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Happy birthday!(改稿)【チョコレートリリー寮の少年たち】

きょうはいよいよ、僕の誕生日パーティーが邸宅で催される。楽しみで気持ちが高ぶり、なんだか上手く寝付けなくて、うとうととしているうちにあさをむかえてしまった。洗面台で身支度を整え、式典用ローブに着替てから、鏡台に座る。じっと自分の顔を見つめる。ひとつ歳をとったけれど、昨日の僕と全く同じ僕が写っている。
誕生日って、ふしぎだ。
ふわふわな髪を、ファルリテに借りていたコテでくるくるにする。全然うまくできなくて、四苦八苦の末どうしようとうなだれていたら、時空が歪む気配がした。
「坊ちゃん!」
「おはようございます!」
「レシャ、ファルリテ、おはよう!」
「お誕生日おめでとうございます!!」
ふたりが唱和して胸に手を当て、綺麗にお辞儀をした。そしてそのあと、二人して瞳に涙をたたえながら抱きついてくる。僕はお兄様たちを、ちからいっぱい抱きしめた。
「ふたりとも、ありがとう!」
「お姿を整えようとやって参りました。衣装も、こちらに」
「一人で試みていらっしゃったのですね。立派です。お召換えを」
ぴかぴかなスパンコールが縫い付けられている衣装を押し付けてくる。本日の主役!と書かれたタスキもセットだ。
「うわ、何その金色のスーツ!変なタスキ!やめてよ、変な歌手が着てるやつみたいじゃないか。僕式典用のローブで行くよ。こんなの着ていったら、みんなにひやかされるもん。絶対いやだ」
「えー!せっかく今日のために誂えましたのに」
「お似合いだと思うんですけどね……」
「いやだよ、このローブ着ていく」
「うーん、今日は坊ちゃんが主役ですから、嫌がることはやめましょう、なるべくかっこよくしますので、御髪だけでも」
「うん、ファルリテ、まかせるね」
「ワックスはこちら」
「ありがとう、レシャ」
「エーリク、おはようございます!そしてお誕生日おめでとうございます!」
「おめでとう!!!!」
ロロとリュリュがナイティを引き摺りながら、駆け寄ってきた。ぶわっと天井から銀テープが降り注いでくる。
「うわあ、すごい!」
「あはは、ロロくん、リュリュくん、おはようございます、坊ちゃん、人徳ですよ、こんなに祝福されて……なんだか僕らまで誇らしい気持ちでいっぱいです。なにせ、ご幼少の砌からお世話をしたり、ご一緒にあそんだりさせていただいておりますので。ロロくんもリュリュくんも、お召換えを」
そんな感じで準備をしていたら、どんどんと扉を元気よく叩く音が聞こえる。
「エーリク!おはよう!ハッピーバーズデー!開けて!」
リヒトの叩き方だ。
「いいよ、入って!おはよう!今ちょっと僕動けないから、ロロ、開けてあげて!!」
「うわーっ!!!!」
「ハッピーバーズデー!!」
リヒトを先頭に、スピカ、蘭、ノエル先輩、サミュエル先輩、セルジュ先輩、レーヴ先輩に悠璃先輩、立夏がばたばたと部屋へなだれ込んできた。
「あっ、はじめましての方が。僕らはミルヒシュトラーセ家の使用人のレシャと、」
「ファルリテです!」
「使用人なんかじゃないです。兄弟の契りを交わした、お兄様達です」
「お招きありがとうございます。今日という日をすごくすごく、楽しみにしていました!」
レーヴ先輩が代表して挨拶をする。レシャが腰をおり、ふわりと笑んだ。
「坊ちゃんのご学友の皆様方、本日はとてつもなく楽しい一日にしますよ!」
「みんな、ありがとう!!」
身動きが取れないまま、一声叫んだ。それが合図だったかのように、リヒトが杖を振るう。さらにピンク色の銀テープが舞い落ちる。星屑もきらきらと床に振り落ちて、ぱちぱちと硬質な音を立てた。
「わあ、これはたいへん」
「後で僕が綺麗に片付けます。魔法で一瞬です」
セルジュ先輩が朗らかに仰った。
「坊ちゃん、だいぶふわふわになりましたね。毛先にワックスをつけて遊ばせましょう」
「ありがとう、うれしい。普段はちょっと髪を濡らす程度だから」
「なんですか、このうかれたお洋服は」
リヒトが目ざとく衣装をみつけて笑っている。
「これはいろんな意味ですごい」
「本日のパーティーのために取り寄せたのに、着るの嫌だと駄々を捏ねまして、結局式典用ローブでご帰宅されるとの事です」
「みんな!おはようー!」
「あっ、黒蜜店長とクレセント店長、おはようございます」
なかよくふたりがふわりと舞い降りてきて、着地すると頭を下げた。
「魔法の指輪があればぼくらふたりくらいならばなんとかなる……皆、おはよう。そしてエーリク、お誕生日おめでとう。そしてパーティーにおまねきいただいて光栄だよ」
「やあやあ、エーリク、ハッピーバースデー!チョコレートリリー寮のみんな、おはよう!レシャさん、ファルリテさん、お疲れ様です」
「これでメンバー全員かな」
「鳳さんが車を出すと言っていましたが、色々忙しそうだったので、僕らが皆さんを魔法でお迎えに上がったのです」
「それはそれは。ありがとうございます」
「パーティー開催時刻には少しはやいのですが、行きましょうか。きっと旦那様と鳳さんが喜ぶと思いますので……ノエルくん、セルジュくん、ちょっと手助けいただけるとありがたいです。坊ちゃんが身なりを整えましたら、邸宅へお連れ致しますね」
「わあ、エーリクが凛々しい!」
「いつもはふんわりしてるけど、やっぱりレシャさんと、ファルリテさんは、すごいです!」
「かっこいい!」
「リヒト、きみだって桜色のリボンの編み込み、黒髪にとても映えてる。かわいいよ。スピカにやってもらったの?」
「ううん、最近はぼくひとりでもできるように教わって、練習したんだ!えへへ、かわいいだなんて照れちゃうな」
「さて、坊ちゃん、こんなかんじで如何でしょうか」
「うん!かわいい!ふたりともありがとう!」
「それならば早速邸宅にお連れします。皆さん、全員手を繋いで。一瞬で行きますよ!」
「集中ー!!」
「集中!」
そこでノエル先輩とセルジュ先輩が、不思議なステップを踏んで、かかとを鳴らした。すると本当に一瞬で、邸宅の大ホールに到着していた。
「エーリク!!ハッピーバーズデー!!」
大階段を走り降りてきたお父様が、僕をぎゅっと抱きしめた。三歩後ろから、ダークスーツに身を包んだ鳳がやってきて深々と頭を下げる。
