!」
「おやすみなさい」
「おやすみ!」
しばらくもぞもぞしていたけれど、ゆっくりとねむけがやってくる。アルバイト、一生懸命頑張ってよかった。このメンバーで、やりきって、本当に本当に、よかった!
僕は、静かにもたらされた眠りに屈し、とろけるようにあまい眠りへと落ちていった。

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