「エーリク坊ちゃん、お誕生日、誠におめでとうございます。私、鳳はもう、喜びで胸がいっぱいでございます。畏れ多いのですが、抱きしめさせてくださいませ」
鳳に飛びつく。長い腕を伸ばして優しく背中をとんとん叩いてくれた。
「あんなに小さかったエーリク坊ちゃんが、もう、こんなに成長されて……ご学友の皆様、ようこそミルヒシュトラーセ家へ。精一杯おもてなし致します。何名様か、初めましての方がいらっしゃいますね。私はミルヒシュトラーセ家の執事を務めさせていただいております、鳳、と申します。嗚呼、レーヴ様、お久しぶりでございます」
「お久しぶりです。アルストロメリア家を代表してまいりました。父から手紙をあずかっております。エーリクのお父様、鳳さん、忘れないうちにお渡ししておきますね。レシャさんとファルリテさんにも」
「わあ!うれしいです!」
「僕たちにまで!」
「ありがとうございます、お返事をしたためたいと思います」
「うーん、私口頭で述べるから、筆跡コピーしてよ鳳」
「わがままを言わない!!」
本日第一回目の雷が落ちた。
「ふうん、まあいいや、がんばる。とにかくウェルカムドリンクを少年たちに。私にはサングリアと、レシャとファルリテも呑もうね。鳳も。付き合ってくれるよね」
「はい!お勤めを果たし終えたらぜひご一緒させてください。チョコレートのスコーンを沢山焼きました。そして、上等なクロテッドクリームを手配しましたので、お楽しみに。ティースタンドに盛り付けた軽食をお持ち致します。後ほど、ビーフストロガノフをお出ししますので、そちらもお楽しみになさっていてください」
リヒトと立夏が瞳をきらきらさせながらお辞儀をした。
「ぼく、ビーフストロガノフなんて食べたことがないです」
「僕もです!ああ、邸宅の皆様、初めまして。お招きありがとうございます。ぼくは立夏と申します。立つ、夏、と書いて立夏です」
「立夏くん、はじめまして。いらっしゃいませ。ビーフストロガノフ、なかなか美味しく仕上がりました」
「まあ、みんなすわって。エーリク、おおきくなったなあ、本当に」
「みんなのおかげです。お父様。僕はひとりじゃ、こんなに大きくなれなかった。至らないことだらけの僕だけど、みんなが、愛してくださるから、今日という日を迎えられたんです」
「なんて愛おしい言葉をつかうんだい、エーリク」
レーヴ先輩がひとみをぱちぱちさせて、僕の手を取った。
「ほんと、こういうことをさらりと自然にいうから、エーリクはみんなから愛され、好かれるんだよね」
「それ、すごくよくわかります、あたたかくてやさしいともだち……」
サミュエル先輩と立夏が追い討ちをかけてくる。僕はすっかり照れてしまって、みんなにソファにすわるよう促した。
「レシャ、ファルリテ、ティースタンドをならべてください」
「はーい!鳳さん」
「レシャ、いくよー!」
「集中ー!!」
みるみるうちに机上にご馳走が並ぶ。僕たちは拍手でふたりを称え、歓声を上げた。
「すごい、ふたりとも!」
「いえいえ、たいしたことではなくて」
「レシャ、ファルリテ、お疲れ様。きみたちもすわって」
「宜しいのですか」
「今日はなんてったって、エーリクの誕生日だから。みんなで盃を酌み交わそう」
「僕らが魔法で色々やりますので、鳳さんも座ってください」
「それでは、遠慮なく。失礼致します」
「東の国のお酒を持ってきて。勝負だ」
「負けませんよ」
「ふたりとも、潰れないでね……」
そんなこんなで、僕たちはグラスを手にとって、かちん!とぶつけ合った。
「エーリク、お誕生日おめでとう!」
「おめでとうございます!」
「おめでとう!!!!」
降り注いでくるお祝いの言葉に、ぼくはにこにこ、笑いながら、お辞儀をした。
「ありがとう!みんな!!」
黒蜜店長とクレセント店長が、テキーラをすごい勢いで飲みながら、春巻きを食べている。
「おいしいね、これ!作ったのは鳳さんかな」
「その通りでございます」
「とっても、おいしい!エーリク、食べなよ」
「いただきます、ありがとうございます、黒蜜店長」
お皿に乗せてもらった春巻きを食む。ぱりぱりした食感がたのしくて病みつきになりそうだ。
「立夏、遠慮しないでね」
緊張の面持ちの立夏のお皿に春巻きを乗せた。嬉しそうに微笑む。ちょっとほっとした。
「ありがとう!故郷でよくたべていた。嬉しいな!」
「立夏くんも東の国からやってきたのですね」
「はい!鳳さん、どうぞよろしくお願い致します」
「こちらこそでございます。ぜひ鳳とも仲良くしてやってくださいませ。旦那様、盃を」
「ありがとう。鳳もどんどん飲んじゃえ。今日こそ絶対に負けないぞ」
「勝負はやめてください!お父様!絶対お父様が潰れてしまう」
「えー、そんなことないよ。祝い酒だし、いいじゃん」
「もう!仕方がないなあ……」
「エーリク坊ちゃん、ゆるしてさしあげてください。今日という日を楽しみに、旦那様は執務をしっかりこなされました」
「鳳まで!」
「そんなわけで、私は呑む」
「レシャと、」
「ファルリテも呑みます」
「エーリク、呑兵衛になりそうだな、おとなになったら!」
「ノエルもそう思う?僕もそう思っていたところさ」
サミュエル先輩がそう言って、子どものサングリアをのんだ。
「ベリーたっぷりで美味しいです!」
「喜んでいただけてよかった。大人になったら、みんなで飲み会をしましょうね」
「わあい、やったー!」
リヒトが瞳をきらきらさせている。
「ぼく普段からウイスキーボンボンを食べているので、呑兵衛になります!!」
「リヒトくん、ウイスキーボンボン、ギリギリセーフだね。将来有望だ。楽しみ!」
「スコーンが、本当に美味しい!!このクロテッドクリームが、ものすごい!!チョコレートが大好きなリヒト、食べないと損です!」
天使たちが悲鳴をあげてスコーンをトングでつかみ、みんなのお皿によそってまわる。
「あ、だし損なっていた。俺、クッキーシューを焼いてきました」
「さすがノエルくん!ぜひこのお皿にどんと乗せてください」
「エーリクの大好物だもんな。ハッピーバースデー」
「ありがとうございます!」
「リクエストにお応えして、ホイップクリームとカスタードクリームをつめた」
「それから……」
黒蜜店長が、みんなをぐるりと見渡した。なんだか、にやにやと、頬を緩ませている。
「ぼくから、渡すね。みんなの連名でこれを。エーリク、本当にお誕生日おめでとう」
黒蜜店長が鞄から、立派な箱を取りだした。
「ありがとうございます、みんなの連名?なんだろう、開けてもよろしいですか?」
一年生も二年生も三年生も、顔を見合わせている。
「みんなからなの?」
「うん、開けてみて、ぜひ!」
するりとブルウのリボンを解くと、重厚な造りの立派な万年筆が入っている。僕は思わず立ち上がった。
「こんな、すごい品を!!本当に宜しいのですか?!」
「ここにいる全員からのプレゼントだよ。ぼくが代表して渡すのも、くじを引いて決めたの」
「みんな……ありがとう……宝物だよ、すごい……!一生ものだ。本当に嬉しい。どうしよう」
「隠しておくの辛かった!!」
「ばれやしないかって、本当にはらはらしたよね」
「でも、こんなによろこんでもらえて、うれしいです」
「エーリク、だいすき!生まれてきてくれて、出会ってくれてありがとう!」
リヒトがぎゅっと僕を抱きしめにきた。僕もなみだをぽろぽろとこぼしながら、リヒトをぎゅっと抱く。
「ありがとう……みんな……」
「そんなに泣かないで、よしよし、よしよし」
「うう……エーリク坊ちゃん、本当に、ご立派になられました……!」
鳳まで泣き出し、僕が編んだレースのハンカチでひっきりなしに涙を拭っている。
「鳳!」
「エーリク坊ちゃん!!」
「うわぁん」
ぎゅっと抱きつくと、鳳がますます泣く。
「感無量でございます……!!」
「なんか、ぼくまで泣けてきた」
「シュガー、大丈夫?」
「うん……良かったなあって。こんなに生まれてきたことを称えてもらってる。仲間たちに、エーリク、愛されてる」
「本当だね」
「さあ、どんどんお召し上がりください。お酒もまだまだいっぱい、色んな種類のものを用意しておりますので、大人たちは飲みまくりましょう!はめはずしちゃえ!」
「ファルリテ!呑みすぎ!」
「うーん、僕も東のお酒、呑んでみたいなあ」
「適度に適量をだよ……」
「まあそんな硬いことは言わず、今日くらいいいじゃん」
「頼むから気絶しないでね」
「盃、あと四つ。黒蜜とクレセント、そしてレシャとファルリテの分も冷やしてあるよ、呑もう呑もう、めでたい!」
「旦那様、いつのまに」
「冷蔵庫の奥の奥に隠してあるから、見つけ出して持っておいで。入念に隠した。ついでに焼酎を。紫蘇フレーバーの面白いのが入ってる」
「わあ、ぼく紫蘇だいすき!そんなおさけがあるんだ」
「うん、きっと黒蜜が、好きなんじゃないかって取り寄せたの」
「私の知らない間に!すごい仕事をされましたね、旦那様!素晴らしいです」
「こっそりうけとるの、結構難しかった。いつもは鳳が方々に手紙を書くだろう。私もやってみたんだ」
「旦那様も……ご立派でございます……本日のために……後でたっぷりご褒美を差し上げます」
「えへへ、鳳にほめられた!!」
「じゃあ僕が持ってきます。ファルリテはのんでて。転んだら危ないから」
「あっはっはっ、大丈夫だって!」
「やばいやばい、そうなってる時の君はやばいんだって。いいから、座ってて」
「旦那様ぁ、僕そんなに酔ってないですよねえ!ふふふ、ふふふ」
「酔ってるよ、ファルリテは絡み酒をするからとてもわかりやすい」
「さあさあ、そんな妙なことは言わず旦那様、盃を」
お酌をしながら、ファルリテがますます頬を緩ませる。
「未来の息子たち……毎晩こんな感じになるのかなあ。たのしいからいいや。鳳はどんなに呑ませても、いつまでたってもしらふだし、おかしい」
「ぼくたちのぶんまで、ありがとう、リュミエール」
「恐れ入ります」
「いつも美味しいお菓子をつくってくれてありがとう。毎週一回届けてくれるゆめみるタルト、心の底から嬉しいんだ。1000Sなんて、安すぎるよね、あんなに立派なものを。お疲れ様。お礼にもならないかもしれないけれど、楽しんでね」
「ぼくとリュミエールの仲じゃないか。でもありがとう、素直に嬉しいよ」
「見つかりませーん!」
「野菜室のね、レタスの下!!」
「こ、こんなところに。しっかりラップで包んであるじゃないですか、いまお持ちしますね!」
「レシャも強いんだよなあ」
「少年たち、というか将来の飲み友達。グラスが空っぽ。モクテルでも飲む?私が作ってあげよう」
「ええっ、そんな!お手を煩わせてしまいますので」
「ちょっと悪いことしてる気分になるだろ?共犯者だ」
いたずらっぽく微笑んでお父様が立ち上がった。僕も席をたち、お父様の腕に頬を寄せた。
「お手伝いします」
「エーリク、いいから!きみ、今日の主役だよ?その代わり、誰か一人ついてきてもらえないかい」
「じゃあぼくが」
「立夏もせっかくの初めての邸宅だから、すわってて」
「おれがいきます、リヒトも」
「うん!!いこういこう!ミルヒシュトラーセ家の厨房、すごーく気になる!!」
「ありがとう。よし、いこうか」
「私の出番ですのに」
鳳がホールへ戻ってきて、いろいろなお酒や杯を配膳しつつ言う。
「きみももう座ってて、たまには羽根を伸ばしておくれよ」
「鳳、お父様の言葉に甘えて色々食べてゆっくりしよう」
「はい!では、そうさせていただきます。そういえば、悠璃くん、セルジュくん。先程から無言ですが、どうかなさいましたか」
「いや、本当に立派なお屋敷だなあって。どこをながめてもぴかぴか。邸宅の皆様のお仕事、すごいですね……シャンデリア、きらきらしてて綺麗」
「本当に。埃ひとつ舞ってない……普段から行き届いたお手入れをされているのでしょうね」
「そういえば、レーヴ様。お父様の最近のご様子はいかがですか?お元気でいらっしゃいますか。鳳を気遣った内容の、お手紙をいただくことがございます」
「あ、ああ!ええ、まあそこそこです。持病の腰痛が酷いけれど、リハビリを兼ねてハーブの栽培をはじめたそうです」
「それはなによりですね……それでは、ダンスパーティーの支度を段々と……」
「鳳!!やめて!!」
僕は首をぶんぶん横に振った。レーヴ先輩がにやにやしながら、僕の手を取る。
「ワルツ教えるって言ったじゃん」
「だめだめだめ、やめましょう、勘弁してください、レーヴ先輩」
「えー、残念だなあ。いくら蹴られてもいいように、覚悟してきたのに」
「レーヴ様、そのうちレッスンにお招きしますね。鳳はバイオリンを弾きながら、一緒にびしばしやることに致します」
「鬼コーチだ、ぼくもワルツ、踊れるようになりたいなあ」
「僕も!」
「厳しそうだけど、楽しそうでもあるね」
ロロとリュリュと蘭がくすくすと笑っている。
「皆さん、一緒に練習なさるといいでしょう。身につけておいて損は無いですよ」
「リュリュ、結構運動神経いいんだよなあ」
「この前の高跳び、すごかった」
「大人の皆様おまたせしました!入れ替わりに戻ってきましたよー!」
「お疲れ様です、レシャ」
「どんどんもってこーいっ」
「あーあ、ファルリテ、全然だめじゃないか、ほら、気付け薬、これ飲んで」
何やら紫色の飲み物を飲ませている。するとみるみるうちにしゃんと背筋を伸ばし、ちいさく、ああ、と声を上げた。
「もしかしてその紫色の気付け薬、僕のうちのですか」
「あ、そうそう、セルジュくんのお兄様が……月に一回ミルヒシュトラーセ家に置き薬を届けてくださるのです。今のは酔い覚ましの魔法の籠ったお薬で、ほら、ファルリテ、もっと呑みたいんだろう、しっかりして」
「お役に立てたようで何よりです」
「うん、紫蘇の焼酎呑む。ありがとうございます、セルジュくん。ご実家の皆様によろしくお伝えください……もうすっかり酔いがリセットされた。今日はきみを潰す勢いだけどいいの?」
「潰すとか潰されないとか、競うものごとじゃない。旦那様もいつもそんな事を鳳さんに言っていて、結局潰れてるよね」
「私の噂?おまたせおまたせ。リヒトくんとスピカくんの作った美味しいモクテル、持ってきたよ!味見させてもらったけど、これは本当に美味しいね、シンデレラっていうモクテルだってさ」
「すごいジョッキ!氷がきらっきらしています……ではそれは俺が配って回りますね」
「僕も手伝うよ、ノエル」
「あぁぁぁぁ、手伝う!」
「サミュエル、悠璃、じゃあジョッキを回してあげて」
「はーい!」
「おいしそう、これはどうやって作るものなの?」
「オレンジジュースとレモンジュース、そしてパイナップルジュースを混ぜ合わせて作ったモクテルです。特にパイナップルの味が強めです」
「ああ……スピカ君、スピカ君のモクテル……ああ……」
「レグルスでのアルバイト中、何回も作ったよね。今日はレモンジュースの比率を抑え目に作りました」
「さっすがー!私はステアしただけ。ふたりともすごいね、さあ、かけて、のんびりして。手伝いを頼んで悪かったね」
「いえいえ、お役に立てて嬉しかったです」
「たのしかったー!厨房、色んなオブジェや絵画がいっぱいで、ミュージアムみたいだった。あれも魔法がこもったものなのかなあ……なにかありましたら是非リヒトにお声がけ下さい」
リヒトが誇らしげに胸を張った。そんな様子を見ていたらすっかり僕らは和んでしまって、お父様のお皿にぽいぽい春巻きをのせた。
「こんなに食べられないよ……さあみんなで紫蘇フレーバーの焼酎、呑んでみようか」
「いいなあみんな、お酒飲めて」
僕が心底羨ましそうに言うと、大人が全員、にっこりと微笑んだ。
「早く大人になることですね。でも……それでもずっとずっと、私の中では変わらない、エーリク坊ちゃんです。旦那様も嘗て少年だった頃から、ずっと変わらず愛おしい」
「それなら雷落とすのやめてよ、ねえねえ」
「駄々っ子しない!そして春巻きをぼとぼとテーブルに落とさない!!」
「ひい、こわいこわい。鳳は昔からこうだよね、エーリク」
「エーリク坊ちゃんも幼少の砌にはたくさんのミートボールを生ゴミ化させましたが、今では見てください、あんなに器用にシルバーを扱っていて……立派でございます。素晴らしい。旦那様の方が子どものようではないですか、叱られても当然と言えます、だいたい……」
「あーもう、鳳、のもうのもう、呑んで忘れよう」
「なんだか上手く言いくるめられた気がいたしますが、まあ、いいでしょう」
「あっはっはっ!!」
「レシャ、呑みすぎ!」
「きみに言われたくないよ!」
「おいしいね、シュガー」
「うん!とっても!おいしいしたのしい!!紫蘇の焼酎、めずらしいね、ぼくも東の国出身だけど、これは初めて見た。珍しい品だ」
「僕はそれ、実は知っていました。父がよく呑んでいて」
悠璃先輩がそういってから、ぱりぱりと春巻きを食んだ。
「おやおや、そうかい。エーリクがお世話になっているってみなさんのおうちには一通手紙をしたためることにしよう。よろしく伝えてくれるかい」
「わあ、こんな立派なお屋敷のご主人様からお声掛けを!と、卒倒するかもしれません」
「と、とんでもないことでございます!」
「そんな、大したことないよ」
「たいした、ことです」
「言ったからには、旦那様、完遂されるという認識でよろしいでしょうか」
スケジュール帳をさっと取りだし、鳳がなにやら書きつけている。
「自分でハードル上げちゃった!」
僕が言うと、みんな声を立てて笑った。
「やられたなあ、まあ、いいか。楽しいし。そのうち皆さんのおうちの方々も呼んで、ダンスパーティーでも開こうか」
「嫌だなあ」
「私はダンス、すっごく得意だから、かっこいいところをみんなに見せたい。ねえ、鳳。私のダンス、かっこいいよね?」
「そうですね、まあ、そこそこお上手ですね。披露しても問題ないと思われます」
「辛口評価!まあ鳳の方が上手いんだけどさ」
「次期当主が無様だと、お父様、困ると思うのですが……」
涙目でお父様を見上げる。にこにこと笑いながら、元気よく頷く。
「よし!エーリクにはご挨拶してまわってもらおうかな、そういうのは、私苦手だから、踊り狂って遊ぶよ。よろしく頼むね」
「はしゃぎすぎないかなあ、心配です。とりあえず、狂わないでください」
「おれたち、だいぶ度胸がついたよね。レグルスでのアルバイトの経験のおかげで」
「エーリクがばしっときめるところ、みたいよな!」
「たのしそーう。真宵が言ってたよ、みんなすごく立派にお勤め果たしたって」
「すごいなあ、ぼくもそういう声を出したりとか、うまくなりたいなあ、」
「立夏も雇われてみるといいよ、ぼくから真宵に、一言伝えておく。夏の可愛い制服縫わせてよ」
「ぼ、ぼくがですか?その、アルバイト……制服……?」
「うん!楽しいよ、レグルス行ったことある?」
「ううん、知らない。ごめんね、いまはなしが見えなくて、その、そこで、君たちがアルバイトしたってほんとう?」
「うん、冬にね」
「じゃあ先ずレグルスを紹介するところからだなあ、真宵、喜ぶよ。しかし……これだけ美少年たちが集ったら、それはガイドマップにも載るってもんだよね」
「美少年って、僕らがですか」
「自覚ないの?」
「ないです」
「さっぱり」
「なんて恐ろしい子達!!」
お父様が鳳によりかかりながら悲鳴をあげた。鳳は真っ直ぐ伸ばした背を崩さず、淡々と焼酎をのんでいる。たまに、お父様の頭をそっと撫でる。
「ほらー、結局は鳳、優しいんだって!ツンデレだよね」
「なんですか、ツンデレって。はいはいもう、旦那様。そろそろビーフストロガノフの支度がございますので、私はちょっと厨房へ……」
「お手伝い、しましょうか」
「セルジュくん、助かります」
「じゃあ僕はルウを温める魔法を、レシャはバターライスをお皿に載せる魔法をかけて」
「運ぶの、僕に任せてください」
「セルジュはすごい。飛び級セルジュって、もう君の噂でもちきりだよ」
「正式に同級生だもんね」
「ノエルとサミュエルと学べるなんて、僕すごく嬉しい」
「こういうところ、茶目っ気あって可愛いんだよなあ」
ミルヒシュトラーセ家の全員がかわりばんこに様子を見て作ったという、ビーフストロガノフがやってくる。
「あのね、そろそろ話しておこうかな」
お父様がきれいなシルバーを並べながら、僕に目配せした。あの事か、そう思った。頷きかえす。
「実はね、ずっと不自然に感じていたと思う。私の妻、エーリクの母にあたる人だけど」
「実はもう鬼籍なんだ」
「えっ、亡くなってる……」
「ごめんね、隠していて。魔女狩りをしていたのは本当。仕事をしたあとたましいがあの二階の部屋に戻ってきて、休んでるのも本当。そしてもう、たましいも掻き消えた」
「エーリク」
隣の席のスピカが、ぎゅっと手を握ってきた。僕はそっと、スピカに体を預ける。
「今まで黙っていてごめんね」
「そんなことより、掻き消えたって、もう居なくなってしまったの?それはいつ?」
「昨日の深夜、僕のバースデイを迎えた頃。もうお母様は、無事全ての仕事を片付けて、天国へ上がっていった。もうこの街から魔女もいなくなったよ。別れの挨拶はできたから、大丈夫。育ててくれてありがとうのお礼と、僕には僕を愛してくれる大事な人達がたくさんいるから安心しておやすみくださいって、言えた」
「そっか……でも、よかった。お別れ、ちゃんとできたんだね、エーリク……」
「亡くなったのはもうだいぶ昔の話なんだ。強大な魔女との戦いで、命を落とした。私もちゃんと泣かずにさようならが言えた」
「私にもご挨拶の時間を頂き、感謝しております」
「僕らもちゃんと言えました!」
「長い長いそれはながいこと、たましいになってまで、お勤めを果たされて、お疲れ様でしたと言えて少しほっとしました」
「辛かっただろうなあ」
「エーリク、本当に大丈夫?」
「うん!大丈夫。泣きたくなったらみんなの胸を借りる」
「こうやって皆で楽しく過ごしている様子を、きっとにこにこ眺めていらっしゃるね、そらのたかいところから」
「そうですね、さあ、ではその楽しい様子をもっと見て頂きましょう。セルジュくん、よろしくお願い致します」
「はい!」
タップダンスのように、ローファーを軽やかに鳴らしてびゅんびゅんお皿を喚びよせる。甘い香りが机上いっぱいに充ち、僕はみんなを見渡した。
「それじゃあ……まずはお母様、お疲れ様でした。そしてお誕生日おめでとう、僕!!みんな、みんなありがとう!!いただきます!!」
「おめでとう!!!!」
「エーリク、生まれてきてくれてありがとう」
「出逢ってくれて、ありがとう!!」
「エーリク坊ちゃん……おめでとうございます……!」
「鳳は泣くかビーフストロガノフを食べるか、どちらかにしなよ」
お父様がやれやれと眉を寄せ、新しいタオルハンカチを喚び、鳳に渡している。
「わあ、久しぶりにお父様の魔法を見た」
「マグノリアでは劣等生だったけど、この位のことならできる。私もまだまだ現役だな」
「旦那様!すごいです!」
「わあ!さすがさすが、マグノリア出身らしいお姿を見たのは久しぶりです」
「ふっふっふ……すごいだろう」
「ビーフストロガノフ、おいしいね。愛情、ってかんじのやさしい味がする」
「おいしい!」
「シュガーがトマトを使ったものをおいしそうに食べている……軽く感動してる」
「こうやって焼いたり煮込まれてるのはむしろ大好きだもん」
「わがまま!アクアパッツァのプチトマトも残すしなあ、きみの偏食に付き合う身にもなってくれ」
「僕もあまりトマト好きじゃないんですけど、これは本当に美味しい。さすがです、皆さん」
レーヴ先輩もにこにこと、銀匙を口に運んでいる。とても幸せそうに微笑んでいて、僕はついつられてふにゃっとわらってしまった。
ロロとリュリュと蘭が元気におかわりを注文している。控えめに、悠璃先輩もおかわりの声を上げた。その後から続いて先輩方が声を上げた。僕はひと皿、このくらいにしておこうと銀匙を置いた。
「ご馳走でした!」
「ああ、今日も本当にエーリクが可愛くて、私安心したな。うん、もちろんご学友の皆様も、みんな、満遍なくとてもかわいい!!私はきみたちを、エーリクを愛するように接するよ。エーリクはもちろん、私や鳳、レシャ、ファルリテとも仲良くしてやってね」
「ありがとうございます」
「なんかおれたち褒め殺しにあってないかなあ」
「こういうよい言葉のシャワーは、沢山浴びてよろしいかと、スピカくん」
「鳳さん、もうおれちびっ子扱いじゃなくなっちゃって、寂しかったんですけど、今のお言葉はありがたかったです。嬉しい」
「まあ俺たちからしてみたらまだまだちびっこたち」
「かわいがる!」
「みんなをよろしくね、先輩方」
「はい!」
「大切にしますよ」
「とりあえず、エーリクのダンスのコーチは僕に任せてください」
「本当に嫌だ……」
「第二体育館借りてやるぞ、俺、合鍵もってるし」
「ノエル先輩!!もう!!」
こうして愛し合える関係って、すごく素敵だなとしみじみ思った。お母様の温もりを忘れつつあった僕に、みんながたくさん愛を注いでくれる。泣くなら、みんなが寝静まった後にしようと思った。とりあえず今年もこうして歳を重ねられたことに感謝して、おもいきりわらうことにした。
くるくると変わる愛おしい表情、仕草、声、何もかもが大好きだ。だいすきだ!!
うまれてきて、よかった!
そこそこ甘やかされてそだってしまったけど、これからちゃんと勉強すればいい。賢く優しくありたいと思った。そしてぼくができないことを、がんばりな!と、あたたかく応援してくれたり、ゆるしてくれるみんなのことを、胸が苦しくなるくらい愛してる。
本当に、こころのそこから愛してる!!
また来年も、そのさきも、ずっとずっと、このメンバーで過ごしたい。
みんなもきっと、それを望んでいると思う。
「もうすぐに、鳳の誕生日だねえ」
今度はウイスキーを呑み始めたお父様が言った。
「私は使用人ですので、おきになさらず」
「鳳!使用人とか言うのやめよう。みんな家族だよ、ここ、ミルヒシュトラーセ家の。ここに骨を埋めるっていったじゃないか、それならばますます家族だ」
「そんな、もったいないお言葉を……」
「盛大に生誕祭を執り行うよ。あたりまえじゃないか」
「旦那様……」
「鳳さん!僕ら、とっても美味しいドライカレーを作りますよ!スパイスをたっぷり使った、甘口の。鳳さんと言えばカレーとかクレープとかだから」
「ありがとうございます……ちょっと、照れてしまいますね、ですが、楽しみです。本当に、私の誕生日を祝ってくださるのですか?」
「もちろんさ、ねえ、エーリク、みんな」
そこでノエル先輩がふと、呟いた。
「ところで、ずっと聞きたかったことがあるんです、鳳さんって、苗字ですよね?お名前は何とおっしゃるんですか?」
鳳が胸に手を当て、微笑む。
「結嗣です。かたつぐ、と申します」
「鳳結嗣さん!」
「めちゃくちゃかっこいい!!」
「今まで通り是非鳳と」
「謎がひとつ解けた」
「鳳さん、これからもどうぞよろしくお願い致します」
「とんでもない事でございます、こちらからお願いするべきことです。鳳とも、仲良くしてやってください」
「わあい!みんななかよし、ですね!」
こうして広がる、凪いだ海のような、穏やかなミルヒシュトラーセ家、やさしい友だち、先輩、なかま。奇跡の上に成り立ってるこの関係を、大切に、大切にすることを、誓う……
「ぽーっとしてきました」
「ロロ、僕の膝の上で眠るつもりだよ」
「私もエーリクの膝の上で眠りたい」
「旦那様!!!!」
「後でお膝に乗せてよね、」
「分かりました……当主らしくはまったくないですけれど、まあ、たまにはいいでしょう」
「僕、鳳さんのお膝に乗ってみたいです」
「蘭くん、な、なんて愛らしい。鳳でよろしければどうぞ」
‪蘭が靴を脱いでふわっと浮き上がったかと思うと、鳳の膝に座った。
「お邪魔します」
「いえいえ、どうぞ」
蘭が鳳のほっぺたに、ぴたりと頬をくっつけている。
「エーリク坊ちゃんも乗りますか?」
「うん、あとで乗せてほしい」
「なんだか、皆、小鳥が集ってるみたいで可愛い」
「ねえねえ、クレセント!ぼくもお膝に乗る!」
「あとでね」
「つれないなあ」
「蘭くん、なんて愛らしい」
「可愛いよねー」
「身長差がまたいい!!写真を撮らせていただけないでしょうか」
スピカが一眼レフカメラを鞄から取り出した。カメラ本体にものものしいレンズを取り付けている。
「なにそれ?!」
「レグルスのバイト代で買ったんだ。さあ、いきますよー!チーズ!サンドイッチ!」
「かわいいー!!!!」
手を叩いてみな大騒ぎだ。ありがとうございました!と鳳に頭を下げて、ふわふわと、次は僕の膝に乗ってくる。
「えへへ、エーリク、あったかい」
「いいなあ蘭」
「ぼくもあとですわらせてください」
ロロとリュリュと蘭はかわいい。この天使三人のファンクラブも、あってもおかしくない。
「あー、鳳ー!私がだめになりそう、もうべろべろ」
「鳳を潰すなど一那由多年早いです」
「ういー」
「しっかりなさってください、当主らしい振る舞いをと私は常々……」
「もう、早く隠居したい。鳳は、なぜそんなに全く酔わないの」
「これでも酔っている方ですよ。特別な日ですから」
「へぇ、凄いねえ、全く顔色が変わらないし、シルバーも落としたりとかしないよね」
「そういう家系です。お酒など、ただの水です」
艶然と笑いながらお父様を真っ直ぐに立たせる。でもそれでも甘えて擦り寄る様子をみてはらはらした。また雷がおちるかもしれない。そう思ったけど鳳は微笑んで、目を伏せた。
「旦那様はご幼少の砌よりいろいろなものをぼとぼとと、床に落としすぎなのです。少年時代、先代にしかられたりも、致しましたね」
まるで子犬のようなお父様をひらりひらりとなだめている。
「でも素敵なところもたくさん、ございます。旦那様がいると、なんだかふわりと空気がももいろに染まります。ダンスに関しては、何度も転びながらそれでも鳳!もう一回!と投げ出さない根気強さも持ち合わせておいでです。ですが、駄々っ子はみっともない。そしてトマトはしっかり克服させたいところです」
「えー、いやだよやだよやだやだ」
「そういうところです!!」
雷が落ちる。特大級の雷だ。お父様はたちまちしゅんとした。
「鳳……ごめんなさい」
「わかったのならよいのです。さあ、旦那様、鶏ハムを召し上がってください、香草を巻いた鳳特製のものです。東のお酒によくあいますよ。もう、よしよし、ちゃんとソファにすわる!!そうそう、そうです。宜しい」
「エーリクと、どっちが坊ちゃんなのかわからないですね」
レーヴ先輩が微笑んでミートボールを食んでいる。
「えー、レーヴ、酷いなあ。パパに言いつけてやる」
「おとなげないですよ、お父様……」
「エーリクまで私をいじめる」
「いじめてはいないです」
「あはは!!愉快愉快」
「ファルリテ!」
「もういいや、楽しいから誰がなんと言おうととにかく呑む」
「お付き合い致します」
「僕も!」
「あっ、旦那様、ウインナー、召し上がりますか」
「うん!ハニーマスタードもほしいな」
本当にお父様は天真爛漫だなあとおもいつつ、グラスを傾けた。子どものサングリアと、シンデレラ、とても美味しい。
「食べてる?立夏。隣に行ってもいい?」
「うん!ありがとう!色んなものを少しずつ頂いているよ、とても美味しい。お話しながら食べたいな」
「よかった!隣、失礼するね」
ソファに腰かける。乾杯をしてにこにことわらいあった。立夏がやや緊張の面持ちで、ぐるりとホールを見渡した。
「それにしても、立派なお屋敷だ。ぼく、場違いじゃない?」
「そんなこと、ぜんぜんない!遊びに来てくれて、僕の誕生日を祝ってくれて、とっても嬉しい!」
「えへへ……ありがとう!しかし、このノンアルコールのサングリア、おいしい。あと、春巻き。さっきから五本くらい食べてる。オーロラソースでいただくの、びっくりするほど美味しい」
「でしょ、春巻きそのものは、いつも三人で協力して作ってくれるんだけど、オーロラソースでたべるのは、レシャが考案したんだ。僕も初めは驚いたけど、癖になるよね」
「うん!あと、スコーンがおいしい。さくさくほろほろしていて、優しい味だ。クロテッドクリームがまたたまらないね。それに、このティースタンドとティーカップ、金色の縁がぴかぴかしてて綺麗」
「いつ来客があるか分からないからって、鳳がいつも手入れしているんだ」
「鳳がどうかしましたか」
「地獄耳だなあ。なんでもないよ。気にせずお父様を宥めてあげて」
くすくす笑うと、鳳が優しく瞳を細めてお父様のふわふわな髪をするする梳った。
「私はもうだめだ。やっぱり鳳は強いなあ」
「レシャと、」
「ファルリテもまだまだ呑めます」
「ふうん、私はご飯を食べよう。食べさせて、鳳」
「なりません!!」
「ウインナー」
「駄目です」
「ちっちゃい頃は食べさせ合いっこしたじゃん」
「もうこどもではないのです。旦那様、ほら、こんなに美味しいものが沢山机上にならんでいますよ、甘えていないでご覧下さい」
「うん、わかった。ノエルくんのクッキーシュー、すごく美味しそう。一ついただいてもいい?」
「勿論ですとも」
「ご褒美に明日の朝食は、鳳特製のオムレツをお作りします」
「本当?!」
お父様がいきなり叫んだ。ほんとうに、くるくると表情を変えるなあとおもいつつ、僕は机上にあったバタフライピーをついで、一口飲んだ。もう目をきらきらとさせてしっかり起き上がっているお父様は少年のようだ。
「それはすっごくうれしい!なんでも頑張れちゃう」
「あはは、鳳のオムレツ、ふわっふわでおいしいですよね」
「おいしい。あれを超えるオムレツを知らない。ねえねえ、おひるはオムライスにしてよ。夜はお酒のお供に、あじつけたまごをつくって」
「栄養のバランスというものがあります」
スピカがお父様の手を取って、何度も頷いている。
「でもわかります、おれもたまごがだいすきです」
「スピカくん、わかってくれる?!おいしいよね」
「スピカはいつもにわとりごやの掃除をしていて、それの報酬というか……どっさりたまごを手に入れて帰ってくるんです」
「そのお姿が本当に凛々しいのです」
「すごい。今度邸宅におくってよ、たまご」
「うーん、でもたまごはオールドミスに渡さなくてはいけないんです。デイルームのおやつを作ってもらうために……」
「そうか……かなしいなあ」
「まあ、私がおいしいたまごを手配致しますので。そんなにしょげない!!」
「はあい」
お父様はおとなしくソファにきちんと座り、クッキーシューを食べだした。
「わあ、すごくおいしい。この生地どうなってるの、バターの香りと、クリイムがなめらかで最高だね。ノエルくん、これきみがひとりでつくるの?」
「そうです、でも急いでいる時や、こういう特別な日は、サミュエルに手伝ってもらっています。今日は、上手く生地が膨らんでくれました」
「リュミエール、ぼくがもってきたゆめみるプチタルトもたべてよ」
「うん!わあわあ、私の周り、お菓子でいっぱいだ。うれしいなあ!!」
「クレームダマンドがとってもおいしくできたの。少年たちにも配って歩こう」
その言葉と同時にロロが立ち上がった。
「ぼくが、やります。おとなのみなさんは、お酒を呑んでいらっしゃるので、お座りになっていてください。ぼくら、レグルスのアルバイトのおかげで、トングでお菓子を掴んだりするの、ものすごく上手くなりました」
「じゃあ僕も。協力するね」
「僕もやる!」
「リュリュ、蘭、ありがとうございます」
三人ともにこやかに笑いながら起立し、クッキーシューを並べていく。
「天使だなあ」
「ほんとうに」
「かわいい」
「エーリクは天使たちを統べる天使長なんですよ」
「よ、余計な事を言わないでください」
「へえ、まあエーリクは可愛いからちっとも変な事じゃないね。ねえ鳳、ところであの気付け薬飲ませてよ」
「ここにあります、よっこらしょ」
セルジュ先輩が手のひらを開くと、本当に小さい小瓶が現れる。星屑がぱらり、と、床に落ちて消えた。
「家から喚びました。お飲みになってください」
「わあ、ありがとう!!セルジュくんは万能だね、なんでも出来てすごい」
「いやはや、お恥ずかしい」
瓶の蓋を開けて紫色の液体を飲み、からになった瓶をテーブルの隅に置いている。
「このシロップ、甘くて美味しいね」
「身体にもいいんです」
「そういえば黒蜜とクレセントも、全く酔う気配がない」
「顔に出ないだけで、結構呑んでる」
「おいしいね、このテキーラ」
「ねー、ほんとうに。上等な品だと思うよ、ラベルもこんなにおしゃれで……リュミエール、ありがとう!乾杯!」
「うん!かんぱーい!」
大騒ぎしている大人たちを眺めていたら、立夏がこっそり、耳打ちをしてきた。
「あの……あの、実は、ぼく……エーリクにプレゼントしたいものがあるの、うけとってもらえるかい」
「えっ、なあに?」
「左手をだしてくれる?」
「うん、はい!」
立夏が、ビーズ細工の指輪を取りだした。僕の瞳とおなじ、青い石が美しく編みこまれている。
「ぼく、結構手芸がすきで。大切なともだちのしるしだよ。小指にはめてもいい?」
「わあーっ!すごい、とってもきれい!」
「よかった、サイズ、ぴったりだ。きつくしたり緩くしたり、壊れたら修理もできるから、言ってね」
「ありがとう……僕のために……」
ぎゅっと立夏を抱きしめた。立夏も僕の肩に頭を乗せて、小さく笑い声を立てた。
「みんなに自慢してもいい?」
「ううん、こっそりつけておいてほしい。どうしたのって聞かれたら、話してもいいよ。そんな、立派な品じゃないから。でも頑張って作ったの、ぼくからの愛だよ。あとね、ちょっとしたまじないをこめているから、悲しくなったり辛くなったりしたらこの指輪に話しかけて。もちろん楽しいことも。留守番電話みたいな機能がある。あと、ちょっとてれちゃうんだけど、一応ペアリングなの、見て」
「わあ、立夏、すごい!」
「たいしたことないさ」
「本当にありがとう、大切にするね。離れていても、すぐそばに立夏がいるようで嬉しいな……」
「一生懸命作った甲斐があるよ。さあ、天使さんたちが配ってくれたクッキーシュー、食べようか」
立夏は本当に物腰が柔らかであたたかい。話していると、とても落ち着く。
「なんだかきみにはつい甘えたくなっちゃう。なんでだろう、ふしぎ」
「エーリク、かわいい……さあ、どうぞ。シルバー使う?」
「ううん、手で持って食べる」
「僕もそうしよう」
「仲間に入れて!」
リヒトがやってきた。その後から続いて、スピカも続く。
「立夏!ぼくらのエーリクを独り占めしてる!」
「エーリク、すごくかわいいよね、みて!クッキーシューを一生懸命食べてる」
「ほんとうだ、かわいいな」
ただ食べていただけなのに褒められてしまった。よく分からないなあと思ったけれど、そのまま無言で食べつづける。ノエル先輩が肩を抱いてくる。
「どう?我ながら仕上がり上々だと思うんだけど」
「むむむむ」
「ゆっくり!」
「はぁ、おいしいです、とっても!皮が、さくさくだけどしっとりしていて、銀色のアラザンもかわいい!絶品です」
「あっ!!エーリクがすごくすてきなピンキーリングをはめているよ!!」
「ばれたか」
いきなり見つかってしまった。リヒトは観察眼がすごい。何気なく見逃してしまうようなことも、澄んだ綺麗な瞳で見つけてしまう。先日も、サミュエル先輩が前髪を切ったことに、誰より先に、いち早く気づいていた。
「立夏が、作ってくれたの」
「すごくない?!」
「良かったなあ、エーリク。本当に我が息子ながらこんなに愛されて……すごいすごい」
愛おしい時間を過ごしていたけれど、あっという間に夕闇が訪れた。お父様は朝食のオムレツのご褒美のお陰かあれからはしっかり背をただし、行儀よくしている。そして鳳が珍しく、かなり呑んでいておどろいた。
「鳳、本当になんともないの?」
「はい、まったく……所謂、ザル、というものです。エーリク坊ちゃんとお酒が飲めるのも、そう遠くない未来の話ですね、楽しみにしております」
「さて。そろそろチョコレートリリー寮に帰ろう。レシャとファルリテが意識を失うと本当に大変なんだ。みんな、今日は僕のために、集まっていただいてありがとうございました」
「さみしいなあ」
「うん、でも、お父様、近く鳳の誕生日がやってきます。ほんの二週間ばかり離れるだけですよ、またすぐに、帰って参ります。鳳、レシャ、ファルリテ、みんなありがとう」
「それならば招待状をファルリテに書いてもらおう」
「きょうはむりです」
「明日にでも。それでは、みんなをよろしくたのむね、先輩方」
「はい!おまかせください!!」
ロロ、リュリュ、蘭の三人もしっかり靴を履いて、ナップザックを背負った。僕にぎゅっと掴まる。
「黒蜜店長とクレセント店長は如何されますか、」
「魔法の指輪は便利だけど、流石にブルーライトルームまで帰る力はないなあ。便乗して、魔法で五号室まで飛ばしてくれると助かるんだけど」
「お安い御用ですよ」
セルジュが黒蜜店長にわらいかける。
「あ、あとこれ、みんなで召し上がってください。たくさんお菓子を作って詰めたんです」
ファルリテが大きな袋を持ってきた。ずしりと、とても重たい。
「ありがとう!嬉しいなあ!作るの大変だったでしょう、お疲れ様!」
「いえいえ、このくらい僕と、」
「レシャにかかれば、赤子の手をひねるようなものです」
ごそごそと手荷物やバスケットを抱えて、みんな揃ってお父様たちに頭を下げた。
「それでは、また二週間後に」
「ありがとうございました!とっても楽しかったです!」
「私もさ、あーあ、さみしい!全員養子に迎えたいくらいだ。私、みんなのことが大好きなんだよ!」
お父様が駄々っ子するかと思ったけれど、やはりオムレツの効果は抜群なのだなあと僕は少し声を立てて笑ってしまった。
「それでは分担して送り届けましょう。セルジュくんは、黒蜜店長とクレセント店長を。僕らはチョコレートリリー寮にみんなを転送します」
「それではまた!リュミエール、飲み過ぎには気をつけてね」
「はーい!」
「おやすみ!」
セルジュ先輩が杖を高く掲げて一気に振り下ろした。すると、ぱっと一瞬で二人の姿が消えた。
「うん、いいかんじ」
ファルリテが美しい文様を空間に描きだす。魔法のゲートが現れた。レシャがさらに並んで、くるんくるんと杖を振るった。ぱっと星屑が散る。
「いまのうちです!みなさん、また二週間後に」
「ありがとうございました!」
「さりげなく鳳さんのバースデーパーティーへのお誘いもありがとうございます」
「みんな、ありがとう!ばいばい!」
鳳が立ち上がり腰を深々と折るのを見届けて、僕はゲートを通り抜けた。
「うわー、本当に瞬く間にだ。すごい!」
「楽しかったー!!最高のパーティーだったね!」
「改めておめでとう、エーリク!」
みんなが飛びかかってくる。順番に抱きしめ、ありがとうとお礼を述べた。
温かい家族や仲間に恵まれたことが幸せでたまらない。
心の中がありがとうでいっぱいだ。
「今晩は朝までパーティーするぞ!何しろこんなにお茶菓子を大量にいただいてしまったもんなあ」
「やったー!!」
「巡回してくるオールドミスに気づかれないように、109号室に魔法をかけよう。ひかりも、音も漏れないようにするね」
「さすが天才」
「それほどでも」
「エーリク、例のお茶、ありますか?ぼく、久しぶりに飲みたい気分です、わがままだったらごめんなさい」
「ううん!わがままなんかじゃないよ。ポットが冷蔵庫にはいってるから、洋盃についでみんなに配ってくれないかい」
「わあい!やった!ありがとうございます!」
そこからはもうみんな大騒ぎで、お菓子を食べ、お茶を飲み、くるくるとおどってまわったりした。僕はベッドサイドに腰かけはしゃぐみんなを眺めた。立夏が隣へやってきて、小さな手を僕の左手に重ねてくる。静かに微笑んで、きゅ、と握りしめると、毛先だけくるんと巻いてある髪を揺らして瞳を細め、かるく肩にもたれかかってくる。その様子を見ていた天使たちがかわるがわる僕と立夏の膝に乗ってきた。また来年も、みんなで誕生日をすごしたいな、と、都合のいいときだけに頼るかみさまに祈ったのだった。

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